ぬかるんだ獣道を力いっぱいに踏みしめて、白波は走った。
天からは轟々と雨が降り注ぎ、仕立ての良い着物はあちこちが裂け、雨と泥にまみれて肌にまとわりつく。
もう、何時間走っただろうか。あるいは、数十分すら経っていないかもしれない。時間など、気にしている余裕は無かった。
とにかく遠くへ、見つからない場所へ、ただそれだけを考えて、人目の届かぬ道を選んで疾駆した。
荒れた木々の間をすり抜けるように駆けるうち、いつの間にやら身体のあちこちに擦り傷が刻まれ、雨に晒された指先は冷えきって感覚を失っていた。
もはや両の脚の動きは骨を鉛にすげ替えられたかのように鈍く、一歩踏み出すだけで白波の気力をごっそりと削り取った。
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