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    おわり

    @owari33_fin

    アズリドとフロリドをぶつけてバチらせて、三人の感情をぐちゃぐちゃにして泣かせたい

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    おわり

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    キミは始まりのミーティア 後編 1

    「アスター、サミュエル。朝だよ、早く起きるんだ」
     ベッドの中、まだ眠そうな二人を揺すって起こすと、むにゃむにゃと目をこする二人は、ベッドの上で大きなあくびを一つしてみせた。
    「「おはよう、かあさん」」
    「おはよう二人とも、早く顔を洗っておいで」
     二人は、朝から元気よく「はーい」と返事をして、部屋を飛び出した。
     リビング脇のキッチンでは、アルマと、診療時間を変更したため最近朝早くから起きてくるフレドが、すでに朝食を取っていた。
    「「フーじぃ、アルばぁ、おはよう!」」
    「おう、クソガキ。今日も朝からうるせぇなぁ……」
    「二人ともおはよう、早くそのヨダレまみれの顔、きれいに洗ってきな」
     アルマにそう言われて、アスターがサミュエルに手を差し出し「ほら、行くぞサミー」と声を掛ける。いつもの朝の光景を遠目に見つめながら、ボクはシーツを洗うべく、ベッドから剥ぎ取った。

     早いことに、二人は今年で四歳になり、目を離すと何をしでかすか分からない元気な子に育った。
     銀髪に少し赤い光沢があり、薄紫の瞳をしたアスターは少しせっかちな性格で、サミュエルの兄のように振る舞っては、彼を「サミー」と呼んで世話を焼いている。
     赤ちゃんの時から食べることが好きなアスターの食欲は、成長とともに多少落ち着きを見せたが、それでもサミュエルよりは量を多く食べる。
     食べる事が好きだから作る事にも興味を持って、アルマやボクが料理をしていると「ぼくもしていい?」と聞いてくるようになり、フレドに作ってもらった踏み台に乗ってボクらの手伝いをしてくれるようになった。
     最近では、パンの形成の半分はアスターが行い、ボクやサミュエル、フレドやアルマの顔を見立てた似顔絵パン作りに精をだしていた。
     そんなアスターが、アーシェングロット夫人……お義母様に「ぼく、大人になったら、おばあちゃんのリストランテのお手伝いをするね!」と言って、ここ最近めっぽう涙腺の弱くなった彼女を嬉し泣きさせていた。
     ターコイズブルーの跳ねた毛先だけを少し赤くしたサミュエルは、一人にしておくとクレメンティーヌの様なオレンジと、ローアンバーの瞳で、ぼんやり窓の外を見たり天井を見上げたりしていた。
     一度「何か面白いものでもみつけたかい?」と聞いてみたら、サミュエルは「何か聞こえるんだけど、聞こえないんだ」となぞなぞのような事を口にした。
    「じゃあ、聞こえるのが楽しみだね」と返すと「そうか〜そうだね、うん、楽しみ!!」と、少し垂れた目尻でボクに笑いかけた。
     そんなサミュエルは、絵を描くのが好きだった。クレヨンで紙からはみ出す自慢の絵を描けば、アーシェングロット夫妻は「天才だ!」と囃し立てて、何枚かサミュエルから貰った絵を、一万マドル以上する額縁に入れ、事務所やアズールの実家、そしてお義母様が経営するのリストランテに飾られていると聞いて驚いた。
     サミュエルに会う度に画材をプレゼントするそんな二人に、どうやんわりと断りを入れるかが、ここ最近ボクの頭を悩ませる問題だった。
     そして、ボクはと言うと、性別転換薬の服用をやめて、今はすっかり男の体に戻っていた。
     元々、永遠に女性の体のままいるつもりもなかったし、なにより元気すぎる二人を女性体のボクの体では抑えることが出来ず、フレドに相談して、子供たちが三歳になった頃、元の性別に戻ったのだが……困った事に、薬で収縮が可能な臓器とは違い、骨に関しては縮み削れることは出来ても、その削れた部分がすぐさま簡単に元に戻ることは無く、男性体に戻っても骨格や足や手のサイズが以前のサイズにまで戻ることはなかった。
     フレドには、時間をかけて戻っていくかもしれないが、成長期も終わりのこの時期だと完全に元に戻るのは難しいかもしれないと言われてしまった。
     そんな今のボクの体型は、女性のような丸みや膨らみも、男の骨格でもなく、ただただどっちつかずの貧相な身体をしている。
     女性体の頃はアルマのワンピースを着ていてもまだ見れたものだったが、今のぺったりとした身体ではスカスカしていて見れたもんじゃない。
     しかし、戸籍上女性と偽っているんだ、バレない程度の見た目でなければならないと、胸の下まで伸ばした紙のような色をした髪だけは、このまま伸ばすことにした。
     それに見知った人たちが多い中、急に胸が無くなるのも不自然だとアルマが厚手のパットを作ってくれて、それを胸元に差し込んで、ボクは男に戻っても人前にいる時はブラを着用し生活する羽目になった。
     その頃のアスターとサミュエルは、急に平たくなったボクの胸を名残惜しそうに触っては「どうしてなくなっちゃったの?」と不服そうにしていた。
     食事という意味では乳離した後も、甘える時に胸に吸い付いたり、触ると安心すると言っていた二人を、ずいぶんと甘えたに育ててしまった自覚はある。けれども仕方ないじゃないか、かわいいのだから。
     そうやって、ボクの胸にこだわる二人を見ていたフレドが「オメェらが大食らいで、かぁちゃんのおっぱい飲みすぎたから無くなっちまったんだよ」なんて言うものだから、二人がショックを受けて「ごめんなさい!!」と揃って大泣きして、さすがに珍しくアルマがフレドを怒っていた。
     ボクが男性体に戻っても、見た目が貧相になった事と、二人がごねる以外に特に問題は起こらず。男性体に戻ったらボクが本当は男だということがバレてしまうんじゃとヒヤヒヤしていたが、なぜかフレドの病院に通院する友人知人たちには、まるで何の変化もないように全く気づかれることがなかった。
     それどころか、ボクの元の姿を知っているはずのイヴァーノさえ、男性体に戻ったのに何も気づかず接してくるもんだから「何かボクに言う事はないんですか!?」と思わず怒ってしまった。
     男性体に戻って初めてお義母様にお会いした時も、前もって話していたはずなのに「本当に男の子なの?」とやたらと性別を疑われてしまった。本当に、どういうことなんだ。
     イヴァーノも「そうだよね、私も初めてリデルを見た時、アズールが思った以上に『ヴェーネレの輪郭』を愛していた事を知って驚いたよ」とウンウン頷いて、そのヴェーネレは分からなかったが、なんだか失礼なことを言われている様な気だけは分かった。
    「あの、以前も気になったんですが、その『ヴェーネレの輪郭』ってなんなんですか?」
     ボクがそう聞くと、お義母様がくすくす笑って教えてくれた。
    「そうねぇ、簡単に言ったら『面食い』って事よ。あの子、昔好きな子のタイプを聞いたら『別に、僕はそんなものにこだわりなんてないから』なんて言ってたから、こんなに整った容姿の子を好きになるとは思わなかったわ」
     お母様がアズールのマネをして見せてくれたが、その子供っぽい話し方に、彼が身内の前ではそんな風に話しているのかと、まだボクがほとんど知らない素のアズールを想像したらなんだかかわいくて、ボクまで少し笑ってしまった。
     そのアズールは、年三回、子供たちとボクの誕生日、そしてクリスマスにカードや手紙を添えて、必ずプレゼントを送ってくれ、そこに添えられた手紙のみで、夫である彼の近況を知ることが出来た。
     アズールは今日も遠く離れた夕焼けの草原で、レオナ先輩の下についてレアメタル掘削や新規事業を任せられ、人魚の彼にとって最も遠い分野の仕事をこなし日々奔走しているようだ。
     レアメタル採掘も、石油採掘も、レオナ先輩やアズールが魔法を使えば簡単なことだったが、獣人族は元から魔力が豊富でない人種で、レオナ先輩の様な存在は稀有だった。また人口的にも非魔法士の方が多く、今後のことも考えできる限り魔法を使わずに、人の手によってこの事業を成功させたいらしく、それには人手もお金もかかる。共同出資者を探すのにも一苦労らしい。
     アズールは、毎回良いことばかりを手紙に書いてくれているが、やはり状況は中々に厳しいようだ。
     二人が五歳になったら約束の四年目になるが、頑張っているアズールを見ると、期限が過ぎても何も言わずに待ってあげなきゃと、指にはまった銀色のリングを見つめたボクはそう自然と思えるようになった。

     そんな事を考えていると、ダイニングテーブルに座って朝食を取っているはずのアスターの大声が聞こえる。
     現実に引き戻され「どうしたの!?」と慌てて飛んでいくと、涙目のアスターの横、サミュエルが眉間に皺を寄せている。
    「かあさん! サミーがひどい!! ぼくのマフィンを食べたんだ!!!」
    「だって……アスターのって書いてないしぃ」
     一日の内、最低一回は繰り広げられる兄弟ケンカに、ボクはまたかと額を抑え、すっと息を吐く。
    「じゃあ、まずはアスターだ。もう一度何があったか言ってごらん?」
     ボクがそう聞くと、アスターは向き直って、事のあらましを教えてくれた。
    「ぼくが、最後に食べようって、お皿に取っておいてたブルーベリーのマフィンを、サミーが勝手に取って食べたんだ……ぼく、今日はこれを最後に食べようって、思ってたのに……!」
    「じゃあ、次はサミュエル。どうしてアスターのお皿のマフィンを食べたの?」
    「だって……ずっとお皿においてあって……食べないならいいかなって」
    「アスターにちゃんと確認を取ったのかい?」
     サミュエルがターコイズブルーの頭を横に振って黙り込んでしまった。悪いのは自分だと理解できたんだろう、落ち込んで下を向くサミュエルに「じゃあ、こんな時はアスターになんていうの?」と問えば「マフィン取ってごめん」と素直に謝った。
     落ち込むサミュエルを見てしまえば、サミュエルに対して少し甘い所のあるアスターは、それ以上責めることも出来ずに「もういいよ」とだけ言って、椅子の上で膝を抱えた。
    「二人とも、悪いことをしたらちゃんと相手に謝って、そして許してあげて偉かったね。そんな二人にはこれをあげるよ」
     ボクは、エプロンのポケットに入ったままだった苺のキャンディーを二人に一つずつ渡した。
     それを見た瞬間、嬉しそうに「「かあさん、いいの!?」」と揃う声が可愛くて、ボクは二人の色違いの頭を撫でた。
    「もちろん、でも食べるのは朝ごはんを食べ終わってからにするんだよ。それと食べた後はきちんと歯を磨くこと! あと、アスターにはこれも」
     ボクは、自分のお皿に乗ったままのブルーベリーのマフィンを、アスターのお皿に乗せた。
    「もらっていいの?」
     ボクの分を食べてしまってもいいのかと、不安げに揺れるアスターの薄紫の瞳がボクを見る。どれだけ食べたくても、他人の分まで強引に取って食べようとしないアスターは、好物だからこそボクの分を食べていいのか不安なようだ。本当に良い子に育ってくれた。
     ニコリと笑ってアスターに「いいよ」と言えば、満面の笑みで「ありがとうかあさん!」と喜んでくれて、フレドあたりがこの光景を見ていたら「あんまり甘やかし過ぎんなよ」と釘を差されたかもしれない。
     嬉しそうにマフィンを頬張るアスターと、やはりまだ少し気まずさの残るサミュエルを見て、ボクは一つ提案をしてみた。
    「朝食を食べてから、明日の分のマフィンをたくさん焼こうか。そうすれば、もうケンカする必要もないだろう?」
    「ブルーベリーのマフィンも焼く!?」と、アスターが嬉しそうに声を上げ。もちろん焼くよと言えば「やったー!」と喜んだ。
    「かあさん、ラズベリーのマフィンは? おれ、ラズベリーのマフィンのほうが好き!」
    「もちろんラズベリーのマフィンも作るよ。あと、フレドが好きなドライフルーツをたくさん入れたマフィンも、アルマの好きなチョコレートとオレンジのマフィンも……三人でたくさん作ろう!」
    「「わー!! やったー!!」」
     椅子の上で立ち上がり跳ねる二人に「危ないし行儀が悪いよ」と言って叱れば、二人は「ごめんなさい」と仲良く笑顔で朝食に戻った。

     二人が食事を終え、ボクたちが大量のマフィンを焼いている時に、訪問を知らせるベルが鳴った。
    「おじいちゃんかおばあちゃんかなぁ?」「郵便屋さんかも」と話す二人に、ボクの代わりに玄関まで見てきておくれとお願いすると、「はーい!」と元気よく返事をした二人はドタドタと走って玄関まで行き、少しして白い封筒を持って戻ってきた。
    「郵便屋さんだったの?」
     ちゃんとご苦労さまですと言ったかい? と二人に尋ねると、それには返事をせず封筒に書かれた送り主の名前を二人が読み上げた。

    「「あずーる、あーしぇんぐろっと……」」

     ボクがその名前に驚くと、二人がワッっと声を上げて「とうさんからの手紙だ!」と大きくジャンプして喜んでいる。
    「かあさん、かあさん! とうさんからの手紙だよ!」
     二人がボクの脚にしがみついて、きゃっきゃと喜んでいる。
     二人は、大きくなってからアズールに会ったことはない。ボク自身、彼に最後に会ったのは、アズールがナイトレイブンカレッジを卒業し、夕焼けの草原に行ってしまう前に、入籍もかねて教会で身内だけで小さな式をあげた時以来だ。
     本当は書類だけ提出して終わらせるつもりが、「記念は大切にすべきだよ」といい出したイヴァーノにウエディングドレスを着せられ、教会でアズールと永遠を誓うことになった。
     最初はアズールも拒否していたが、自分の母親にボクとの事を全て知られてしまったことを知り、なにやらボクの知らぬところでひと悶着あったせいか、その後は周囲に言われるまま、彼の両親やお祖母様、フレドやアルマに囲まれて、ボクたちは結婚を祝われた。
     その時はまだ二歳になってもいなかった二人は、自分たちの父親の事なんて、本当にこれっぽっちも覚えていないはずだが、誕生日とクリスマスの年二回、かならずプレゼントにカードを添え祝ってくれるアズールを好いているのか、ボクや自分たちの祖父母に当たるイヴァーノやお母様からアズールのことを聞いては、日々想像を膨らませているようだ。
    「かあさん! とうさんの手紙、読んで!!」
     渡された封筒を開封し手紙を取り出すと、パールに輝く白い便箋に、なめらかなアズールの字で文字が綴られている。
    「『拝啓、そちらは、お変わりなく過ごしていますか? この度、レオナさんへの対価を全て支払い終え、こちらでの仕事を終えることとなりました。ですので、約束の期限より早くではありますが、家族四人でやっと暮らすことが出来ます』」
     四人で暮らせると聞いた二人が、嬉しさからキャーと声を上げ、ボクの足元で嬉しそうに「とうさんと暮らせる!」と声を上げて踊って跳ねている。
     手紙には続いて『陽光の国より西南、輝石の国沿岸の観光地から車で郊外に二〇分行った町に家を購入しました。僕の業務引き継ぎに三ヶ月かかり、その間リフォーム等を行なっておきます。家具類は全てこちらで購入しますので、それ以外の必要なものをまとめておいてください。一緒に暮らせることを楽しみにしています——』と最後に日付とアズールの名前が入った手紙に、ついにこの時が来たかと、ボクはまだ先だと思っていた約束が突然やってきたことで、緊張した面持ちになる。
     オーブンから焼き上がったマフィンを取り出し、二人に「まだ熱いから、触ってはいけないよ」と釘を差して、この事を直ぐに話さないとと、ボクはフレドやアルマの所に報告を急いだのだが……二人は「良かったじゃねぇか」「家族は揃って暮らすべきだよ」と、ずいぶんあっさりした反応だった。
     次にイヴァーノの事務所に向かうと「アズールから先に聞いているよ。君たちの好みが知りたかった様だから、好みのデザインや色を伝えておいたからね」と和かに返された。
    「そう……ですか。ありがとうございます」
     返事を返してみたが、何だか胸がモヤモヤする。ボクは、みんなと別れるのが寂しいと思うのに、みんなはそうじゃないんだろうか?
     唇を噛んだのがイヴァーノにバレてしまい、彼がボクの頭にポンと手を置く。
    「不満そうな顔だね。やっとアズールと暮らせるのに、そんな顔しちゃいけないよ」
    「分かっています……! アズールがどれだけ頑張っているのかはずっと……分かってるんです。でも……」
     ボクが言い淀むと、イヴァーノが「おやおや、私の娘はずいぶんと寂しがりやだなぁ」と笑っている。
    「アルマやフレドがいなくて子育てに不安があるのは分かるよ」
    「それだけじゃ……あなただっていない、お義母様も、お祖母様も、せっかく知り合って仲良くなれた人たちも……アズールや子供たちと四人、知り合いのいない土地で、男のボクが彼らの妻や母としてやっていけるのか、不安で仕方ない……!」
    「君は、十分すぎるぐらいアスターとサミュエルのお母さんだよ。私はそこだけは保証するよ。そうだなぁ……もし『アズールとやっていけない、離婚だ〜!』ってなった時は、私が法廷で弁護してあげよう」
     まさかという発言に、驚いてイヴァーノを見上げると、彼は深い愛情を滲ませた表情でボクを見た。
     最初は苦手だったイヴァーノの事を、いつしか本当の父親のように思ってしまったのは、一体いつ頃からだっただろうか?
    「その場合、戦う相手がアズールになるんですよ? お母様に怒られませんか?」
    「ハハッ! ベッラなら多分君の味方だよ! それにねぇ、息子の彼を弁護してあげたい気持ちもあるけど、古来より父親ってのは、娘贔屓なんだよ」
     ハッハッハッ! と笑うイヴァーノに、おかしくなって釣られて笑っていると、事務所のドアの隙間から覗いていたアスターとサミュエルに気づき、イヴァーノは手招きする。どうやら気になって下に降りてきてしまったようだ。
    「「おじーちゃん!」」
    「本当に大きくなったなぁ! この前まであんなに小さかったのに」
    「どれぐらい?」「どんなおおきさ?」
     同時に抱き上げた二人に聞かれて、イヴァーノが生まれた時の二人の大きさを「これぐらいだよ」と手で表すと、二人がキャッキャと笑って「ウソだぁー!」「ちっちゃすぎ!」と笑っていた。
     その光景に、ボクは心底、彼がボクの養父になってくれてよかったと思わずにはいられなかった。

     それから三ヶ月、引っ越し準備で毎日が大変だった。まず、元は客間として使われていた何もなかったボクの部屋は、今や大量の物で溢れていた。
     内訳としては、ボクの私物より子供たちのおもちゃや絵本、服や靴の方が多い。もう二人が着ることのできない小さな服や、乳幼児用のおもちゃも数多くあった。クローゼットの奥に入ったままで、二人も今後使う予定がないだろうと、子供が産まれる予定の友人に貰ってもらうつもりで片付けを始めてみたが、服や靴一つ取ってもあまりにも思い出がありすぎて、一向に仕分けが進まなかった。
     あっという間の四年間はとても短く感じたのに、ボクが思っていた以上に積み重なったたくさんの思い出は大きく膨らんでいた。
    「かあさんなにそれ?」「ぬいぐるみの服?」
     二人の服を見つめるボクの背後から、アスターとサミュエルが覗き込んできた。
    「これはね、二人が赤ちゃんの時に着ていた服だよ」
     今の二人にあの当時の服あてると、どれだけ成長したのかが分かる。
    「ちっちゃいねー」「着れないよー」
     二人は笑いながら小さな服に腕を通そうとしているが、もちろん着れるはずがない。
     ボクの小さな二人は、本当に大きく元気に育ってくれた。特に思い入れのある服は、宝物として取っておこう。ボクはキレイなクッキーの空き缶に、もう着れなくなった思い出深い二人の服を畳んで仕舞った。
     アスターとサミュエルも、自分たちのお気に入りのおもちゃを箱に詰めては、引越の手伝いをしてくれている。
     そして、ここ最近ずっと、アズールと初めて一緒に暮らす事を喜び、毎日楽しげに話している。
    「とうさんに会ったら、一緒に遊んで〜いっぱい話して〜」
    「おれも、絵いっぱい見てもらって〜、とうさんと一緒に絵かく〜!」
     嬉しそうに話す二人は、いつも以上にボクにアズールがどんな人かや、好きな物や事を聞いてくるが、ボクの知るアズールなんて、ナイトレイブンカレッジにいたあの二年弱の、ほんの少しの期間しかない。
     入学当初から成績は上から数えた方が早く、二年からオクタヴィネルの寮長になって、モストロ・ラウンジの支配人もしていて、売り上げと契約と対価の事をいつも考えていて、目的の為ならルールをすり抜けて法を犯し、いつだって自分の欲望や信念に向かって良くも悪くも真っ直ぐだった。
     そんな彼が、タルタロス内部で勘違いから感情を露わにして怒ったかと思えば、誤解が解けたとともに急に笑い出して機嫌が良くなり、ボクを友人だと言った。その友人という言葉も、学園に戻り程なくして、なぜか真っ直ぐな目でボクを見て「リドルさんの事が好きなんです」と……そう、ストレートな言葉で告白されてしまい。ボクは、あまりに移り変わりの早い彼の言葉が、どこまで本当なのかわからなくなってしまった。
     あの当時のボクは、アズールの告白も、ボクを罠にはめるためだと思いこんで。友達だと言われたことが嬉しかった分、それが嘘だったことをほんの少しショックに感じていて、当時はずいぶん、アズールに冷たい態度を取っていた。
     それなのに、彼はボクを手助けして、こんなにも良い人たちと巡り合わせてくれて。そして、いつしか男であるボクの夫という立ち位置に収まった。
     それが、ボクの知るアズール・アーシェングロットという男の全てだった。
    (ボクは本当に、アズールの事を知らないんだ……)
     ボクはどこまでも、アズールの趣味趣向や彼の本質を知らないことを自覚する。
     モストロ・ラウンジの内装や、アズールが寮長になった時に一新されたオクタヴィネルの寮服が彼の趣味だと思っていたが、お義母様から教えられるアズールは、なんというか元は素朴なくせに、元から持ったプライドからくる見栄で武装しているように感じる。
     これから一緒に暮せば、もっとアズールを理解できるようになるんだろうか?
     あの時アズールに心の半分で好きになれるように努力すると言い、教会でわざわざ神の前で誓いすら立てた。
     なのに五年近く時が経っても、未だ心を占めるフロイドへの気持ちに、ボクはまた、どうしようもなく胸が痛くなった。



     * * *

     ボクたち三人がここを立つ前日の夜、フレド達の家で、イヴァーノやお義母様、そして普段は身体の負担も考慮して、アスターとサミュエルの誕生日ぐらいにしか海から出てこないアズールのお祖母様を招いて、ささやかなパーティーを行なった。
     鶏肉が好きなアスターが、心底嬉しそうな顔で大きな骨付きチキンを美味しそうに頬張り。ごろっと大きなミートボールが入ったパスタを、サミュエルが舌を火傷しながらもフォークにクルクルと大きく巻いて口の中に押し込んでいく。
     他のみんなも、ボクがここでアルマに教わってずっと腕を磨いてきた料理を美味しそうに食べてくれた。
     もちろん、初めて覚えたレシピであるミネストローネのスープは、今日もテーブルに並び、フレドがいつものペースで食べていてくれる。
     食事の後に、アルマの好物であるタルト生地にチョコクリームをたっぷりと詰めて焼いたクロスタータや、フレドが好きな冷やしたラム酒シロップにスポンジ生地を染み込ませたババも用意した。
     他にも薔薇の王国でメジャーなキャロットケーキやレモンドリズルケーキ、薔薇の王国の初代女王が好んで食べたとされる少しサクッと焼き上げたスポンジ生地にラズベリージャムをサンドしたクイーンサンドイッチケーキも想像以上に好評だ。
     お義母様が「うちのリストランテでも出してみようかしら」と言ってくれたのは嬉しかったが、こんな日常で食べるケーキを、珊瑚の海一番のリストランテのメニューに乗せてもいいんだろうか?
     お祖母様は、特にキャロットケーキが気に入られて、ホール半分を一人で召し上がられてしまった。アスターの食欲の原点は、お祖母様にあるかもしれないと、ボクは密かに思った。
     イヴァーノが「リデルの淹れるコーヒーはおいしいなぁ」なんて言いながらクイーンサンドイッチケーキを食べているが、ボクは未だ初めて淹れたコーヒーを薄いと、遠回しに皮肉を言われたのを忘れてはいなかった。
    「えぇ、お義父様は、薄い健康志向のコーヒーはお口に合わなかったようなので、気に入っていてだけるよう研究しました」
     尊大な態度でそう返せば、イヴァーノが声を上げて笑って、降参のポーズを取った。
    「もう五年近く前の事なのに、私の娘は案外根に持つタイプだったんだね」
    「今さらお気づきになられたんですか? ボクは言われたことは一生忘れませんし、出来ない事を出来るようにする為の努力を怠りません」
     胸を張ってそう言えば、イヴァーノは「君は本当に努力家だね」と、ボクの頭をくしゃりと撫でた。
    「「かあさん子供みたい!」」
     イヴァーノに頭を撫でられるボクを見て、アスターとサミュエルがキャッキャと騒ぐ。子供たちにこんな姿を見せられないと、イヴァーノの手を払いのけようとするが、イヴァーノはそれを許してくれず、ボクが顔を赤くしてウギィと唸ったところで、お義母様が助けてくれた。
     フレドとアルマは、そのいつもの光景に冷たい視線をイヴァーノに向けて、アスターとサミュエルは「おじいちゃんなのに怒られた〜!」と笑っていた。

    「ねぇ、引っ越しはどこにするの?」
     サミュエルが、もう何十回としてきた質問を、フレドに聞いている。
    「あそこは、こっちと捕れる魚がちと違う。ルビナの香草焼きとレングアドのバターソテーが旨い。あとエビの種類が多い」
    「フーじぃは、お魚すきだもんね」と笑うサミュエルと、アスターが魚介類で特に好きなエビの種類が豊富だと聞き「どれだけある!? 大きなエビもある!?」と自分の指を見せ、どれぐらいの種類があるのか興味津々だ。
    「どれだけって……お前の手の指じゃ足りないことは確かだよ」
    「うわーすごい! そんなにたくさん!? おじいちゃんもおばあちゃんも、大ばあちゃんも、フーじぃもアルばぁも、引っ越し楽しみだね!」
     自分の指の数を確かめ凄いとはしゃぐアスターの続く言葉に「ねー」と嬉しそうに返すサミュエルを見て、みんなが口をつぐんだ。
     二人はずっと、みんな一緒に引っ越すと思っていたのだ。
    「アスター、サミュエル。私達は一緒に引っ越ししないんだよ。新しいお家には、二人と、母さんと父さんの四人で暮らすことになるんだ」
     イヴァーノが説明してくれて、やっと二人は自分達の勘違いに気づいたようだ。そして二人して、みるみる内に目から溢れた涙をボロボロと零し、大声で嫌だと叫んだ。
    「いやだ……! みんな、みんな一緒じゃなきゃヤダー!!」
    「なんで、みんな、一緒に行けないの? やだ、おれも、いやだ……!!」
    「アスター、サミュエル……」
     大声でビェビェと泣き出した二人に駆け寄り抱きしめると、二人はボクの身体にしがみついて「みんな一緒がいい」「ずっとみんな一緒じゃなきゃヤダ」と大声で泣く。
    「引っ越ししなきゃ、アズール……お父さんと暮らせないよ?」
    「それもやだー!」「とうさんとも、みんなとも、一緒がいい、一緒じゃなきゃやだ!!」
     こうやって一度火がつくと、二人はなかなか泣き止んでくれない。どうすればと狼狽えるボクと大泣きする二人を見かねて、お祖母様が椅子から立ち上がりそっとボクの肩に手をやり、任せなさいと、ネックレスに繋がった大きな深い紫色の魔法石をキラリと光らせ魔法を使った。その光に二人は泣き止み、光が部屋中を満たし、魔法で床に光の地図を投影する。
    「アスター、サミュエル。このツイステッドワンダーランドはね、こうやって空も陸も海も繋がってるんだ。離れて暮らして、簡単に会えなくても、決して本当に離れ離れになるわけじゃないんだよ。みんな同じ世界にある同じ空をの下、続く大地や海で生活するんだ。立つ場所が違っても、みんなずっと一緒なんだ」
    「一緒なの?」「ほんとに?」
    「ああ、側にいなくても、姿が見れなくても、同じ大地に空に海にいる事には変わりないさ。今日は、二人がお父さんと一緒に暮らせる様になったパーティーなんだ、二人のお父さんは、今日の日のためにずっと頑張ってきた。だからそのお祝いの日に泣いてちゃいけないよ。ほら、私達のかわいいアスターとサミュエル、笑顔をみせておくれ」
     お祖母様の言葉に頷いた二人は、顔を涙と鼻水で汚したまま、ニコリと笑ってお祖母様に抱きついた。
    「「大おばあちゃんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、フーじぃも、アルばぁも、かあさんも、みんな大好き!!」」
    「ああ、みんなもアスターとサミュエルが大好きだよ」
     銀色とターコイズブルーの頭を撫でられ、二人が口元をニコリとさせ皆に笑顔を向けた。

     あの後、明日の見送りの為に近くのホテルを取ったお祖母様たちは、「明日また会いましょう」と、ホテルに帰っていった。
     お風呂に入り、パジャマに着替えたアスターとサミュエルは「今日は、フーじぃとアルばぁと一緒に寝てもいい?」と二人のベッドを訪ね、最後の晩を一緒に寝ることとなった。
     そしてボクは一人、部屋のベッドに横になったがなんだか寝付けない。いつも三人でぎゅうぎゅうに寝ていたせいか、狭いはずのシングルベッドがなんだか広く感じる。
     ボクは一人、部屋の小窓から外を眺めた。
     ここに来て本当に色んな事があった。最初は、すぐにボクをからかうイヴァーノに腹を立てることも多かった。フレドの無愛想さにも慣れず、アルマに教えられた女性としての振る舞いも、覚えることが多い家事も、こなすのが大変だった。友達もいない慣れない土地でどうすればいいのかも分からず、ナイトレイブンカレッジでの生活を思い出して何度も泣いたりもした。
     お腹が大きくなるにつれて、男のボクが本当に子供を産めるのかの不安ばかりが募り。つわりも、急な破水も、産まれた二人が真っ黒い塊だったあの瞬間も、今思い出しても苦しくなる。
     それでも、呪いが引き剥がされ無事に生まれた二人が大きな声で泣き、女性体のボクの母乳を飲んで、しっかりと小さな手でボクの指を握った瞬間の幸せを……そして、ボクを見守り助けてくれた彼らのことを。感謝などと言う言葉では言い表せない。ここに初めて来た時には、こんなにもここを離れがたくなるとは思わなかった。
     人魚の養女、リデル・アーシェングロットの始まり。そして四年と少しのこの大切な場所を、生涯忘れることはないだろう。
     そして、どうか優しい彼らが、幸せでありますようにと……ボクは星に祈った。



     * * *

     左右に延びた国土を持つ陽光の国。最東端のこの街から輝石の国にある観光地までは、アズールが手配してくれたフェリーで二日ほどだ。そこからバスで二〇分郊外に行けば新しい新居があるらしい。
     イヴァーノの車で送られて、ボクは荷物の入ったトランクを抱え、アスターとサミュエルも今日のためにお義母様と鞄屋さんに出向き買ってもらった青と黄色のリュックを大事そうに背中に抱えている。
     港に着くと全長二〇〇メートルの白い船体が停泊していた。初めて船を見るアスターとサミュエルは、はしゃいで走っては飛び跳ねている。
     それに「迷惑になるような事をしてはダメだよ」となんとか追いかけて止めた。
     出向まであと一〇分となり、そろそろ搭乗手続きに向かわねばならない。
     別れ際になると、さすがのアスターもサミュエルもフレドの脚にしがみついてぐすぐすと泣き出した。
     それにつられてか、フレドの鼻が少し赤く目がうるんでいた。
     フレドは、「かぁちゃんをしっかり守ってやれよ」と二人の頭をグリグリと撫で、アルマも「お腹を出して寝るんじゃないよ」と二人と指切りまでして約束していた。
     ここで知り合った友人知人も駆けつけてくれて、ボクとの分かれを惜しむようにみんなが泣いていた。
     お義母様とお祖母様には、船に乗ってから食べるといいわと、手作りのサンドイッチを渡された。
    「リデルさん、元気でね。アズールのことをよろしく頼みます」お祖母様がボクの手を取りお願いされた。
    「簡単には会えないけれど、手紙を送るわ」お義母様は、白いハンカチを握りしめて、先程からポロポロと涙を流しては「私、ダメなの。こういうのすぐに泣けてきちゃって」とメイクがヨレるのも気にせず、目元を押さえていた。
     二人の背後、いつもより口数の少ないイヴァーノがボクを見た。
    「リデル、何かあったらすぐに飛んでいくから、だから絶対に無理をするんじゃないよ」
    「分かっています、お義父様もお元気で」
     ボクの返事に「君は分かってないよ!」と言って、ボクを抱きしめた。
    「本当に、娘をお嫁に出す気持ちだ」
    「ボクはあなたの本当の娘ではありませんよ……それこそ、今のボクは女性ですらないのに」
    「そんなことはないよ。君は、ちょっぴり怒りん坊だけれど、頑張り屋さんで、とても優しい私の大切な娘だよ」
    「ありがとうございます、お義父様。ボクの養父があなたでよかった……」
    「アズールと仲良くね」
     彼との分かれを惜しむように抱きしめ返すと、汽笛が大きく鳴った。出向の時間が近づいている。
     アスターとサミュエルと手を繋ぎ船に乗り込み、甲板から下を見下ろした。
    「リデル、また会おうね!」「みんな元気で!」「アスター! サミュエル!! 母さんを困らせるなよ〜!」
     みな、口々に分かれを惜しみ、遠く離れるボクらを激励してくれている。
    「ありがとう! 本当に、みんな本当にありがとう!!」
     船がゆっくりと港を離れ、みんなの顔が見えなくなるまで、ボクは何度も感謝の言葉を口にした。
     溢れた涙を拭うのも忘れていると「かあさん」とボクのスカートを小さな手が掴み、二人がボクにハンカチを差し出した。
    「ありがとう、アスター、サミュエル……さぁ、行こうか」
     ボクは涙を拭い、二人の手を取った。
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    おわり

    PAST今現在、恋愛感情なんか微塵もないアズリドとフロリドの未来の子供がやってきてなんやかんやのクソ冒頭
    並行世界チャイルド それは、授業中の出来事だった。
     グラウンドの上。辺りが急に暗くなり、さらに大きな穴が空いた。雷鳴轟かせる穴。その口から吐き出された二つの塊が、このとんでもない事件の発端になるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。

     * * *

     授業中、慌てたゴーストがリドルを教室まで呼びに来た。緊急だと言われ、急いで学園長室まで向かうと、その扉の前でアズールとフロイドと出会った。
     苦手な同級生と、胡散臭い同級生兼同じ寮長である二人を見て、リドルは自然と眉を顰めた。
    「あー! 金魚ちゃんだぁ〜!! なになに、金魚ちゃんもマンタせんせぇに呼ばれたの?」
    「僕たちも先ほど緊急の知らせを受けて来たんです」
     この組み合わせなら自分ではなくジェイドが呼ばれるべきなのでは? とリドルは思った。どう考えても、二人と一緒に呼ばれた理由が分からない。こんな所で立っていても仕方ない、コンコンとドアをノックすれば、学園長室からバタバタと走り回る音が聞こえた。中からは、やめなさい! と言う声や、甲高い子供の声と泣き喚く声が聞こえた。
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