「独占」 ダイスが転がる。
「7」
タクミはそう呟いて白い駒をつまみ上げ盤上の円形に結ばれたマスを時計回りに進める。コツコツと軽い象牙の音を七回立てて駒は「Chance!」と書かれたマスで止まった。タクミは盤の中央に積まれたチャンスカードの山札を一枚引いてそれを読み上げた。
「『馬のレースで優勝、銀行から賞金150万G《ゴールド》受け取る』」
タクミはふ、とほくそ笑みカードから対面に座る僕へ得意げに視線を向けた。
その視線に面白くないと思いながらも、二人しかプレイヤーがいないので必然銀行役を兼ねる僕は盤の横に金額順に並べられた色紙の紙幣の束から100万と50万を取ってタクミに手渡した。
「どうも」
僕はタクミからダイスを二つ受け取って振る。出目の通りに駒を進め、止まったマスには白のカラーマークと家形の駒が二つ。僕が置いたのではないそれを見て僕は眉を寄せた。
(よりによって『シラサギ』か……。)
顔を上げれば案の定、さっきより笑みを深くしたタクミが僕の前に手のひらを見せてきた。
「家賃。500万G」
少しイラっと来たが僕はこれ以上表情を崩さないようにする。小さく息を吐き、手前の僕の所持金から家賃分の紙幣を数えタクミに渡した。
「ありがと。レオン今日はついてないようだね」
タクミは受け取った札束の端を親指で一枚ずつ弾いていく。そんな一々数えなくても金額を誤魔化したりしないよ……。彼の疑り深さには呆れる時もあるが、タクミの笑顔は自然と目で追ってしまう。ほくほくした顔でお金なんて数えちゃって。勧めた時に「商人じゃあるまいし。こんな金儲けゲームなんて」とぶつくさ言っていたのはどこの誰だったかな?
将棋とチェスの次にタクミと共にやり始めたのがこの盤上遊戯だった。
双六に不動産取引の要素を組み合わせたこのゲームは暗夜国中で流行った。貧しい暮らしの中でもお金持ちの気分が味わえるのがウケたのだろう。
ルールは少々複雑だが簡単にかいつまんでおく。プレイヤーは双六の要領でマスを周回しながら、止まったマスの指示に従う。
幾つかのマスには各国の地名と土地代が書いてあり8色のカラーでグループ分けされている。土地のマスに止まるとその土地を買うことができ、同じカラーの土地を全て買うと更にその土地に家とホテルを建設できる。土地を所有していると他のプレイヤーがそこに止まった際に通行料や家賃を徴収でき、家やホテルを建設すればより高額を踏んだくることができる。つまり不動産を売買しながらいかに相手の所持金をゼロにするか知略を巡らすゲームだ。
僕は知略を競うゲームは好きだが対戦相手が限られるのが欠点だ。マークス兄さんは「暗夜の王族が他国の土地を買うなど……」と硬く考えるし、カミラ姉さんは他人を陥れる策を考えるのが好きではない。エリーゼは抵当や競売の概念がまだ理解できない。なので僕の頭脳と同レベルのタクミが自然と対戦相手になった。回数を重ねタクミが慣れてきたので今回は一つルールを追加した。
破産した方は一日相手の言うことを聞く
こうして負けず嫌いなタクミを焚きつけるのに成功し僕らは一進一退のゲームを繰り広げている……と言いたいところだがどうにも中盤から僕の出目が良くない。シラサギに止まったことでよりタクミとのビハインドが広がった。
タクミは僕がじっと見てるのに気付き、僕が文句を言いたいのだと考え、ムスッと口を尖らせた。
「なんだよ、レオンが言い出したんだから今更チャラにしてくれってのは聞かないからな」
「わかってるよ。それよりもう勝った気分なの? 僕にはまだ現金も土地もあるんだけどね」
僕が強がってると見てタクミは余裕綽綽の表情で頬杖をついた。
「その余裕もいつまで続くかな。土地を買い過ぎたんじゃない?」
「真っ先に白夜の土地を買い漁る君に言われたくない」
たとえゲームでも暗夜人の僕に故郷の地を買われるのが嫌なんだよね。タクミはもし誰かと結ばれても白夜から離れたくないのかな。僕はタクミと一緒に居られるならどこだって構わないのに。
このゲームに勝ったら僕はタクミに想いを告げる。そう、これは賭けだ。タクミと一緒になるか、もう二度と友達としても居られなくなるかの。男同士で国も違う、不利しかない。僕は不利なゲームはしない。だがこれだけは諦める気はなかった。
椅子にもたれて肘掛けに肘をつきながら盤上を眺める。二、三分考えて決断を下す。リスクは大きいが、タクミに勝つために打開策は一つ。
「『△△△』にホテルを建てる」
タクミは僕の手元を見、僕へ視線を戻した。
「……所持金が足りないけど?」
「『ウィンダム』を売却しよう」
僕は宣言してウィンダムの土地の権利書カードを机の端に置いて、土地の売却額と所持金を合わせホテルの建設費になるよう計算した額の紙幣を銀行に置く。そして家より一回り大きいホテルの駒を指定した町のマスに置いた。
「へぇ、随分大胆なことするね」
タクミがそう言うのも尤もだ。ウィンダムはシラサギと並んで最高値の土地だ。その分相手から獲れる額も高いが、このまま所有していても同じ黒色の一つはタクミが持っているから意味がない。
「……ねぇ、△△△って暗夜の土地だろ? どんな所なの?」
僕が賭けに出たから気になったのか、タクミが質問してきた。
思わず僕の顔が微かに綻ぶ。出会ったばかりのタクミは、暗夜のことなんか知りたくもないという態度をあらわにしていたから、小さなことでも暗夜の事に興味を持ってくれているのが嬉しい。
僕はかつて一度だけ猟で寄った彼の地の光景を思い浮かべながら答えた。
「湖水地方の町だよ。森に囲まれて、田舎に憧れる貴族達の別荘地でもある。秋は狩猟地としても有名だよ」
へぇ、とタクミが相槌打つ。狩猟地と聞いて微かにソワ、と眉が動いたのを僕は見逃さなかった。
そうだ、もし君が僕のお願いを聞いてくれたら、ここに別荘を建てよう。秋になったら君と狩猟に出掛けようか。湖のほとりで弁当を食べるのも良い。湖……そう、湖だ。
「夜になるとてっぺんに昇った月が湖に映 って……絵になるくらい美しいんだ」
夜は月見酒も良いかもしれない。月光に輝く君の髪もとても綺麗だろうね。
ああでも、タクミは夜を怖がるかな。そしたら僕の部屋でしようか。窓から湖のよく見える一等地に建てよう。
「……レオン?」
想像していたら黙り込んでしまったらしい。タクミが訝しげにこちらを見ている。
僕はタクミにダイスを渡しながら目配せする。
「きっと君も気にいると思うよ」
「は……?」
目を丸くする君は何も知らない。僕の策も、想いも。それが分かった頃には君は全てを失い僕の手中にいるだろう。このゲームにも賭けにも僕は負けるつもりはない。
さて、君を独占できるのが楽しみだよ