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    LLLnamamam

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    LLLnamamam

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    とりあえず進んではいるけど、🐌くらいの速さ。
    半年くらいかかっててまだ序盤しか終わってなくて、おどろ木ももの木さんしょの木。M-1ではヤーレンズ、カベポスター、さや香のネタが好き。

    『早く春にならねぇかな~!(仮題)』 いつの時世ときよのことであっただろうか。
     少女が独り、必死の形相で人気のない山道を駆けずりまわっていた。
     古き時代の残映が散見されるそこは甚だ緑陰多く、渓声常に涼やか。平素はしゃらしゃらという葉ずれの向こうで、生き物たちの荒々しい息吹が時折風に乗って聞こえる程度の、至って『閑寂』な山野である。
     しかし今日に限っては巨獣のけたたましい咆哮の他に、少女の苦しげな喘ぎ声がそこらじゅうに鳴り響いていた。
     少なくとも、彼女にはそう感じられるほどに。

    (もう、いや!)

     ほろほろぐずぐず、涙ながらに少女は胸中でこう叫んだ。
     因果応報。自業自得。
     事実そうだとしても少女は誰構わず取り縋って、自身に起きた不幸について思う存分泣き喚きたかった。もう兎にも角にも大変だった、ということをひたすら共感してほしかった。
     なにしろ少女の背後には『空の王者』という異名を冠するリオレウスが、大翼を唸らせて「無法者排除すべし」と猛然と迫ってきているのである。世の二つ足、あにこれを嘆かざらんや。
     かてて加えて荒ぶる火竜の攻撃は、いずれも苛烈を極めていた。
     口から放たれる火球はあらゆるものを燃やし尽くし、猛禽のように鋭い爪は出血性の猛毒を備え、全体重を載せた突進は巨木をも粉砕する。
     幸いにも少女はこれら全てをすんでのところで回避できたが、よしんば直撃すればヒトの身体がどうなるかなんて、あえて言うに及ばない。
     そして不幸にも、この灼熱の死の気配は何処までも執拗しゅうねく少女の背中にまとわりついてきた。
     当然の結果だった。不本意であったにしろ繁殖期の火竜らの縄張りにみだりに立ち入り、逆鱗に触れたのは少女である。このような陰気な山奥であたら露と消えるのもまた、運命だと言えた。

    (こんな……こんなはずじゃなかった!)

     走りながら、少女は可哀想な自分のために言い訳をした。その途端、胃から苦くて酸っぱいものが逆流。自らの不甲斐なさと愚さが濃縮されたような不味さに耐え兼ねて、横隔膜がひっひっと痙攣する。胃の中の内容物が全部口から飛び出しそうだった。
     少女は胸から喉へとせり上がってくる衝動を、汗と涙と鼻水でぐちょぐちょの顔を強く顰めることでなんとか押しとどめた。すると、

    「危機に陥った時ほど笑えばいいのさ」

     と、聞き覚えのある明朗な声がひょうひょうと鼓膜に吹き込んできた。
     それは彼女が『教官』と呼び慕う人物の言だった。曰く、笑顔には緊張を和らげ、精神を冷静に保つ効果があるという。
     理屈は頭で理解できているし、既に藁にもすがる思いで何度も試してみた。けれども少女のまろい頬は固く強ばったまま。

    (全然笑えない、なんにも面白くない!)

     少女は口をへの字にひん曲げ、より一層死にものぐるいで走り続けた。だからと言って、逃げ足が早くなるわけでもない。
     護身用の軽弩は見た目こそ立派ではあるが弾丸は装填されることはなく、『軽』とは名ばかりの重石と化して少女の体力をどんどん削っていく。
     さりとて無闇やたらに野に打っ棄ることもできず、無用の長物は安からぬ持ち主に呼応するかのようにガチャガチャと忙しなく鳴くばかり。
     頼りの綱だったはずのオトモのガルクは、頼りない主人を早々に見限って何処かへ逃げてしまったきりである。
     救援を呼びに行った可能性も無きにしも非ずだが、それよりもこの孤軍奮闘がやがて虚しく終わることの方が、遥かに現実的だった。
     そうして火竜によって影も形もない状態にされた後、誰にも気づかれることなく大地に還るところまでを思い描いて、少女の目から新たな涙が溢れた。

    (絶対に、いや!!)

     全身の筋肉が戦慄き、少女の曲がった口の端から拒絶の悲鳴が小さくこぼれた。追って本能が「なにがなんでも走れ!」と何度目かの指令を飛ばす。
     だが倒けつ転びつ全力逃走を続けた両膝は今にもけたけたと笑い出しそうで、喉からはひゅうひゅうと乾いた喘鳴が盛れ出ていた。
     殊更酷いのは手のひらだった。鋼鉄の如く硬い翔蟲の糸を握り続けたことで皮は熟れた桃のようにべろんと剥け、瑞々しい朱色の肉がすっかり露出してしまっている。
     この状態でさらに糸を射出すれば、どうなるかは想像に容易い。
     再び翔蟲を飛ばすことに少女は躊躇いを覚えたが、それでも逃げなくてはいけない。一瞬たりとて立ち止まってはいけない。
     見計らったかのように、ある人物がまた耳元でそっと囁いた。

    「生き物は動かなくなった時こそ、死だよ」

     そんなことは少女も恐ろしいほど分かっている。
     でも、だって。

    (疲れた。痛い。苦しい) 

     極度の疲労で脳は思考を止めようとしている。要するに、本能が速やかな休息を求めていた。事実精根は尽き果てており、地べたに大の字に寝そべって眠ってしまいたいくらいだった。
     それでも『自分がカムラの里を守るのだ』という玉鋼の意志が、道半ばで挫折することを許さなかった。少女は粘っこくて金気臭い唾を無理やり飲み込むと、

    「気焔……っ、万丈ぉぉぉ!!」

     生きるために翔蟲をえいやっと前方へ飛ばした。
     翡翠色の糸が翔蟲から勢いよく噴出されるのと同時に、手のひらの傷口にかんかんに焼けた火箸を強く押し付けられたような激痛が走った。 

    「ーーーーーー!」

     意思とは全く関係なしに、尾てい骨から延髄にかけて強烈な痺れが光の速さで駆け上る。反射的に少女の身体は大きく痙攣。力の抜けた手からは翔蟲の糸がするりと離れた。
     身魂の均衡がついに崩れた瞬間だった。
     少女は射出の勢いに引きずられ、受け身もまともに取れずに顔面から地べたに叩きつけられた。
     その拍子に額を強かに打ち、肉体と精神を辛うじて繋いでいたものが、ふつと切れた。
     たちまち少女の意識は深潭に向かって、ずぶずぶと真っ逆さまに沈んでいく。リオレウスがすぐそこまで接近しているというのに、身体は石の如く硬直してしまって指先一つ動かない。それの意味するところは即ち、死である。

    (短い、人生だったなぁ)

     なすすべもなく奈落の底へと引き込まれていく自分を、客観的かつ冷静に俯瞰する自分がいた。そのもう一人というのも、直に永い眠りにつくだろう。
     瞼が次第に重たくなっていく。抗いがたい強烈な眠気を払うように少女が睫毛を震わせれば、目の前に故郷の姿がぼうっと浮かび上がった。
     たたら場の赫灼たる火炎。
     滔々と流れる蒼い大河。
     群れ咲く花ぐわし桜。 
     従容として朗らかな人々。
     あるのが当たり前だと思っていた光景に、ゆくりなく少女は駆け寄ろうとした。が、やはり体はピクリとも動かず、おもむろにそれは霞となって掻き消えてしまった。
     やにわ、途方もない郷愁が少女の胸いっぱいに押し寄せた。今すぐにでも里に帰りたい。少女は朧げな意識の中で願った。
     でも、それはもう叶わない。肌をぢりぢり焦がすほどの烈しい熱波が、彼女の淡い願望を瞬く間に蒸発させてしまったから。
     底を知らぬと思われた涙もついには枯れ、すっかり頬は乾いてさらに硬くなっていく。まさしく、死人のように。
     愚かで哀れな少女はただ小さく、すんと鼻を鳴らした。

    (お父さん、お母さん、教官、そしてカムラのみんな。里を守れなくてごめんなさい)

     願わくは、カムラの里に安寧あらんことを。
     そうして少女は世界に別れを告げて、瞼をぴたりと閉じた。
     その刹那。

    「愛弟子ぃぃぃぃぃぃ!! 起きろぉぉぉぉぉ!!」

     空気を切り裂き、鳴矢の如くひょうふっと飛んできたそれは、少女の延髄を寸分たがわず鋭く深く突き刺した。
     激痛にもよく似た衝撃に、堪らず少女は弾かれたように面を上げた。
     半覚醒の不明瞭な視界に真っ先に飛び込んできたのは、自分に向かって突進してくる、小山ほどもある碧色の巨体。
     その正体に驚愕や恐怖を覚えるよりも早く、少女は大きく身を捩って二回、三回と地べたを横に転がった。
     否、見えざるなにかによって突き動かされていた。
     それを見計らったかのように、間髪入れず眼前で蒼白い稲光が炸裂。
     強烈な閃きに暫時、目が眩んだ。
     やや遅れて空が割れんばかりの雷鳴と咆哮が同時に轟いた。
     と思いきや、間断なく火竜の叫換が少女の耳を劈く。次々と襲いかかる爆音に今にも鼓膜は馬鹿になりそうだった。
     一体、なにが起きたというのか。
     不愉快な耳鳴りと目眩を振り払うように頭を振りつつ、少女はぼやけた両眼を数度瞬かせてーー眼球が飛び出しそうなほど目を大きく見張った。

    「頑張れッ! キミは強いッ! ここが踏ん張りどころだぞぉ! なぁに恐れることは一切ない! キミが思ってる以上にキミは強い! 強くて強くてしょうがない! キミさえいれば、カムラの里は守り抜けるッ!」

     雷狼竜ジンオウガを翔蟲の糸で巧みに操り。
     敵愾心を燃やすリオレウスを容易く圧倒し。
     呆然とする少女に向けて万雷の声援を送るは、カムラの偉大なるツワモノ。
     彼の口元には、例の言を体現するかのような大胆不敵な笑みが溌剌と浮かんでいた。



     🍵🍵


     天高くして秋気しゅうき清し、朝ぼらけ。
     ようよう一日の始まりを迎えようとしていたカムラの里に、突如として「なぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃ!?」という女の高らかな声が響き渡った。
     牝鶏ひんけいあしたするは、カムラでは決して珍しいことではない。むしろ山河に挟まれたこの鄙里では数少ない娯楽であり、今朝は何処そこの誰だな、と状況と原因を推測して楽しむ程度には、皆おおらかであった。
     だが今日の鶏鳴は、明らかに常とは様子が違っていた。
     まだ初秋だというのに、まるで初霜が降りたような凄然とした冷気。
     目にはさやかに見えねども、ある起点を中心にそれが幾重にも輪を描いて広がっていくのを、カムラの民はその肌で痛切に感じ取り、身震いした。
     一体、何事であろうか。
     あるものは水汲みの手を止め、あるものは起き抜けの格好のまま家から飛び出した。
     そもカムラ人というものはおしなべて懇篤で、里の中で起きた出来事はすべて把握しなければどうにも気が済まない。非常時においては殊更敏速である。
     ある種の習性に則り、彼らは朝支度もおざなりに、老若男女問わず、ひたぶるに、一目散に、現場へと翔蟲を飛ばした。危急に際して里の掟は二の次だった。
     さて、ほどなくして古びた水車小屋の前に里人たちが続々と集まってきた。今朝の牝鶏がこの家の主であることは、その声を耳にした時から分かっている。
     しかるに、その家主の姿が何処にも見当たらない。
     玄関の戸は固く閉ざされており、恐らく主は家の中にいるのだろう。奥からガサゴソと物音がする。
     主人に叱られて締め出されたのか、戸口前では当家のルームサービスのアイルーが泣いていた。いの一番に到着したものが事情聴取を試みているが、彼はみゃあみゃあにゃごにゃご喚いてばかり。
     里人たちは一様に首を傾げた。アイルーがヒト族の言語を介しても、残念ながらその逆はほとんどないからである。ただ、彼の大袈裟な身振り手振りから大層良からぬことが起きたのだ、ということだけは窺い知れた。
     とはいえ、その古屋の戸を叩こうとする勇者は誰一人としていない。
     戸の隙間から漏れ出る剣呑な空気からは「如何なるもの、立ち入るべからず」という無言の威圧がありありと感じられ、もはや一度こうなってしまうと木板一枚を挟んで向こう側は、所謂禁足地である。
     とりもなおさず家主が自ら出てこない限り、こちらから足を踏み入れてはいけない。むやみやたらに声をかけてもいけない。
     それがもとよりカムラの里の不文律である以上、手を差し伸べようにも安易に手が出せないという、まさに『板挟み』の状態だった。
     さあらば、ルームサービスを問い質すのが先となるのだが。

    「と、とりあえず落ち着けって、なぁ? なにを言っているか、さっぱり分からんから……」
    「……が………と……ミャ……から、早く……ニャ~!」
    「だから、なにを言ってるか……」

     アイルー語混じりの断片的な説明では、やはり埒が明かない。とうとう痺れを切らした何某が他のアイルーを呼んで通訳させようとした、ちょうどその時。
     カムラ名物『大翔蟲おじ』ことハネナガ氏が、はぁはぁふぅふぅ息を切らして遅れてやって来た。ごめんねごめんねー、と言いながら彼は人だかりを押しのけ、

    「おぉーい、朝っぱらからどうしたんだぁぁぁ!? なんかあったのかぁぁぁ!」

     なんとあろうことか、畏れ多くも家主に大声で呼びかけた。同業者として気安く親密な関係を築いている二人だけれども、だからと言って許される行為ではない。
     誰かの「あっ!」という驚呼きょうことも悲鳴ともつかない声の後、ピシャーン! と不意の雷が水車小屋前に落ちた。
     鼓膜を突き刺すような刺激音に里人たちが首をすくめていると、勢いよく開け放たれた戸の向こうから背の高い女が現れた。

    「もう、いや。火薬の調合中は手元が狂うと危険だから話しかけてくれるな、と常々言い含めているのに。これで我が家が吹き飛んだらどうしてくれるんですか。ねぇ、ハネナガぱいせん?」

     はぁぁぁぁ、と木枯らしにも似た深い嘆息。砕けた口調とは裏腹な、凄涼な視線。
     痩身を覆う、武張った装い。鼻を突くツンとした火薬の匂い。
     そして女の背中で鈍い光を放つ、銀灰色の長大な軽弩。
     親しみや敬愛以上に畏怖の念を抱かせる女の様相に、その場にいたハネナガ及び里人たちはたちまち心胆を寒からしめた。
     カムラの里の名狩人、通称『猛き炎』。
     かつて百竜夜行を退け、巨獣の死体の山を幾多も築き上げてきた生ける伝説。
     巷では英雄とも呼ばれるその彼女が、早朝から火薬を調合し、頭の天辺から爪先まで最上位の武具で固めている。しかも、ひとかたならぬ殺気を立ちのぼらせて。
     確かに、ただ事ではない。
     里にモンスターの大群が押し寄せて来ようとも、単独で古龍討伐に向かうことになろうとも、すべて「なんとかなるでしょ」の一言で片付けてきたツワモノが、今まで見たことのないほどの強い気を発しているのである。
     これ即ち、前代未聞の事案が水面下で起きているということにほかならない。
     殊に年嵩の里人たちの蒼顔は、ますます青ざめた。百竜夜行という災厄を乗り越えた経験があるからこそ、天地あめつちという名が絶える以上のことを彼らは想像できないのである。
     最も身近な禍難と言えばやはり自然災害か強大な巨獣の出現ではあるけれども、仮にそうであるならばギルドからの退避勧告が先んじるはず。
     誠に一体、何事であろうか。
     あるものは自分たちの理解に及ばぬ出来事そのものに、あるものは考えうる最大の災いに恐れおののいた。
     そんな大人たちの不安を察してか、あるいは女狩人の威容に怯えたのか、幼子らもべそをかき始めた。その声は未だ止まぬルームサービスの意味不明な悲泣と不協和音をなし、周りの大人たちがそれをなだめようとする。
     連鎖的に辺りが騒然としていく中、堪らず、といった顔つきでハネナガが女におずおずと問うた。

    「ま、まさか……古龍討伐に行くつもりじゃあ、ないよな……?」
    「古龍? 私の方には依頼すら入っていませんが、誰がそんなことを?」

     女の口ぶりからするに、どうやら狩猟に行くのではないらしい。

    「おぉん……? じゃあ、その格好は?」
    「あぁ、コレ。今から浮気した挙句に逐電した旦那をシバきに行くんですよ」
    「へぇ~、ウツシさんをシバきにね~」

     と、ハネナガが惰性でおうむ返しをして数拍後。

    「……ウ、ウツシさんが、浮気ぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

     素っ頓狂な絶叫を皮切りに、周囲が一斉にどよめいた。
     武芸百般のウツシと、その弟子であり妻でもある猛き炎。
     ツワモノにしてクセモノであるがゆえに「割れ鍋に綴じ蓋」と揶揄される夫婦ではあるけれども、その実、相即不離そうそくふりの比翼の鳥であることは里の皆が知るところとなっている。
     もし女の言う通り、彼らの間に秋風が立ってしまったとなれば、それこそ天地という名が絶える時と喩えても過言ではない。

    「い、いやいやいやっ! あの人に限って浮気だなんて……絶対にありえないだろ!」

     ハネナガの必死の否定に、女の口から湿っぽい木枯らしが、ひゅうと吹いた。

    「でもねぇ、うちのルームサービスちゃんが言うには、私がぬくぬくぽかぽかお布団天国を楽しんでいる隙に、ガルクに乗って何処ぞの娘っ子とカムラから出ていったらしいんですよ」
    「そんな……まさか!」

     にわかには信じられないといった様子で、ハネナガは女を押しのけて禁足地を覗き込んだ。
     カムラきっての恐妻家はこういう時、上がり框でガルクのノミ取りをしつつ「怒ったって疲れるだけなのにねぇ」と静観しているのが常である。
     だのに、あるべき光景はそこだけぽっかり切り取られていて、今はすっかりもぬけの殻となっていた。
     急ぎ振り返って「誰か彼らを見たものは?」と目顔で問うてみても、揃いも揃って青白い顔を横に振るばかり。
     ハネナガは自身の広い額に手をやって唸った。

    「ったく、門番はなにしてたんだよ……!」
    「カムラの門なんて昔っからガバ中のガバですし、普通に見逃したんじゃないんですか」
    「そっ、そりゃそうかもしれんが! アンタもこういう一番大事なことは、もっと早くに言えよっ!!」
    「ええ~。ルームサービスちゃんがそれはもう、懇切丁寧に説明していたでしょう?」
    「バッカ! 俺たちにアイルー語なんか分かるわけなかろうが! こうなりゃ……しょうがない。相手のことはさておき、まずは皆で手分けして」
    「いえ、討っ手は私一人だけで十分です。それが一番早い」

     ハネナガの提言を遮るが早いか、女は彼の横をひょいとすり抜ける。すると何処からかガルクとアイルーが旋風のように躍り出て、女の後に続いた。

    「わわっ!? あっ、ちょっ、待てよ!! 待てったら!!」

     思わずガルクたちに足を取られたハネナガは、よろめきながら女を呼び止める。しかし、女は止まらない。
     一度こうと決めればさながら弾丸のように、まっしぐら。キューンと飛び出して、なにかにぶち当たるまで止まることは決してない。なおかつ下手に触れようものなら火傷程度では済まないのが、猛き炎が猛き炎たる所以である。
     女の軌道を妨げぬよう、そして女の激しい思火おもひに焼かれぬよう、水車小屋に集っていた里人たちは野分に吹かれた落葉の如く、ざぁっと音を立てて道の端へと吹き散った。
     その人垣の真ん中を、大股でずんずん進んでいく女の背中に向かってハネナガは必死に叫んだ。

    「アンタ、間違ってもウツシさんたちを殺すなよ!? 絶対に殺すなよ!?」

     女は自らを「追っ手」ではなく、「討っ手」と称していた。無論、背中にかつがれた得物は獣を殺すためのものではあるが。

    「さぁ、どうでしょうねぇ」

     振り向きもせず、二月の花よりも紅い霜葉そうよう色に染まった唇で女がそう嘯いた時。東雲しののめの空から身を切るような冷たい風が、びょうと吹き下りた。
     移ろいやすいものの喩えに『女心と秋の空』とあるけれども。
     本来の成り立ちは、『男心と秋の空』が先だという。
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