この世界では争いが当たり前だった。
日毎に人口は減り、それでも食糧などは足りず餓死する者も多かった。
勿論、ずっと争っていれば狂い始める者も居る。
「お前達の命なんて、俺が殺しても殺さなくてもどうせ近いうちに死ぬんだから一緒だろう?」
赭色をの瞳をした彼は怯えた顔をする街人を容赦無く斬って刺していく。
まるでこの世にいたことすら無かったことにしようと必死に。
「俺だってずっと……ずっと辛かったんだ、ヒーローなんて名乗って誰かの笑顔が見られればそれで良いと思ってたんだ」
「でもな、それでも満たされなかったんだ……!!俺は!なんのために生きていたのか……っ、もう何もわからないんだ……!」
彼は咽び泣きながら既に命無き人を完膚なきまでに刺し続けた。
そして、誰にも聞こえないように、静かに言葉を続けていく。
「どうして笑顔を見るたびに俺は傷付くんだ……、もうヒーローは何処にも存在しない、俺だって助けを、救いを求めてるんだ……」
「ふぅん……?なら俺があんたを殺してあげましょうか?」
突然現れた翡翠色の瞳をした彼はどこか……だが、完全にこの世を蔑む冷たい目をしている。
「もしかして……高峯なのか……?」
「……あぁ……、そういえば俺そんな名前でしたね……守沢先輩……?」
やはり似ていると思ったが、本当にそうだった。あの時救ってくれた慈愛のヒーロー。
「まさか俺のことを覚えてくれてたなんてな……もうヒーローとも先輩とも呼ばれる資格は無いだろうが」
「この状況でヒーローになれたら凄いもんですね、それで?何をどうしたらあんたは救われるの」
「え……」
驚いた。そんな質問を自分に投げかけられた事実に。
__もしかして、救おうとしてくれるのかと期待した。昔にも、彼に何回か救われた、恩をどうやって返せば良いのかもわからない、と垣間戸惑いながら。
「いや、さっき自分で救いを求めてるって言ってたじゃん……」
「分からない……、分からないが今はお前に会えたことが嬉しいからこのままでいい」
「じゃあ、取り敢えず話でもしましょう」と高峯が提案するから「そうだな」と了承した。
そうやって二人は少しの間、これまでのことや他愛の無いことを話していた。
「そういえば高峯が生き残ってるとは思わなくて驚いたぞ……?」
「生きてるのも鬱だけど、死に方くらい選びたいから殺すしか無かっただけです」
「……そうか、高峯は俺の事を殺すか?」
「守沢先輩が殺してほしいと言うなら躊躇いなくそうしますよ」
そう言うと辺りは静かになった。恐らくそれが高峯にとっての優しさなんだろうと、守沢は自分の心の中で必死に理解した。そうするしかなかった。
高峯なら殺すわけがないと勝手に期待してしまっていた。今のこの世界は優しさに満ち溢れていた高峯や誰よりも正義感が強かった守沢すらも狂わせてしまった。
「なんで……こうなったんだろうな、でも、奪わないと生きていけないんだもんな」
「そうですね」
「……高峯、もしもう一度会うときがあれば……その時は俺を殺してくれないか?今はまだ、お前に会えた喜びを噛み締めていたいんだ」
「あぁ……、分かりました。じゃあ、俺は行きますね、また会う日までさようなら」
「……あぁ、また会う日まで」
次会う時が自分の最期だと頭で理解しているのに、それすらも守沢は楽しみだと思えていた。
二人は一度別れ、また殺伐とした空間に身を投じた。
***
そして、二人は再会した。
「あの時ぶりだな」
「あはは……そうですね」
何故か二人は笑っていた。今の世界でも笑えることなどあるのだと束の間だが安心した。
守沢が珍しく瞳に光を灯しながら問い掛ける。
「いつかまたどこかで会えたら、俺達はヒーローでいられるだろうか」
「俺は知りませんけど、あんたならできるんじゃないですか」
「そうか、ありがとう」
高峯が答えると守沢は安堵した様子で、今にも涙が落ちそうな顔で感謝した。
「じゃあ……もうお別れの時間ですよね」
そう言って高峯はナイフを取り出した。
「俺の中で守沢千秋はずっとヒーローでしたよ、羨ましいくらいに」
そう零した後、守沢は静かに微笑んだ。そんな表情を見てしまったら罪悪感で殺せなくなりそうだ。
でも、約束を果たさないとお互いの為にならない。
どうせ、二人以外に生きてる人などいないのだから。
恐る恐る覚悟を決め、ナイフを守沢の左胸に勢いよく刺すと、血がじわりと広がる。息が絶えたことを確認したら守沢の血が付いたナイフを自分の胸の前に突き出し、高峯は笑いながらそれで胸を貫いていった。
「俺も最期にあんたに頼ってもらえて幸せでしたよ」
この言葉を最後に世界も終焉を迎えることとなった。