恋椿逃げて、逃げて。
あの炎に追いつかれる前に。
――全部、失くしてしまったんだから。
『恋椿』
御影玲王の寂しくも穏やかな日常が崩れるのは一瞬だった。
その日もいつもと変わらず早朝に目覚め、良家淑女の嗜みとして両親より課せられた様々な稽古事を一通り熟した後にさて就寝の時間かと床に入ろうとしていた、まさにその時であった。
「玲王様!お逃げくださいませ!!」
玲王が産まれた時から身の回りの世話をしてくれていた穏やかで、一度も怒った顔を見せなかったばあやが初めて見る形相で玲王のいる部屋へ飛び込んできた。
「ぇ?ばあや?どうしたんだよ…なにが」
何があったのかと聞こうとしたその声は強引とも呼べるばあやの手に引き摺らる形で部屋を出されたことにより途切れた。
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