トロイメライ田口が教室に忘れ物をしたことに気がついたのは、水尾と帰っている道中のことだった。
先に帰ってくれ、と水尾に伝え、慌てて元来た道へと戻る。
よりにもよって課題に必要な教科書を忘れるとは。
あの国語教師は厳しい。
課題を忘れたとあれば、どんな叱責を受けるかわかったものではない。
まだ18時だというのに、辺りはすっかり暗くなっていた。
呼吸をするたびに冷たい空気が喉を刺すが、構わず走り続ける。
校門を抜け、靴を履き替えるのもそこそこに教室へと向かった。
校舎には人影がなく、田口の足音だけが響く。
教室の扉に手をかけ引っ張ると、鍵はかかっておらずそのまま開ける事ができた。
ついている。
職員室で教員に頭を下げる必要はなさそうだった。
自分の席を覗き込み、目的の教科書を見つけ出す。
そのまま鞄に突っ込んだ。
さっさと帰ろう。
ため息を一つつき、再度教室の扉へと向かった時だった。
たぐち。
聞き覚えのあるクラスメイトの声が背後から聞こえた。
思わず声の方向へ振り返る。
そこには闇が口を開けたような何も反射を返さない窓だけがあった。
誰かいるのか。
一瞬考えたが、すぐに思考を塗り替えるように田口の頭に浮かんだのは大変だという焦りだった。
窓の向こうにはベランダがある。
もしそこに締め出されたとしたら、この気温の中、一晩など耐えきれないだろう。
慌てて窓に駆け寄ろうとした。
「帰るで」
今度は水尾の声がした。
何時の間にか田口に追いついたのか、教室の扉をくぐって水尾が教室に入ってくる。
「でも誰かが、」
「おらん」
外に、と続けようとした田口の言葉に被せるように水尾が言葉を発した。
その端的な否定を許さない圧に、田口は思わず口を噤む。
水尾にしては珍しい物言いだった。
それでも窓の外を気にする田口を見かねてか、水尾は田口の手首を掴むと教室の外へと歩き出す。
振り解くのも違う気がして、田口はおとなしくそれに従った。
※
「何やったん」
通学路の半分を過ぎた辺りで、田口は水尾に問いかけた。
「気にせんでええ」
「……気になるわ」
水尾の目元がふと緩む。もしかして笑ったのだろうかと田口は思った。
「今度ばあちゃんが作った、お守りあげるわ」
今はこれで、と水尾が取り出したのは、鮮やかな赤と白の細めの糸を撚り合わせたような紐だった。
田口の手首に巻いて、結び目を作ると、再び水尾が歩き出す。
訳がわからなかったが、外すのはおかしい気がして、そのまま紐を左手首に揺らす。
「何のお守りをくれるん?」
「……長寿祈願?」
「えっ、俺ってそんな短命なん?」
水尾は田口を見た。
水尾は何も言わなかった。
END
※※※
Jホラー映画を見たので
不運のあまり、霊に好かれる田口
話の都合で水尾のばあちゃんが優秀な霊能者になってもらう必要があった
それはそれとして田口はクリティカルな不幸は起こらずに長生きすると思う