『早く春にならねぇかな~!(仮題)』 いつの時世のことであっただろうか。
少女が独り、必死の形相で人気のない山道を駆けずりまわっていた。
古き時代の残映が散見されるそこは甚だ緑陰多く、渓声常に涼やか。平素はしゃらしゃらという葉ずれの向こうで、生き物たちの荒々しい息吹が時折風に乗って聞こえる程度の、至って『閑寂』な山野である。
しかし今日に限っては巨獣のけたたましい咆哮の他に、少女の苦しげな喘ぎ声がそこらじゅうに鳴り響いていた。
少なくとも、彼女にはそう感じられるほどに。
(もう、いや!)
ほろほろぐずぐず、涙ながらに少女は胸中でこう叫んだ。
因果応報。自業自得。
事実そうだとしても少女は誰構わず取り縋って、自身に起きた不幸について思う存分泣き喚きたかった。もう兎にも角にも大変だった、ということをひたすら共感してほしかった。
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