義兄🚂夢 義兄と目を合わすことができない。温かみのあるブルーダイヤの瞳に映る私はどう見えているのだろう。
私はジョースター家と遠縁の、親戚の再婚相手が連れていた子供だったようで、彼らとは全く血の繋がりがない。両親が死に、後ろ盾もなく親戚をたらい回しにされていた私を、哀れに思ったジョースター家が引き取ってくれた。全てを惜しまず与えてくれたジョースター家。一人息子であるジョナサンも同情からか大切な妹として接してくれるようになり、一時は本当の兄のようだと慕っていた頃もあった。
しかしあれから随分と年月が経ち、思春期を過ぎると義兄とは少しずつ距離を取るようになってしまった。
「なんだか騒がしいな」
「義兄さん、帰ってたの」
「昨日の夜に帰ってきたんだ。きみが気持ちよさそうに寝ていたから起こさなかったのさ」
「そうなんだ……おかえりなさい」
「ただいま。今からどこにいくの?」
太陽が真上に昇ってから起きてきた義兄と運悪く出会ってしまった。仕事でしばらく帰って来ないと言っていたから、いるとは思わなかった。階段の上から声を掛けてきた義兄から目を逸らし、もごもごと口を動かして最近バイトを始めたことを伝える。
「どうして? 父さんからは十分お小遣いを貰っているのに」
「もうお小遣いを貰うのはやめたの。わたし、家を出ようと思ってて」
「は」
「…… 義兄さん?」
勢いよく階段を駆け下りてくる義兄驚いて逃げたつもりが、逃げ場のない壁に追いやられる。両の腕が顔の横に立てられて、目の前の義兄と対峙する。頭上に影が出来て、重い沈黙のせいでまともに顔を見れない。
「ここからなら、どこへでも通えるじゃあないか」
「卒業したら一人暮らしするつもりだったの。父さんたちも了承済みで……」
「どうして!」
義兄が張り上げた声でビリビリと空気が震える。両親が家を空けていてよかった。普段温和な義兄が声を上げる姿を見たら困惑してしまうだろう。
大学卒業後に家を出ることは元々決めていた。どれだけ無償の愛を与えられても、成長の中で次第に罪悪感が積もっていき、家族を表面上でしか家族として見れなかった。だから、離れた場所から恩を返していこうと思っていたのだ。いま全て話してしまえば悲しませてしまうから、正直に話すわけにはいかない。
「義兄さんだって、色んな国に行っているでしょ? わたしも色んな経験をしたい」
「まだ早すぎる」
「またそんなこと言って、もうお酒も飲める年なんだよ」
「考えが幼いって言ってるんだ。外は綺麗なことばかりじゃ……」
「いつまでも子供扱いしないで!!」
我慢できなくなって慣れない大声を出すと、少し声が裏返った。恥ずかしさで顔が熱くなってくる。早くここからいなくなってしまいたい。
肩に置かれた大きな手に誘導されて、鍛えられた胸元に包み込まれる。抱きしめてごめんなさいをしたら仲直り、それで解決していたのはいつの頃だったか。
「離して、行かなきゃ」
「今日は休むんだ」
「休んだらクビにされちゃう」
「一日くらい構わないさ。そうだ、お昼はもう食べた? 用意するから部屋に戻って」
「ッ義兄さんは自分勝手よ! どうして私の邪魔ばかりするの!?」
背中に回された腕に力が込められる。苦しい、けれどここで引くわけにはいかない。諦めず抵抗すると、ついには足が浮いて担がれてしまった。
「義兄さん!!離してッ」
「きみはぼくの言うことを聞いてくれないのに?」
淡々とした声音には静かな怒りが含まれている。下りてきた階段をまた上り、一番奥の部屋の扉を開いた。久しぶりに入る義兄の部屋はどこか異国の匂いがする。日の差し込む部屋の奥に進み、降ろされた場所は起きた時に崩されたシーツの上。先程まで義兄が寝ていたであろう場所に転がされて、逃げる隙もなく巨体が上に覆い被さってきた。
「もう大人なんだろ? それならこの先もわかるね」
「わかるって……なにが」
「気付いていないと思ってた?」
「義兄さん!!」
最悪の事が浮かぶより先に唇が塞がれる。遂に気付かれてしまった。何度夜中に悪夢を見ただろう。こうして暴かれる事が恐ろしかった。後ろめたさから私は今まで彼の瞳を正面から見つめ返すことが出来なかった。この気持ちが、愛が、知られることのないまま離れたかったのに。
「昔は同じベッドで寝ていたっけ。いつもぼくが寝た後にキスしてくれていたね」
「ッ寝たふりなんて酷い」
「次の日知らん顔で過ごしていたきみは酷くないとでも? 自分勝手なのはきみの方さ。ぼくがどんな気持ちで接していたか知らないから言えるんだろ」
窓から差し込む日差しで宝石のような瞳が眩しくキラキラ光る。全て見透かされているような気持ちになって、煩く鳴る心音に頭の中が占領されていく。嘘だ、ずっと慕ってきた義兄が同じように私のことを好きだなんて、夢だって見たことはない。
「好きだよ、きみがぼくを異性として意識してくれた時からずっと好きだ」
「義兄さん……だめ、離して……」
「どうして? ぼくはきみに笑いかけられる度に抱きしめてキスしてしまいたかったのに」
「兄妹だもの! 許されるはずない、義兄さんは受け入れちゃいけないの」
「それは本心じゃあないだろう。それに、ぼくらは……」
「血は繋がってない、けど……家族でしょう」
「きみは、ぼくにとってただ一人のレディだ」
今にも泣きそうな子供を落ち着かせるように、額にちゅ、ちゅ、と少しカサついた唇が触れてくる。家にいる時はつやつやで健康的なのに。外国でまともな食事をしていなかったのかもしれない。そんなことを心配してしまい、ハッと我にかえる。近づいてきた顔が一瞬止まり、視線が交差する。たじろぐ私を余所に再び唇が重なった。寝ていると思って夜中に何度もしてきたキスを、いま起きている相手からされているなんて。この年までジョナサンしか慕っていなかったから、このあとどうすればいいかなんてわからない。息は、どうしたら、
「……口、あけて」
「は……んん、に、ぃ……ッ」
義兄さん、と呼び終わる前に、ぬるりと熱いものが口に侵入される。それが舌だと気付く頃には互いの唾液が混ざり合い、水音が嫌に部屋に響いていた。漏れた息まで食べてしまうくらい大きな口に塞がれて、何も考えられないまま彼の腕にすがりつく。息が止まってしまいそうなところで唇が離されると、名残惜しげに彼の手のひらが頬を撫でた。
「可愛いキスもいいけれど、これからはこっちのキスもしたいな」
「そんなこと……許されないわ」
「ぼくと同じ気持ちなんだろ? それなら」
「わ、わたしは」
「好きだよ」
「……ッ義兄さん、こんな、不出来なわたしでいいの……?」
「きみがいいんだ」
せき止めていた涙がほろほろとこぼれ落ち、ジョナサンの指を濡らしていく。彼の服に涙が染み込んで、色が濃く広がっていくことも気にせず、再び優しく包み込むように口付けられると、今度は素直に受け止めることができた。
「義兄さん」
「名前で呼んでくれないかい」
「ジョナ、サン……」
「うん」
「ジョナサン、ジョナサン…………! ずっと、ずぅっと前から義兄さんとしてじゃあなく……ジョナサンって呼びたかった」
「うん、うん……」
泣きじゃくる私を抱きしめながら、ジョナサンは横になってあやすように背中をトントンと押してくれる。しばらくして泣き疲れて寝てしまった私は、帰ってきた両親に勘付かれることもないまま日が落ちてからジョナサンのベッドで目を覚ました。久しぶりに帰ってきた義兄に甘えたかったのだろうと解釈されたようで、夕食の際にジョナサンの隣に座りたがると両親からは微笑ましく見守られていた。テーブルクロスの下でひっそりと互いの指を絡ませていることを知られないまま。
秘めたまま罪を重ねて地獄へ落ちていくのも、ジョナサンと共に歩めるなら悪くないと思えてしまったのだ。