その次に訪れた世界、その世界でボクとフロイドはただの同級生に戻るはず——だったのに。前の世界よりずっと、フロイドのボクを見つめるその瞳には熱が含まれていた。
あの入学式……キミの首を刎ねすぐ、まるで何か天啓を受けたかの様に、フロイドはボクを熱のこもった瞳で見つめ、追いかける様になった。
「金魚ちゃん」とボクを呼ぶその声は、前の世界のこの時期にはなかった、多種多様な感情をにじませた声音をし。その世界のボクは、前の世界よりももっとずっとフロイドを警戒した。がそれでも、フロイドを完全に突っぱねないのは、前の世界で植え付けられたフロイドへの愛のせいだ。それが余計に、この世界のフロイドとボクの距離をおかしくさせた。
そして、その何かをギリギリまで押し込めたフロイド箍が外れたのは、ボクがオーバーブロットしてしまったあの事件後、復学してすぐだ。
「金魚ちゃん……好きだよ、だからオレとの稚魚産んで?」
放課後、ボク達以外誰もいない図書館。記憶の中の呪石と同じ赤に染め上がった瞳で、フロイドが床に押し倒したボクの上に伸し掛かている。
「何をバカなことを——」
言っているんだと、そう言おうとしたボクの唇を、前の世界で誓ったあの時のように、熱のこもった唇が、触れるだけの神聖なキスをする。
「好きだよ金魚ちゃん……好き……大好き」
恭しく体に触れる唇も手指も、前の世界の失敗を取り戻すかのように、瞳を赤く光らせたフロイド……そしてなぜか、その手指に抗えないボクは、前の世界と同じく誰もいない図書館で、フロイドに体の隅々まで犯され、彼との子を妊娠した。
男のボクが妊娠したという事態に、周りは大層焦ったけれど、フロイドだけは心底嬉しそうに、前の世界で語った子供との未来をボクに語って聞かせた。
海の見える、金魚ちゃんの様な薔薇の咲く庭がある家で、三人幸せに暮らそうね……
きっと、フロイドとの一度目の世界。あの世界で呪石に操られる前のフロイドなら、決して口にしなかったろう夢を、こうやって甘くボクに話して聞かせる。
前の世界でボクと子供の死を目にし、今度こそ、あの時掴み損ねた夢を現実にしようとするフロイドは、ボクが思っている以上に前よりずっと我慢強く計画的に、ボクの手を引いて学園から逃げおおせた。
「金魚ちゃん……好きだよ……大好きだから、オレと家族になってよ」
そう言ってボクを抱きしめるフロイドに、その世界を生きるボクも、もう何千回と繰り返したボクも、きっと魂が震えるほどの熱が心に灯された。ボクの一番初めの、純粋な願いをフロイドとなら叶えられる可能性を信じてしまったからだ。
だからその世界のボクは、彼の手を取り未来に向けて歩む覚悟を決め、前の世界のようにフロイドと地の果てまで逃げようとし、そして——前の世界のように、フロイドと逃亡の最中子を産み、産まれた子供と友に絶命した。
あっけないその最後を迎え、そこから何度世界を繰り返しても、ボクはフロイドの目の前で死を繰り返し、その度にフロイドはその時の痛みを、魂に刻まれる。そしてまた、次の世界でボクにあぁ言うんだ。
『金魚ちゃん、オレとの稚魚産んでよ』と……
だからボクも、フロイドのために、そして産まれた瞬間に死んでしまう子供のために、足掻いた。
足掻いて、足掻いて、足掻いて——そこから何千も世界を繰り返し、ボクとフロイドは失敗を繰り返し、ただ魂をすり減らしていった。使えるものはなんだって使って、互いの願いを叶えるために必死に考え動いても、運命はボクたちに残酷で。ボクは何度も、ボクと赤ちゃんの形すらしていないその崩れた肉を抱いて、絶叫するフロイドの姿をどうすることもできず、見つめることしかできない。
「なんで——なんでだよッ!!!」
路地裏に虚しく響くフロイドの絶望は深く、オーバーブロットにより成れの果てにその身を落とす姿に、フロイドとの初めの世界、ボクの前で笑っていた彼はもういなかった。
ねぇ、フロイド……ボクにとってキミは、幼少期に失ったあの窓の外そのものなんだ。そのキミの自由に、苦しみも、喜びも、憧れも、ボクはきっと無意識にキミに見出していた。
だからキミは、あの時のボクにとって天敵だった。
キミの〝自由〟をみとめてしまえば、きっとボクはボクじゃいられなくなるのを、心の何処かで分かっていたから。
これがボクの、キミへの気持ちの全て……
この気持ちを認めれば、ボクが次に願うことはひとつ。
ボクという存在がフロイドの自由を奪うなら、
ボクという存在がフロイドの苦しみになるのなら、
ボクは、
彼との子を産みたくないと、
数千回目の世界の果てで、初めてそう願った。