夢の狭間「きみは、今の姿の自分が本来の自分ではないと…違う姿になりたいと、思ったことはないか?」
「ああ…そう考えたことはあるかな」
若きリーグ制覇者が、そんな事を話していたことがあった。
こことよく似ているが、少しだけ違う世界に、今の自分とは異なる姿で訪れる体験。
ギーマも、その話を思い出しているのだろう。そう問うと、「きみも聞いていたか」と返された。
「今は、そう思わないのか?」
「リーグを訪れる挑戦者たちと対峙する中で、彼らから見えるわたしの姿に、わたしは誇りと責任を持たねばいけないと思うようになった。それが息苦しいと思わなくなったのは、お前と抱き合う時間は本来の自分でいられるからだろうな」
「何?誘ってるのかい?」
「馬鹿を。ただ思った事を言っただけだ。そう言うお前はどうなんだ」
「わたしは、ね……。自分の軸は見失わないようにしている。勝負の世界では、一瞬の意思の揺らぎも命取りだからね。それでも、時折虚しくなることはあった。失った過去を思うとね。もしもどこかで運命が分岐したのだとしたら、失わずに済んだ世界があったのかも、と……」
「……わたしを得た今の世界では不満か」
「ふふ、話は最後まで聞きなよ。きみが言ったように、わたしもきみとの時間の中では、本来の自分を取り戻せる気がしているんだ。だから、ね……弱みも見せ合えるだろ」
「……すまん。お前が不安な時に、私が飲まれるわけにはいかなかった」
「謝ることはないさ。きみのそういう優しいところは好ましく思っているよ。……そうだな。過去に引きずられるのは美しくない」
ギーマはそっと、手をわたしと重ねた。
伏した目にかかる長いまつ毛を、わたしは見つめた。