待宵の月重い曇は月を隠す。不安定な電力の街灯は、チカチカと不規則に夜の道を照らす。頼りない光でも無いよりましだ。長年の鍛錬の賜物で、まだ夜に目は効く。鬼が居なくなったとて、夜盗に野犬と夜が安全とはいえない。槇寿郎は気を抜かぬよう、薄明りの夜道を歩いた。
「旦那」
後方から聞こえる低い声に足を止める。その呼び名を口にするのはただ一人。
「宇髄君か」
警戒心を解いて振り向けば、そこには予想通りの男が立っていた。陽の下で輝く銀髪は、夜の闇では煌びやかさを潜める。サラリと月の光を受け風に揺れる様は、厳かだが華美な藤の花にも見えた。
「お館様のとこに行った帰りなんだけど、見覚えのある背中を見掛けてさ。そういえばここら辺は、旦那の家の近くだったなあ」
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