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    minakenjaojisan

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    オープンカームルが書きたかっただけのムルシャイポエミーエロ

    重力 東京から山梨へ、そして御殿場を通って熱海へと向かう。
     夕暮れの光を跳ね返す海面はあまりにもまぶしく、オープンカーで走るには少々目に刺激が強かった。隣に座る男は色素の薄い瞳をわざわざサングラスで隠している。ほんの300年前までは必要のなかったその遮光器は似合っているような、いないような、少し笑えるような雰囲気を醸し出している。
     そんな自分も、雪のように白い肌には日焼け止めを塗っている。これもまた、残念ながら塗る習慣がついた。それもここ20年ほどのことだ。日本はオゾンホールの影響が低いわりに美容意識の高い民族性なのか、良い日焼け止めが多いと思っている。
     300年前、シャイロックの愛する世界が滅んだ結果、賢者の魔法使い達がたどり着いたのは賢者たちがやってきては還る地球だった。今でもよく覚えている。眼前にあのまばゆい月が落ちてきて、存在証明ごと吹き飛ばされたときの壮絶な眩暈を、自分が背に庇っていたはずの満身創痍の男が飛び出して行って、両手を大きく差し伸べて愛するひとを全身に受け止めたかに見えた恐怖を。気が付けばそこは、精霊も不可思議の力もほとんど燃え尽きた異世界だった。賢者の姿も見えない。
    ただもえかすのような魔力を宿しただけの不老不死の化け物として、彼らは新しい人生を余儀なくされたのだった。


     今年は2019年。シャイロックは彼らしい前向きな性格で新しい世界を愛するようになった。蒸気機関の発達、貧富の差の広がり、度重なる戦争は彼の築き上げたものを何度も蹴散らして、そのたびに再び積み上げた。ムルのそのたぐいまれなる頭脳は物理法則の異なるこの世界でも何度も人類に革新的な進化を齎したが、そのおかげで命の危機にさらされるのはあちらでも、こちらでも変わらなかった。結局、世界が終わってもなんだかんだこの男のそばにいるのだ。放っておけないんですね、と賢者に微笑まれたこともある。放っておけない、確かにそうかもしれない。放っておくとどんな災厄を人類にもたらすかわからない。もちろん、それを止めることはできないけれど。
     世界各地を転々として、シャイロックとムルは今日本に住んでいる。ムルは大学の教授を、シャイロックは少し離れた土地で50年前からワイナリーを構えた。賢者に聞いてからずっと気になっていた山梨だ。海はないが、少し車を飛ばせばこうして太平洋に臨むことができるし、観光の名所で涼しく住みやすい。新しいお気に入りの街だった。
     だから、この国の湿度の高すぎる夏に海辺に連れていくと言われた日には、シャイロックは呆れ気味だった。ムルだって、暑いのは苦手だ。なんなら自分よりも暑さに弱い。最初は京都に居を構えていたが、盆地の熱さに辟易してすぐにやめてしまった。
     しかも、この期に及んでオープンカーなんて!
    「せっかく山暮らしの君を連れていくんだから、海が見やすい方がいいだろう?」
     そう言ってムルはサングラスを押し上げた。敗戦の前に、最後の戦いになることを悟ったシャイロックは持っているかけらをすべてムルに飲ませることにしたのだった。そのために、かなり元の人格に近いふるまいをするようになったが、完全には戻らず、時には合理性を無視するような行動をとるようになった。その結果がこの日差しを遮るものがなにもないオープンカーだ。わざわざ借りて来たらしい。
    「お気遣いいただきありがとうございます、ムル。おかげで明日、きっとあなたも私も皮が剥けてシャワーが沁みるでしょうね。目も痛くなることでしょう。いい判断だと思います」
    「怒ってるねえ」
     長い直線に入って、ムルがドリンク入れから電子タバコを取った。両手を離し、バッテリにアトマイザを差し込む。ちなみに電子タバコはシャイロックが好まないものの一つだ。
    「ですが、この美しい風景に免じて、今回は許します」
     シャイロックは右ひじをへりに乗せて頬杖をついた。久しぶりの海に、どこか心の大切な部分が潤っていくような感覚を覚える。じっとりと首筋にかいた汗も、体温より高い気温によって流れ出さずに籠った熱も、すべて海にとけていくようだ。
     なんだかんだと言いながらも気に入った様子のシャイロックに、ムルも思わず口の端を持ち上げた。彼のどこかあどけなさを感じる部分が、地球にやってきてから見えることが多くなった気がする。もともと気分屋なところが多かったけれど、長い使命から解放されて第2の生を与えられて、揺蕩うような振る舞いが増えたような。ムルはダッシュボードから紙巻タバコの箱を取り出した。シャイロックも一服しようと振り向くと、すでにムルが前を向いたまま差し出している。シャイロックは目を丸くした。ムルは片眉だけ上げて受け取るよう促す。
    「今日の俺は察しがいいんだ」
    「ご機嫌も良いようですね」
     シャイロックはとんとんと箱の入り口を叩いて一本取り出すと、指先に灯した火をタバコに移した。これが彼が今使える、精いっぱいの魔法だ。深く吸い込むと、バージニア葉の香りが広がる。
    「紙巻タバコが吸えるレンタカーがこれしかなかったのもあるね」
    「私のせいですか?」
    「そういえば最近、学内でも全面禁煙になってしまった。これを機に非喫煙者に戻ろうかな」
    「日本はゆるい方だと思っていましたけれど、最近急に嫌煙ブームになって……」
     そんなとりとめのない会話を繰り返すうちに、車はホテルに着いた。


     源泉かけ流しの温泉は日頃の疲れを吹き飛ばすには十分だけれど、二人の肌は思った以上に日焼けしていたようで、シャイロックの予言通りよく沁みた。けれどここは日本なので良く効く日焼け肌用ローションが手軽に手に入るのだ。観光地のコンビニは海街らしくそのあたりの品ぞろえが豊富で助かった。旅館の浴衣に袖を通し、広縁でビールの缶を開けながら、火照った肌で涼む。
    「帰りは普通車でお願いします」
    「あんなに気に入ってたのに?」
    「海を見ながら帰ったら、名残惜しさに住み着いてしまいそうですし」
    「君の大切なワイナリーとバーと、ぶどうの契約農園を放り出すようなことはしないだろう」
     ムルは肘置きに頬杖をついて缶を傾けた。シャイロックもまた缶を手に持っているが、ムルの揶揄にふいに微笑む。口の端がぴくりと動いた。当たり前に「わかり切ったことを聞かないでください」なんて言い返すだろう、もしくは当たり前すぎて鼻で笑うだろうと思っていたムルの予想は裏切られる。これも、地球で起きた変化だ。シャイロックは今、言いよどんでいるのだ。ムル相手に。 
     彼は何度か口を開けては閉じ、最後には缶を置いた手で額を覆った。
    「私たちは今、生きているのでしょうか……」
     震える唇を通った音もまた震えていた。
     かれこれ1000年近い付き合いになるシャイロックから、こんな自嘲的な響きのセリフを聞いたのは初めてだった。
    「あの日初めて、最初で最後に世界を失ってから、もう、何度も壊して、また作って、けれど、全て魂の残滓が刹那に見る永遠の夢だとしたら、と……」
     シャイロックは、自分が何を言っているのか、誰相手に言っているのかさえもおぼろげなようだった。強い日差しに晒され続けて熱中症になったとしか思えなかった。ムルにだけは、いやムル以外の存在にだって、決して弱ったところを見せたことなどなかった。シャイロックがはじめて見せる怯えた姿に、ムルの好奇心がくすぐられないわけがないのに。自分の心の機微を弄ばれたくなければ、吐き出してはいけないのに。シャイロックは突然我に返り、動揺を押し隠して微笑んだ。首筋には冷や汗が浮かんでいる。
    「あなたにしては珍しく、追及しないのですね」
    「君の焦燥より、魂の残滓という発想の方に興味が湧いたよ」
     ムルは探るような視線でシャイロックを見た。
    「あの日座標が吹き飛んだ俺達の意識が、今もあの場に残り続けていたとしたら。俺たちに地球で与えられた時間は、最後には超新星爆発のように1点へ帰結するだろうね。それを夢と例えるのは君の文学的センスの問題だろうけれど、夢ではいけないのかい?」
    「…………」
     ムルはガラス扉の向こう、海の上に浮かぶ月を視線だけで見やった。
    「俺はあの月をみつめる時間を再び与えられた。そのことだけが事実だ。今この瞬間が自分の現実だろうと、夢だろうと、ひいては君の見ている夢でも構わない。君の夢の中でも、俺は月を愛したい。観測できる事象だけが歴史的事実になるのだから」
     ムルはビールを飲み干して、机に缶を置いた。すっかりぬるくなったシャイロックの空き缶の横に、カタン、と音が鳴る。シャイロックはそれが合図になったように、ゆっくりと立ち上がった。一歩、ムルの前に歩み寄って、体をかがめる。黒い髪が天蓋のようにひろがって、ムルから月を覆い隠す。かさついた唇同士が重なって、薄い皮がお互いに引っ掛け合う。シャイロックが舌を割り込ませると、ムルが右手を浴衣のあわせに滑り込ませた。簡単に肩から薄っぺらい生地が落ちて、何の印も持たない左胸があらわになる。半そでのワイシャツで日を浴びたために、うっすらと肌の色が違うのが暗い部屋でもわかった。首に浮いたその境界を指でなぞる。
    「……っ……」
     火照った肌をくすぐられて、シャイロックが息をつめたのがわかった。次のムルの動きを警戒するように、シャイロックの瞳が揺れる。さっきから、まるで小さな迷子のような振る舞いが多い気がして、ムルは喉奥で笑った。
    「こんなに分かりやすい快楽まで疑うつもり?」
    「………っう、………ふふ、残念ですけど………っ………、もう少しはっきり届かないと、まだ信じられそうにありません」
     骨張った指に顎や耳の下をくすぐられて、面白いように感じる体を晒しながらも、愛撫が拙いとからかってみせる。ムルの瞳が細まった。
    「受けて立つさ」
     


     背後から穿たれるのが好きな男だ。
    「っ……あ、はぁ……はあっ、ア、っんん………ん、…………くぅ………ふ」
     とんとんと規則的に腰を動かす。左肘だけを掴んでいるのは、右手でシャイロックが自分のペニスに触れているからだ。まるで足りないと煽るかのように、よくシャイロックはムルとの交接においてその素振りを見せたが、ただのフリだ。添えているだけで、ろくに扱いていないのに、触れられないうちからとぷとぷと先走りが漏れて、脱がされきらない浴衣に垂れ落ちていく。
     長い黒髪は汗でしっとりと背中に張り付いていて、何度よけてやっても再び体を跳ねさせるうちに纏わりついてしまう。ムルはかなり性欲が薄い方だけれど、シャイロックの背中が汗だくになるのを見るのは自分の中の嗜虐心を確かめるようで、面白くて好きだった。普段は上品に抑えられた声が上ずって、余裕なく息を含んでいるのも、そしてどこにあっても高嶺の花として咲く彼が唯一体を差し出すのが自分であることはムルにとって少し得意でもあった。
    「あぁ………、極まりそうだ………っ……シャイロック、………」
    「っう、………きょ、っしつこい、な………!ァ、はぁーっ、は、ああ……!も、だめ、っ………あ、ぁう………」
     シャイロックが悪態混じりの喘ぎを漏らすのを聞いて、ムルは中に精を放った。おくれてシャイロックも、ぴゅくん、とペニスから白濁を漏らす。がくん、がくっ、と外と内のオーガズムに嬲られて、ずるりと横たえた体をびくつかせるシャイロックをよそに、ムルは膝立ちのまま窓を向いた。
     今晩も、世界の終わった者の嘆きなどどこ吹く風に、美しく光り輝いている。
     ムルはシャイロックの汗に濡れた右手を月にかざした。もう二度と紋章を持たぬ自分のよこした挨拶に、月は気づかないかもしれない。けれど、窓に背を向けて絶頂の余韻に体を馴染ませているシャイロックが月に明るく照らされているのを見て、遍く照らす愛しいひとが自分の瞳にも写っていることを知って、ムルは微笑んだ。
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