あの後、なんでもない日のパーティー直前、ぐちゃぐちゃになった薔薇の迷路の薔薇の色を塗り直してたら、準備が終わった他のグループのやつもどんどん集まって、なんか最後は皆でワイワイ言って薔薇塗ることになった。
途中何人かがオレに「ごめん」って謝ってきて、それが片手じゃ足りなくなったら、いよいよウザくなってきた。
「あ〜もう、オマエらウザすぎ!」
いい加減鬱陶しいって、謝ろうとする奴らを手で払う。第一コイツらがオレの事嫌ってたのは金魚ちゃんの事があったからだ。金魚ちゃんのトランプ兵なら、本当はオレに謝るのは正解じゃないのに、コイツらほんとお人好しすぎるわ。
全ての薔薇を赤く塗り直して、予定よりも一時間以上遅れて始まった〝なんでもない日のパーティー〟会場は、目がチカチカする色で溢れてた。
テーブルの上にはタルトやケーキ、ジェイドが興味を引きそうな紅茶も波々とティーカップに注がれ、全てのトランプ兵に行き渡ったのを確認し、ウミガメくんが目配せした。
「なんでもない日バンザーイ!」
赤くペンキで塗ったくった薔薇の花びらが舞う中。金魚ちゃんのトランプ兵が、中央の空席に向けてバンザイする。その後の少しの沈黙に、みんなの中にいる金魚ちゃんが、きっとお決まりのセリフを言っているのだろう。
「さぁ寮長、最初の一ピースをどうぞ」
そう言って、主のいない空席に、ウミガメくんの手によって真っ赤ないちごの乗ったタルトがサーブされた。それを皮切りに、何でもない日のパーティーが始まる光景を、オレはただ……無言で見つめていた。
この空席は、オレが金魚ちゃんから奪った、居場所だ——
この光景をオレは一生忘れちゃいけない。もうガキみたいに振る舞って、絶対に手放しちゃいけないものを離さないように……
みんながワイワイ言いながら賑やかにケーキ食ってたら、オレの作ったケーキの最初の一切れも、ウミガメくんが金魚ちゃんが座るはずの空席の前にそっと置いてくれていた。その光景見たら、なんか鼻の奥がツンとして、熱を持った目尻に手の甲押し当ててゴシゴシと擦った。
なんかケーキを食う気にも、混ざってパーティーの催しを楽しむ気もなくて、オレはそっとその場から離れると、ウミガメくんとハナダイくんが「フロイドちょっといいか?」ってオレの事、寮の中に連れてくの。
オレら三人しかいない寮は、なんか静まり返ってる。
「ねぇ、どこ行くの?」って聞けば、「まぁ大人しく着いてこいよ」としか言われず、もしかしたらやらかしすぎてシメられんのかなぁ〜って。オレが金魚ちゃんにやらかしたことで、一番怒ってるのは確実にウミガメくんだ。ハナダイくんだって、金魚ちゃんのことは寮長とか後輩とかそ~言う枠を超えて大事な友だちだったのもなんとなく知ってた。
この二人をまとめて相手にしたら、さすがにオレもさっきみたく勝つのは難しそう。どーしよっかなって考えてたら、ウミガメくんが鍵のかかった部屋のドアを開けた。そこは金魚ちゃんの部屋だ。
金魚ちゃんママが襲来し、ぐちゃぐちゃにされた部屋のものは、全てウミガメくんとハナダイくんの手によって元通りにされていた。捨てられたオレがあげた消しゴムも、本棚の元の位置に戻されてる。
「やっぱり頻繁に窓を開けてやらないとダメだな」って、ウミガメくんとハナダイくんが金魚ちゃんの部屋の窓を開けた。ざっと部屋に流れ込む空気を背に二人がオレを見た。
「フロイド、本当に遅くなった」
「色々大変だったけど、本を読んでもいまいちしっくり来なくて、トレイくんといっぱい考えたんだ」
ウミガメくんが、オレに向かってペンを振れば、目の前のキラキラとした光がオレの頬をかすめた。
はいどーぞって、金魚ちゃんの部屋にあった鏡をオレに手渡す。そこには、入学一週間、金魚ちゃんの顔にあったハートのスートが、同じ位置に入っていた。
「これ金魚ちゃんとおんなじ……」
「ははっ! よく覚えてたな」
「レアなリドルくんのスート、フロイドくんがたくさん覚悟して、リドルくんの気持ちを引き継ぐなら、きっとこのスートが今のフロイドくんには一番ぴったりだと思ったんだ」
「リドルもきっと、『このスートに見合うトランプ兵であるよう、日々気を引き締めるんだね!』って言うと思うぞ」
「はは……ウミガメくん金魚ちゃんのマネ下手すぎ、にてねー!」
幼馴染のくせに、似てないモノマネするウミガメくんに、あぁでも、金魚ちゃんならきっとツンとした生意気な顔で胸張ってそう言った。それを想像したらなんかもう、だめだった。
笑いながら、涙腺バカみたいになって、目から涙が止まらなかった。
そんなオレの肩を叩き、ウミガメくんとハナダイくんが「これでフロイドもリドルのトランプ兵だな」って「これからよろしくね!」って、オレの壊れた涙腺の水が尽きるまで、金魚ちゃんにするみたくそっと寄り添ってくれた。