本格的に季節が冬になり、寒さが厳しくなってきた。僕やまわりの人たちはマフラーを巻いたり、コートを着たりしてしっかりと防寒対策をしているが、先輩は手袋しかしていない。冷たい風も吹いているのに平気そうにしている。
「ねぇ先輩、その格好で平気なんですか?」
「ああ、平気だよ。寒さには強いからさ」
「………そうですか」
本人は平気だと言うけれど、風邪をひきそうで心配だ。僕的には暖かい格好をしてほしい。失礼だけど注意をしても言うことを聞かなさそうだ。
良いことを思いついた。恋人からマフラーをプレゼントされたら冬の間ずっと巻いてくれるかもしれない。僕と先輩は付き合っているのだから、それを利用すればきっとうまくいくはずだ。この作戦を実行するため、先輩と別れてからショッピングセンターに向かった。すると、小次郎が話しかけてきた。
『今からマフラーを買いに行くのか?別に明日渡さなくてもいいだろう』
「そうだけどさ、先輩にはなるべく早く暖かい格好をしてもらいたいでしょ?小次郎もそう思ってるくせに」
『…………………うるさい。買うなら早く買え。』
「フフッ、素直じゃないなぁ」
僕だけでなく小次郎も心配していたみたいでちょっと嬉しくなる。性格はかなり違うが、先輩のことが好きなのは同じだ。
先輩に合いそうな色は何だろうな…赤系の色なら合いそうだな。
色々見て回っていたら、すごく先輩に合いそうなマフラーを見つけた。暗めの赤色で目立ちにくく、とても良い生地でできている。よし、これにしよう。
「ラッピングいたしますか?」
「あ、お願いします!」
「かしこまりました」
先輩のことだ。ラッピングでもしないと「後輩」としてのプレゼントになってしまう。少々値は張ったけれど、先輩が喜んでくれるのならどうということもない。家に帰ってやることを済ませ、寝る準備に入る。問題は、僕が渡すか、小次郎が渡すかだ。それを決めるため、小次郎と話し合う。
『コジローがこの作戦を思いついたんだからアンタが渡せば良いだろ?俺は、その……恥ずかしくて無理だ』
「うん、別に僕が渡しても良いんだよ?でもさ、小次郎が渡したらすごく喜んでくれると思うんだ」
『……いや、コジローがやった方が良い!アンタならアイツに好かれてるだろ?俺がやったところで微妙な反応しかしないだろ』
「そんなわけ無いと思うよ?告白されたときのこと覚えてる?先輩、僕のことも小次郎のことも大好きだって言ってたでしょ?」
『………………だいたい、恥ずかしがらずに渡すにはどうすれば良いんだ?どうあがいてもすんなりと渡せる自信がないぞ』
「そこは……まあ、頑張って!」
『アンタな…ったく、そこまで言われたら仕方ない』
結果、小次郎が先輩にマフラーを渡すことになった。話し始めたときからもどかしそうにしていたから、きっと最初から渡すつもりでいたのかもしれない。同じ自分なのだから、もう少し素直になっても良いのに。そんなことを思いながら眠りについた。
【主人公視点】
今日は寒さがピークだと、お天気お姉さんが言っている。でもオレは今日も手袋だけをして学校に行くつもりだ。オレは暑がりな体質で、夏の間は厄介としか思えないが、冬の間は良いなと思っている。だってお金の節約にもなるし。野球道具は高いから、常におカネがないオレにとってこの時期は出費が抑えられてとても良いのだ。
昨日もいつも通りの格好をして登下校していたら東條からすごく寒そうだと心配された。愛おしいヤツにこんな心配をさせてしまうなんて、と不甲斐ない気持ちになった。寒さに強いから大丈夫だと言ったが、アイツは納得していない様子だった。
でも、手袋くらいしか防寒できるものがない。部活が終わったら、何かしら買いに行くか。せめてマフラーくらいはあったほうが良いだろ。
いつも通り授業を受け、いつも通り野球の練習をしようと矢部くんと部室に向かう。
「今日も寒そうな格好をしているでやんすね…ニュースでお姉さんが今日は寒さがピークだって言ってたでやんすよ。本当に大丈夫でやんすか?」
「あはは、大丈夫だよ。でも風が冷たくてイヤだな」
「マフラーくらい巻けば良いでやんすよ。冬をナメちゃいけないでやんす!」
「そうだよなぁ、実はさ、帰りに何かしら買いに行こうと思ってたんだよ」
「それなら良いでやんす!良かったらオイラも付いて行くでやんすよ?」
「本当?ありがとう!」
そんな話をしながらユニフォームに着替え、グラウンドへと向かった。練習を始める前、オレ達より早く来ていた東條から、
「練習終わりに、少し話がしたい。…………………二人っきりで」
と、オレの服の裾を掴みながら、寒さのせいなのかわからないが赤みがかった顔で言われたので、秒で帰りに矢部くんと買い物に行く予定はナシにした。
矢部くんには申し訳ないがニヤニヤした顔で「仕方ないでやんすねぇ」と言われたので別に気にしなくて良さそうだ。色んな意味で良い親友だ。
今日の練習が終わった。正直、あまりできなかった。恋人から、更にあまり素直じゃないヤツからあんなことを言われても正常でいられるやつがいるだろうか。いない。絶対にいない。と自問自答しながら東條と二人っきりで帰る支度をしていたとき、東條が両手にラッピングされたものを持ちながら話しかけてきた。もしかして話って、このものをオレが貰えるということなのだろうか。ちょっと期待だ。
「なあアンタ、いつも本当に寒そうな格好をしているよな?今日だって特に冷えるのに、手袋だけとか、バカなんじゃないのか」
「うっ……で、でも今度防寒できるものを何かしら買いに行こうと思ってるから良いだろ?良かったらお前も連れてくぞ?いわゆる買い物デートってヤツ。オレはしたいけどお前はどうなんだよ?」
「………そのデートはダメだ。別のデートが良い。」
「え?なんでだよ。特にお前が買いたいものがないとか…?」
「そういうことじゃない。アンタはその買い物に行かなくていいからだ」
「ん?どういうことだ?まさか、東條が持ってるものってもしかして…」
「その…………別に俺がプレゼントしようと思ったわけではないからな!コジローが考えたことだ!いつまでもアンタが寒そうな格好しかしてないから、風邪をひかないか心配になって買ったんだ。お返しとかはしなくて良いからな」
「へぇ〜そうなんだぁ。でもメガネの東條じゃなくてお前がプレゼントしてくれるってことは少なからず心配してくれたってことだろ?そう思ってなかったらメガネの方にやらせるだろうし」
「……………………うるさい。良いから早く受け取れ」
顔を真っ赤にした東條からラッピングされたものを受け取る。正直、プレゼントされるとは思っていなかった。しかもメガネをしていない方から貰えた。すごく嬉しい。このまま踊り出したい気分だ。今日を記念日にしても良いレベルだ。
「今開けても良い?」
「好きにしろ」
「ちぇ、つれないやつだな」
ビリビリとラッピングを開けて中身を出してみたら、中に入っていたのはマフラーだった。
「マ、マフラーだ!しかもめっちゃ触り心地が良い!かなり高かったんじゃないか!?」
「……アンタに似合うような色にしたんだ。ちょっと貸せ」
とても手際よくオレの首にマフラーを巻く。顔が近くなっているけど良いのだろうか。
「…これでよし。…………結構似合ってるぞ」
「うん、なんかそんな気がする。すごく馴染むもん。それにとっても暖かいよ!ありがとう!東條!!」
「…っ!おい!いきなり抱きつくな!鬱陶しい!」
「まんざらでもないくせに?」
「うるさい!いいから離れろ!」
かなり怒ってるようにも見えるがこれは照れ隠しだ。顔が真っ赤だからわかる。オレの恋人はどうしてこんなにも可愛いのだろうか。でもこのタイミングで離れないと本当に怒ってしまうから、名残惜しいけど抱きつくのをやめた。
「ずっとここにいるのもアレだし、帰ろうか」
「…そうだな。ところで……デ、デートの話はどうするんだ?結局防寒グッズは買うのか?」
「ああ、このマフラーで充分だよ。恋人からこんなに良いものを貰えるなんてすごく幸せだよ!東條も味わってみない?」
「そんなに幸せになれるのなら、俺も興味あるな。でも無理な買い物はするなよ?アンタならしそうで心配だ」
「分かってるよ〜。まあ、買い物しなくて良くなったからどうしようか。オレの家、来る?」
「………それ、どういう意味で言ってるんだ?」
「え?どういう意味ってなんだよ?ただオレの家で遊ぶだけだぜ?」
「はぁ……アンタは本当にバカなんだな」
「はぁ!?だからどういう意味だよ!教えろよ〜!」
「却下だ」
「そ、そんな…!」
この日以降、冬がきたときは東條から貰ったマフラーを巻いて登下校している。
東條はそんなオレの姿を見て一瞬だけ少し嬉しそう顔をして何ともないかのようにする。
本当に、可愛い恋人だ。