Rain veil※はじめに※
・このお話は映画SMB本編前の時間軸なマリルイです
・兄弟は既に恋仲な設定です
・幼少期、ティーン期の情景描写がありますが、作者の捏造になります
以上を踏まえてOKな方のみ、以下よりお楽しみ下さいませ。
↓
☆
今日も変わり映えしない一日が、流れている。
「よし…!修理、終わりましたよー!」
依頼先の少し小さな一人暮らしのハウスにて。
洗面所の水道管を修復し、完全に水漏れしなくなったのを確認出来たルイージは終了の声を上げる。リビングの方からやってきた年配の女性がその綺麗な仕上がりを目にすると、パァッと明るい表情に変わった。
「ありがとねぇ、助かったわ」
「いえ!これからもスーパーマリオブラザーズにお任せあれ、ですから!」
「ふふ、頼もしいお方。また何かあったらお願いね」
「こちらこそ!」
お邪魔しました、と帽子を外して笑顔の挨拶を交わし、ルイージは道具バッグをガシャガシャしながら、その家を後にした。
「ふぅ…どうしよっかな」
今日のノルマはこれで終了。
兄のマリオは違う場所で依頼対応していて、ここから少し離れた住宅街の方にいる。このまま帰宅しても良いが、時間的に今から歩いて行けば合流が出来そうだ。
「兄さんの所に行こうかな…」
ルイージはせっかくならと思い、別ルートを歩き始める。
すると肩に何かポツン…と当たる感触が届く。そこに視線を落とすと、小さな水滴が染みついた。
「………!雨降ってきちゃった」
上を見上げると灰色模様な天が一粒、二粒と地に降り立ってアスファルトの色も少しずつ変化する。やがて小雨と化した今、ルイージのオーバーオールや靴をしっとり濡らしてきた。
周りの歩行者たちも、近くの建物に雨宿りする人や徐々に傘を差す人などが増えていく。
「よいしょっと…」
今日は夕方から雨が降る予報だったので、緑生地の少し大きめな傘を持参している。そっと開いて、静かに降り注ぐ水の音を耳にしながら再び歩き出した。
濡れた道は滑りやすいだろうし、少しだけ歩く速度を落としていく。
「兄さん、傘持ってたかな…」
記憶が間違いでなければ、万が一に備えて兄の仕事バッグに折り畳み傘を忍ばせている。マリオはなるべく手が空くように活動したいタイプなので、大きな傘よりはそちらの方がいいとなったのだ。
とりあえずなんとかなるだろうという気持ちと、時間もあるから迎えに行きたい気持ちの二つを抱えて、ゆっくりだけど大股で進んでいく。シトシトと舞い降りる水滴が地面に落ちていくのを見渡すと、仕事終わりの特有の怠さが身体を襲って来るが、それ以外に感じるものもあった。
「………………」
____どこか、あの光景に似ているなぁ
ルイージは兄のところに向かいながら、そんなことをぼんやり思い出していた。
☆
それは、自分達双子がまだ小さな身体だった頃。
マリオとルイージにとってお馴染みの公園が自宅の近くにあり、いつも夕暮れの時間まで遊んでいた。大きな滑り台で一緒に滑ったり、ブランコに乗ってはしゃいだりと設置された全ての遊具に夢中でいれば、一日の終わりなんてあっという間だった。
「わっ………!」
だがそんなある日、砂場で城を作っていた兄弟のもとに、突然雨が降って来た。さっきまで夕焼けが挨拶しに来ようとする雰囲気だったのに。天気雨というやつだろうか。
ルイージは濡らさないようパタパタ走って、公園の中央に存在するカラフルなドームの中に入る…のだが。
「!あれ……」
キョロキョロすると一緒に作っていた筈の、兄の姿がない。
さっきまで一緒だったのに、慌ててたから見失ってしまったのだろうか。どこを見渡してもいなかった。自分が真っ先に行動したせいで置いて行ってしまったのかもしれない。それならば手を繋げば良かったと後悔する。
「うぅ……どうしよ………」
一人になったルイージは急速に心細くなった。
砂場に視線を送ると、一生懸命に作ったお城が雨で崩れていく。楽しく過ごしていたひと時を一変した天気に台無しにされてしまい、次第に負の感情が募っていった。
「うう……マリオ、おにいちゃん………」
ひんやりしたドーム内で頼りになる大きな存在が欠けてしまった今、心身がどんどん冷たくなる。ルイージは思わず両手で自分を抱き締め、泣きそうになった…その時。
「ルー!」
「!!おにいちゃん………?」
呼ばれる声が聞こえてきて、顔をバッとあげるとマリオが赤い水玉模様の傘を差して迎えに来てくれた。右手には緑の水玉模様の傘を持っている。
家を出発する前に、母親から「帰りは雨が降るかもしれないから、持って行きなさい」と傘を渡された二人は公園の入り口にある置き場に差しておいたのだ。マリオはそれを思い出して取りに行ったのだろう。走ったおかげで足元が少しだけ泥で汚れている。だけど、弟の傘をしっかりと握り締めていた。
「ルー!だいじょうぶ?」
「う、うん……ありがと…」
「かぜひかないよーに、はやくかえろう!」
傘を渡されたイージはパシャッと可愛らしい音を立てて傘を差す。それを確認できたマリオは先に歩き出した。その背中はまさしく『頼りになる兄』の象徴で、とっても大きいと感じられる。
ほぅ…と見つめながらルイージも出発した。…だがしかし。
「へぶっ!!」
「!」
マリオに続くように走ろうとしたルイージが、何もない所で転んでしまい、帽子も外れてしまった。更に、差したばかりの傘が転倒の衝撃で骨が折れてしまったのである。キッズ用ということもあり、あまり丈夫ではない作りのそれは傘としての役目を失った。
「!!あ……うぅ…………」
「!………………」
やや濡れている土が顔や膝を汚してしまう。兄と色違い緑の帽子も同様だ。せっかく持って来てくれた傘をダメにして、だらしない外見になったルイージはあらゆる事態に涙が浮き上がりそうになった。マリオは一瞬呆然としたが、すぐに行動に出る。
「………!」
帽子を拾って汚れを落とすように叩き、しっかりと被り直してやる。そしてマリオは服の袖で弟の顔や膝を拭いていった。
ルイージは驚愕する。そんなことしたら汚くなってしまう。だけどマリオは構う事なく一生懸命に綺麗にするようゴシゴシ拭いていった。やがて、ある程度の汚れは落ちたが代わりに、赤いシャツは茶色に変化した。
そして、赤い傘の中に小さな身体が二つ、収まった。
「よし、これでへーきだ!かえるぞ!」
「え……い、いいの?」
傘の内に入れただけで、全身防水にはならない。ルイージは壊れた傘をキュッと握り締めオロオロしているが、マリオは気にせずニッと笑った。
「これならぬれないし、ルーもつめたいってならないだろ?」
「う……うん!」
「おかーさんには、ぼくもいっしょにあやまるから」
「え…!で、でも……」
マリオも濡れてしまうだけでなく、共に怒られる覚悟を伴ってくれた。そんな極上の優しさに触れていいのかと、ルイージは余計にオロオロする。対して兄は、笑顔でこう言う。
「いっしょにおこられれば、はんぶんこさ」
「!」
その一言で、胸に突っかかっていた何かが取れた気分になる。汚れた分だけでなく、怒られた後の哀しみも共に分かち合うという懐の広さに、ルイージは浮かびかけていた涙を拭い、ありがとうの意味を込めて頷いた。
「ルー」
「………?」
名前を呼ばれ、空いた手をキュッと取られる。握ってくれたその体温はとても心地よくて、先ほどまで冷たくなってしまった自分の芯が暖かくなった、そんな気がした。
「マリオ……?」
「またおしろ、つくろう」
「!」
「きょうつくったやつよりも、もっとでっかいのをな!」
「……うんっ!」
泥まみれで笑う双子が小さな約束を交わした直後、天気雨が少しずつ弱まっていく。兄は傘を握り締め、弟は差し出された手を離す事なく、行くべき場所へ足を運んで行った。
☆
キュッ…と大きな音を立てるのは、修理完了のサイン。高価な見た目のアイランドキッチン、その下のキャビネットで悲鳴をあげていた水道管を直すマリオは、レンチを持ったまま額の汗を袖で拭った。
「っし……!これで大丈夫ですよー」
終了のお知らせを口にすると、後ろからやってきた主婦が拍手をしながら嬉しそうに笑う。
「直って助かったわ、本当にありがとう!」
「はは、これが僕の仕事ですから」
顧客の笑顔を見るだけで、胸がいっぱいになる。まさに良い事をした気分にさせてくれる、シンプルだけど素敵な魔法だった。
「良かったらどうぞ、持って行って!」
主婦が差し出してきたのは、お菓子が詰め合わさった缶。フィナンシェやクッキーなどの焼き物類が綺麗に並べられていて、見ているだけでとても美味しそうだ。思わずマリオのお腹が鳴りそうだった。
「え、あ…すみません、ありがたく頂きます」
まさか貰い物があると思わなくて、マリオは一瞬どぎまぎするが、断るのもマナー違反かとなり、素直に受け取ることにした。
「それじゃあこれで。ありがとうございました」
マリオは帽子を被り直して茶菓子を紙袋に提げ、依頼人に挨拶を済ませその場を後にした。
「はぁ……しかしデカい家だったなぁ」
家から少し離れた辺りでため息をつく。
兄弟で独立してから色々なお宅にお邪魔するようになったが、今回伺った家は明らかにお金持ちが建てたちょっとした豪邸で、修理中も汚してはいけないと言い聞かせ、普段以上に注意深く作業に取り組んでいた。建物のオーナーである夫婦は優しい人柄がオーラに滲み出ていて、多少の失敗を許してくれそうでもあったがそんな判断をしてはいけないと、怠惰の気をゼロにして仕事に全うした。その緊張から解かれたおかげか、肩にズシッと疲労感がのしかかって一気に項垂れる。しかも今日に限ってルイージとは別行動だから、自分一人で全ての工程を乗り切った。たった一件で三件分の体力を使った気分だ。
せっかくならどこか寄り道しようかとも思ったが、これでは無理だなと思いマリオは帰る選択をした。
「…………!」
ポツン…ポツン…と雨が降って来る。
マリオの道具ベルトには、小さめの折り畳み傘が供えられていたので、それを手にしバサッと差した。因みにルイージから『兄さんは手ぶらの方が楽でしょ?』と言って持たせられたものである。
予報とかそこまで気にしないマリオだが、今ばかりは弟の気遣いに感謝していた。
赤い傘の生地を濡らしてくる雫が露先へと伝って、ポト…と地面へ落ちていく。薄っすらと日光が雲を通して差してくる様子も窺えることから、天気雨なのだろう。帰宅中には止みそうだ。
「雨、か」
帰路をほっつき歩きながらそう呟く。マリオもマリオで、とある思い出が脳内のスクリーンに流れ始めた。
☆
高校時代のとある日。
放課後になった途端、マリオはクラスメイトから『テニスのペア相手が体調不良で早退してしまったから、30分だけウォーミングアップに付き合って欲しい』と頼まれた。
どうするか悩んだが、ルイージに話すと『今日の授業で分からない事があって、下校前に先生に質問してくる』と言われて職員室に向かって行った。そうなると別行動だなと思ったマリオは依頼を承諾し、練習の付き添いをしてあげた。
「悪いな、付き合ってもらって。助かったぜ」
「これぐらいどうってことないって」
運動によって身体が温まり、程良い汗もかく。スポーツ用のポロシャツが発汗で薄っすら滲んだ。タオルで首元を拭きながら、相手にお礼を言われたマリオは良い事をした気分に浸っていた。
「また何かあったら頼むよ」
「はいはい。それじゃあお先!」
クラスメイトに手を振ったマリオは更衣室でチャチャッと着替えを済ませて、やや急ぎ足で昇降口に向かう。理由はもちろん、弟を待たせないためだ。
「!あれ………ルイージはまだか…」
時間的に質問タイムが終わると思っていたが、ルイージの姿がない。まだ職員室なのだろう。マリオはふぅと息を吐き、リュックを下ろして入り口にあるベンチへ腰掛けた。下校時刻からそれなりに経っているので、ほとんどの生徒達は帰っている。人気があまり感じなかった。そんな空間でボーッと考え事をする。
「………良い時間潰しだと思ってたけどな」
これは先生と話し込んでいる、そう推定したマリオはまた軽く息を吐いた。
実はルイージは優しい性格もあってなのか、結構先生と勉強以外の他愛のない会話をして時間を浪費する事も多々ある。マリオは最初、深くは気にしていなかったのだがそんなやり取りが何度も続いてると、どこか変な感情も生まれなくはなかった。それは一体何か、明確ではないが。
「……………」
家でも一緒、学校でも一緒。
兄弟だからそんなもんだろと周りからは言われるが、マリオにとっては違った。共に過ごしてきたからこそ、お互いにしか分からないものがある、そんな感じだ。それだけの、はずなのに。
「……まだかな」
思わず、我儘な口調になってしまった。だからといってルイージと待ち合わせしている訳でもなく先に帰っても全く問題はないのだが、マリオは一人だけの下校をあまり好んでいなかった。年齢を重ねるごとに、隣にいるのが当たり前に感じてきたから。
「!雨……」
ふと外を見ると、雨が降り出す。それは段々と大粒のものに変わり、太陽で明るかった風景はほの暗くなって、地面も濡れていった。
「うーわ、結構降ってんな……」
天から降り注ぐ音は大きくなっていき、せっかく身体を動かして発散した気分がどんよりとしていく。
生憎、傘は持って来ていない。降るなんて知らないし、まず予報も気にしていなかった。尚更先に帰るなんて出来ず、やや煩わしい雨音を聞きながらベンチに座り込むしか出来なかった。
「…兄さん!」
「!」
廊下の向こう側から聞こえる馴染んだボイス。目線をそちらに向けば、ルイージが斜め掛けのバッグを揺らしながら軽く走って来た。
「もしかして…待っててくれたの?雨降る前に先に帰っても良かったのに」
「いや、別に待ったのも少しだけさ。ナイスタイミングだよ」
___傘がないから、お前と帰りたい
何故か言えなかったマリオ。しかしここに来てからほんの5分しか経過していないので、実際にタイミングも悪くなかった。なのでそう言ってしまった。
そんな5分ですら、「弟はまだか」と思うのは病気かもしれないが。
「!雨降ってるんだ…僕、折り畳み傘あるけど兄さんは?」
ルイージが外を見てすぐに鞄の中から緑生地の細い赤チェックが入った折り畳み式の傘を取り出す。
「………ない」
「!」
頭を掻いて返事する兄を見て、ルイージは一瞬ポカンとする…が。
「……僕ので良ければ、入る?」
マリオが望んでいた答えが聞こえた。だがいざそれを聞くと申し訳ない気持ちも募ってくる。どっちなんだかと軽く苛立たしくなった。
「……いいか?」
「もう、最初からそう言ってもいいのに」
遠慮しがちに聞くと、ルイージはふふっと笑いながら傘を差して隣のスペースを作ってくれた。お言葉に甘えてそこに入り、学校の入り口を出て正門をくぐる。
折りたたみという小さなサイズに加えて、成長期の男子生徒二人分の身体だと流石に肩が濡れてしまう。なので、寄り添って行くしかない。
「……悪いな」
「別にこれぐらい平気だよ」
後からだんだん罪悪感を感じるマリオが謝ると、ルイージは全く気にしておらずニコニコしていた。同じペースに互いが合わせるように、足取りを多少気にしつつ自宅へ向かって行く。小さな水溜まりをパシャ…と鳴らしながら。
「兄さん、今日も練習のお手伝いしたんだよね。テニス上手くなったし、入部してもいいんじゃない?」
「はは…そこまでの実力じゃないだろ」
「でも相手に合わせるほどの力があるのは凄いよ」
「それだったら、ルイージも出来るって」
何気ない日常会話をしながら歩く双子。小さい頃からずっと変わらない光景だ。マリオもルイージも、学生モードから兄弟モードに戻り、リラックスしながらポツポツと喋っているこの時間が、口にはしないがどちらも好きだった。
「…なんだか、思い出すね」
「え…?」
ルイージの一言にマリオが疑問符を打つ。思い出すとは、何をだろうか。
「小さい頃、兄さんがこうやって傘差してくれたの。覚えてない?」
「…………!」
もちろん、その事は覚えていた。
あの日、傘を壊してしまったルイージが泣きそうになるのを見て、『お兄ちゃんとしてしっかりしなくては』と責任を感じたマリオは自分の傘の中に二人で入り、叱責される覚悟で帰宅した思い出だ。
ちなみにその後、帰りを心配そうに待っていた母親は全身泥で汚れた双子が傘一つだけ差している光景に驚くも、『ただいま!』とハキハキ言う兄と泣きそうになりながら『…ただいま』と、壊れかけの傘を持ったまま言う弟を見て少し笑い、安心させるように『おかえり』と口にしていた。
傘の件をおそるおそる話して謝る二人に対し、『また買ってあげるわ、それよりケガはしてないの?早くお風呂行って温まりなさい』と言うと彼らはキョトンとし、すぐに笑った。
こういった流れだった気がする。
「母さん、傘が壊れた事に怒らなかったからビックリしたよな」
「あの後すぐに雨が止んだから、本当にタイミングってやつだよね」
双子揃って、苦笑いしながら思い返す。
「…兄さんの背中が大きくて、カッコいいなって思ったよ」
「え……そうなのか?」
「うん。それで…今度は僕が兄さんに差してあげてるんだって思うと、嬉しくって」
「ルイージ…」
実はあの時、マリオは焦っていた。
もし弟だけ汚れて帰って来たら、母親に『お兄ちゃんがしっかりしないでどうするの』的な台詞を言われるんじゃないかと思った。それはルイージへの嫉妬なんかではなく、ルイージを大切に出来ていない自分に悔しくなる気持ちのようなものだ。いつでもどこでも一緒で、一緒に笑い合って泣き合ってきた片割れだからこその感情かもしれない。
どうするか決めた結果が、あのような行動だった。今思い返すと中々な手段な気もしたが、そう思われていたとなると、実行して良かったとなる。
「ねぇ、雨が少し落ち着いてきたし、たまにはゆっくり歩かない?」
「………!」
ルイージの言う通り、先ほどまで強く降りしきった雨が段々弱くなってきた。
学校から自宅まで半分の距離を歩いてきただけに、二人のボトムスの裾は濡れて重くなり、それぞれの鞄も湿っている。なるべく急いで帰って着替えるべきかと考えたが、思いがけない提案に断る気もない。
「………分かったよ」
マリオがそう返事すると、ルイージの表情がより穏やかになった。小さい頃から備わった可愛らしさだけでなく、兄を包んでくれるこの優しさが今の姿に表れている。
更に。
「っ!お、おい……」
自分より少し細長い手が伸びて、ギュッと握られる。思わず心臓が高鳴ってしまった。
「……嫌だった?」
「え、あ、その…嫌じゃないけどさ……」
兄弟で手を繋ぐなんて昔からしょっちゅうだったが、この年齢になってされると、どこか別の意識が芽生えそうになった。それはさっきまで考え込んでいた感情と、似ている気がする。
だがそれ以前に、誰かに見られたらの不安もあった。思春期な男同士で手繋ぎだなんて、人によっては良い印象を受けないだろうと。
…しかし。
「あそこの角までなら……いい、かなって」
「!」
ルイージが目を反らしながら言う。気のせいか、頬が薄っすらとピンク色に染まっている、そんな気がした。それを見たマリオも、どうしてか分からないが恥ずかしくなる。
「……ほら」
再び頭を掻いて、繋いでくれた手を軽く引っ張る。またあの時みたいな、リードする感じで。その純粋以外にも何かが伴っている気がするが、今はそれをお披露目する事でもないと判断した。
「……ふふ」
「なんだよ…」
「ううん、なんでもない」
冷たいけどどこか優しい雨に守られて、二人の時間が緩やかに動く。そして、傘を分け合って半分ずつ濡れてしまった肩は今、暖かさもほのかに宿っていた。
☆
「あの時みたいな雨だ…」
あれをきっかけに、兄弟の距離が普段以上に縮まって、『これからも共に過ごす』誓いを交わし血縁以上の関係を持つようになった。『恋仲』というやつである。自分だけでなく、相手もそんな風に想っていたことには驚愕したが、どこかホッとしてもいた。
「天のお声とやらは、なんて思うんだろうな」
兄弟で恋だなんて、色んな意見が出てくるのだろうとマリオは再び息を吐く。
就職してあらゆる困難にぶつかっていって、今の独立スタイルがある。これが正しいかどうかは世間的には分からないが、少なからず自分達は正しいと思って過ごしていた。だから、これでいいとなっている。
まるで老夫婦のような感じの過ごし方ではあるが、刺激的なものを求めるつもりは、今はない。もしかしたら、ルイージはそうではないかもしれないが。
「晴れと雨…両方ってことは、良かれ悪しかれ、かもしれないな」
はは、と乾いた笑い声しか出てこない。
本当に何の変哲もない時間が流れていくだけの毎日に、家族は、周りは内心どう思っているのだろうか。顔には出さないが、呆れていたりするんだろうか。
ほっつき歩きながら、プラスになれない事柄ばかり考え込んでしまっていた。
「兄さん!」
「…ルイージ!」
聞き慣れた声がする方向を見やれば、大きな傘を差している弟がこちらに歩いてきた。道具バッグを揺らして自分より軽快に歩いている。自分と同じく、無事に任務遂行した様子に安心の笑みが浮かんだ。
「お仕事終わったんだね、お疲れ様!」
「あぁ、ルイージもな」
合流した二人が並んで歩く。水溜まりにブーツで踏み入れるとバシャッと軽く跳ね返った水が、アスファルトにより広がる。マリオはそれを見つめつつ、弟に話しかけた。
「なぁ」
「んー?」
「…お前の中に、入っていいか?」
「!」
ルイージがピタッと止まる。戸惑った顔つきだ。
「え……僕の?」
「……あぁ」
嫌なら別にいいよ、と言いかけそうになったが今日はちょっとそんな気分にもなれなくて。やや食い下がるような返しをしたマリオを見てルイージは笑顔を見せてくれた。
「うん、分かった」
快く受け入れてくれるこの存在に、どれだけ助かっていることか。ひょっとしたら断りたいんじゃないかという恐怖も消えないが、あどけない表情が信頼を証明してくれている、そう勝手に思っていた。
マリオは折り畳み傘をしまうために、バサッと軽く水滴を払って元の状態に納める。そしてルイージの差している傘の空いた隣にスッと入った。
「でも濡れちゃわない?急ごうか」
兄が隣にいる喜びもあるが、濡れてしまう心配も生まれる。早めに自宅へ向かおうと足を速めようとした…が。
「え……」
柔らかそうに、でも強く手首を掴まれた。
「……別に、急がなくてもいいんじゃないか?」
「!」
当時、弟が口にしてくれたペースを緩める台詞を今度はマリオが提案する。
「……うん、そうだね」
ルイージはゆっくり頷いた。
大の男二人が一つの傘に入って歩く光景は人々からすれば滑稽だろうけど、兄弟にとっては関係ない。シトシト降っている雨の匂いを嗅ぎながら再度、並んで歩く。
「兄さん、それってお菓子?」
「あぁ。今直した案件の奥方から貰ってきた」
「わぁ…!帰ったら食べようよ!」
紅茶かコーヒーか迷うなぁ、と呑気に考える弟に、どこかまた癒される。今日はちょっとしたお疲れ様パーティーになりそうだ。
「なんだろね…よくわかんないけど、雨降ってるのに暖かいって感じる」
「…………」
それは、正解だと思った。雨水自体は冷たいが、ほんのりした暖の気が身体中に流れている。空を見上げて詩人のように詠うルイージにマリオはフッと笑った。
「…それは、間違いじゃないさ」
「!」
「ゆっくり帰るか」
とりとめのないこのやり取りも、社会人で大変な経験をしている双子の心を緩めてくれる。
「ルイージ」
「?何、兄さん」
「…隣にいてくれて、ありがとう」
「え?急にどうしたのさ」
___今は、このままがいい
「そう言いたくなっただけだよ。理由なんてない」
「…………」
外の台詞と内の台詞を同時に放つマリオに対してルイージはボーッとしていたが、すぐにへへっと笑ってマリオの空いてる手を握る。
「な、ちょっおい………」
「これぐらいなら、誰にも分からないって」
周りにはちょうど誰もいない。それを狙った上で移した愛しい片割れの行動だ。マリオはばつが悪い顔になるが、すぐに一変する。
___チュッ
「!!」
「じゃあこれも、だよな」
ほんの一瞬ではあるが、弟の唇に自分のそれを重ねた。
「……………う、ん」
ボッと真っ赤にする弟は、すぐにはにかむ。この笑顔を、もうしばらく見られるのなら、今は何も変化しなくていいかなとマリオは思った。
「…行くぞ」
変わり映えしない一日、一週間、一ヶ月と流れていく双子の間には、ほんの少しだけ、特別だと思える何かがあった。それは雨のおかげかもしれない。
晴れ間も見えて来て終わりを迎えようとする天気雨だったが、それでもマリオとルイージは傘を戻さず、互いの温もりを今だけはそっと噛み締めていた。
Fin.