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    うづきめんご

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    うづきめんご

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    数年後。
    お互いに一人暮らし。
    そろそろ、一緒になりませんかの話。

    プロポーズまであと少し 身に着いた世話焼きの性分は、そうそう簡単に切り離せないものだともう悟っている。
     薫は大切な友人たちが唯一無二の相棒となって一緒にユニットを組み始めた頃から面識があるものだから、二人の関係性が微妙に変化を始めた時期にそれを敏感に察知してしまった。
     以来、いわゆる無自覚両想いの状態で膠着してしまった千秋と奏汰のことを見守りつつ時にはせっつきつつ過ごし、ついには薫のほうがもう勘弁してほしくなって恋人同士という関係に昇格させたのである。その親身なサポートは、ことが成ったあとに周りで見ていた他の友人たち、そして当事者の後輩たちまでもがその健闘を称え労ったほどだ。
     そしてもちろんそれ以降も薫は二人のよき友人、よき相談相手であった。
     だから、突然「知恵を貸して欲しい」と言われようものなら喜んで彼のために時間を作った。のだが。
    「プロポー、ズ……?」
    「ああ」
     ESより少し離れたカフェを指定され、何の話をされるのかと身構えた薫に対して千秋の口から出てきた言葉は想像の範疇を超えていたのだ。
    「そろそろ一緒に住む提案をしてもいい頃合いだと思うのだが、ただ一緒に暮らして欲しいと言うのは違う気がして」
     トロピカルジュースの中身をストローでかき混ぜながら、夢を語る少年のように彼は言った。
    「俺はこの先ずっと一緒にいるつもりだという決意を、改めて奏汰に伝えたい」
     曰く、そのプロポーズを成功させるための助言が欲しいとのこと。
     そんな大層なことをしなくたって、奏汰は絶対千秋の側を離れないだろうしいつまでも千秋の隣に並ぶ存在だろう。と、確信を持って言えるくらいには二人との付き合いは深い。だが、千秋の性分も良く知っているがゆえに「まあもりっちなら、そういう考えにもなるだろうね」とも思う。
     ちなみに、千秋も奏汰ももうとっくに寮の部屋を引き上げていてES近くのマンションで一人暮らしをしていた。ESが借り上げている単身マンションでまあそこも実質的には寮と言える。星奏館が飽和状態になってから、古参のアイドルは次々とそちらに移っていた。
    「プロポーズね。いっそのこと式あげちゃえば? みんなイベント好きだから協力してくれると思うよ?」
     アイドル、という職業を考慮しなくてもお祭り好きの連中がESには集まっている。零を始め奏汰の友人たちは絶対に何かやらかしたいだろうし、それに彼らの事務所筆頭の英智が黙っているわけがない。賑やかなものになることは目に見えている。
    「まだ、そこまでは考えてはいないのだが……」
    「ふうん?」
     しかし、プロポーズをするだけならそうハードルは高いことではないだろう。まず奏汰が千秋からの申し出を断るわけがないだろうし。
    「相談、ってことは奏汰くんのために何か特別なことをしたいんでしょ?」
     それこそいかにも千秋が考えそうなことだ。案の定、彼はぱっと表情を輝かせる。
    「おお! そうなんだ! それで悩んでいる。奏汰のハートをばっちり掴んで離さない、ずっと記憶に残るような一生ものにしたい」
    「……」
     薫は、彼がわりと物語の中に出てくるような、無垢な少年が憧れるようなロマンチストなことをしたがるタイプだと知っている。千秋の言う「可愛い彼女にお弁当を作ってもらいたい」も炎上しないかと外野で見ているとひやひやするものなのだが、夢見がちな男の子の戯れ言として流されているところがある。役得である。
    「いや、もう奏汰くんはもりっちから離れないというか、奏汰くんのほうがもりっちを離さない気がするけどね――」
     ぼそっと呟いた薫の声は千秋の耳には届かなかったようで、聞き取れなかった千秋にキラキラした目で見つめられている。薫はなんでもないよ、と首を振った。
    「奏汰くん、どんなもりっちも好きっていうタイプだし、もりっちが奏汰くんのことを考えて用意したものなら何でも喜んでくれると思うけどね」
     力む友人の緊張をほぐすために、柔らかな口調で言ったその言葉を受けてしかし千秋は訝しげに目を細めた。
    「――やけに奏汰の解像度が高いな?」
    「聞かされるんです!」
     それはもうたっぷりと。「きいてくださいよ~」から始まって延々と続く千秋の話。オーシャンズの面々には気を許しているのもあるのだろう、奏汰の口から千秋の名前が出ない日はない。律儀な泉なんかは初めのうちは付き合ってあげていたけれど、ついに最近ではもう聞き流すにとどめている。
     だから奏汰が千秋のことをどう思っているかなんて、本人たち以上によくわかっているのではないかと思う。奏汰は千秋がかっこいいヒーローの姿をしていても、大好きなものに目をきらきらさせる可愛らしいところも、奏汰の前で情けなく弱音を吐く姿も、何でも好きだ。だって本人がそう言っていた。
    「あのさ、もりっちが「こうしたい!」って思うものを奏汰くんにぶつけてみなよ。きっと、全力で答えてくれるからさ」
     そうだろうか? と首を傾げる千秋に、薫は激しく頷いて肯定し「俺も協力するし!」と友人の手を握った。


     と、言ってしまったのは少し早まったかもしれない。と、スマートフォンの画面をスライドさせながら薫は思った。
     しかし繰り返すが薫は離れられない世話焼きの性分を抱えている。仲の良い友人に純粋に頼られれば多少の無理をしてでも寄りそってあげたいと思ってしまうのだ。
    「かおくんもそういうところ律儀だよね」
    「――」
     昼下がりのカフェシナモン。テーブルの上に広げた雑誌に視線を落としたままそう言う泉も、世話焼きに分類されるほうの人だと薫は知っている。というか、かつては『後輩いびり』を趣味に公言し恐れられていた泉も、今では後輩たちに「言い方はキツイけど正論だしいざという時には助けてくれる頼りになる先輩」だと認識されているのを知っている。お互いに丸くなったなあ、なんて思うと感慨深い。
    「うーん。なんていうか、頑張ってるもりっちを見たら俺なりの方法で手助けをしてあげたいなと思っちゃったわけ。もりっちのそう思わせてくるアレ、何なんだろうね――あ、ここなんかどう?」
    「ん?」
     薫が指さした画面上には、隠れ家的レストランの紹介ページがある。一日ひと組み限定『特別な時間をあなたに』が謳い文句で予約時にあらかじめ希望を聞き、オーダーメイドのコース料理を提供するという。ひっそりとデートを楽しみたいアイドルにはうってつけだろう。
     でも今探し求めているものかと言われたら、たぶんそうじゃない。
    「そこもよさそうだけれど、ちょっと違うんじゃない? もりっちはもっとこう、ベッタベタなところのほうが好きだよ」
    「ベッタベタなもの」
     そう。例えるならばトレンディドラマのヤマのシーンに出てくるような高層ビルの上階にある格式の高いレストラン。眼下に綺麗な夜景が広がる席でメインディッシュを食べた後、ふいに足元に跪いて小箱を差し出すような――
    「ああ、そういうのやりたそう」
     ちょっと二人には敷居が高いような気はするが、外から押してやらなければやれないのもまた千秋だろうから、押してやろうではないか。
     そう決まると、薫と泉の『千秋がプロポーズするシチュエーション探し』は捗りはじめた。
     都心部の高層階。ゲストが会話を楽しめるように少しスローペースでコース料理を提供している店。この際だから、専用のソムリエなんかがいてもいい。千秋はお酒があまり得意ではなさそうだけれど、奏汰はけっこう飲めちゃうほうだし。
     タウン情報誌をテーブルの上に広げ、一方スマートフォンでもグルメ情報サイトをひたすらあさった。それがあまりにも真剣に見えたらしく、今をときめくアイドルがいるにも関わらず皆二人の様子を遠巻きに見守っている。
    「あ、これよくない? 市場に出回らない特選和牛とその日の料理とお客さんに合わせてソムリエが厳選するワイン」
    「いいけど、深海なら魚のほうがよくない?」
    「確かに。メインディッシュに肉料理に劣らない魚料理があるところがいいよね」
     それならと検索画面に『魚料理』と打ち込む。すると今度はどちらかというと海辺のほうの会席料理屋がヒットしてくる。それは少し違うんだよなあと首をひねった。あくまでもターゲットは夜景の綺麗なコース料理のお店。どこがいいかなあ、なんて二人揃って唸っていたら思わぬ方向から助け船がやってきた。
    「そういうお店、心当たりあるっすよ?」
    「へ?」
     お待たせしたっす~と楽天的な声音で二人の会話に割り込んできたのは、ニキだ。
     今日もシナモンでバイトしていたらしいニキは、薫の前におかわりのコーヒーとパンケーキを、泉の前にお冷やを置いた。シナモンで出されるお冷やには、少しレモンが効いている。
    「夜景の綺麗な高層ビルの? 魚料理を出すフレンチ?」
     えーと。とニキはポケットから私物のスマートフォンを取り出して画面をスライドしたあと、二人に見えるようにテーブルの上へ置いた。
    「ここなんか、どうっすかね」
    「――」
     覗き込んだ画面の中には、まさに探し求めていた通りの店の様子が写真で収められていた。ニキがプライベートで訪れた店なのか、時折オフショットのような自撮りショットも混じっているがとても雰囲気は良さそうだ。
    「へえ、よく知ってるね」
    「料理人同士のネットワークみたいなもんすかね。そこ、食○ログみたいな情報サイト系、NG出してるんで」
     なるほど盲点だった。薫や泉も生業上いわゆる『知る人ぞ知る』『芸能人御用達』の店に訪れる機会もあるが、確かにそういった店は大々的に宣伝をしていないことも多々ある。そういう店は価格もとんでもなく御用達の場合があるが、ニキによるとここは単にプライベート感を大事にしているので来客数が多すぎるのもあまり、ということで価格帯は高すぎるということはない。
     これならいいかも、と候補のお店として早速千秋に報告の連絡をする。
    「でもちょっと守沢と深海にはお洒落すぎて逆に心配にならない?」
     ニキからお店のURLを転送してもらった泉が、画面をスクロールしながら唸った。
    「あの二人にお酒の嗜みがあるとも思えないし――」
     千秋はアルコール耐性が皆無に等しい。奏汰のほうはむしろとんでもなく強いのを薫も泉も薄々気が付いているが。
    「それでもさ、なんかさ、特別な日にしたいっていうもりっちの気持ちを尊重したいじゃん?」
     それに、と薫は続ける。
    「こういうのは、日常から遠いほうが盛り上がるものだし」
     元来UNDEADというユニットは派手好きだ。経費のつぎ込み具合ならESでは一、二を争う。その性分が刺激されて、何だか薫はちょっとだけ楽しくなってきてしまっているのも事実。
     薫の表情から高揚感を見抜いた泉は、ため息をついた。


     結果。
    「二人とも、本当に面目ない!」
    「あんたってやつはさぁ!」
     楽屋の床で見たことないくらい綺麗な土下座を披露する千秋と、こめかみに青筋を立てている泉。そんな二人の様子を見ながら薫は「まあ、薄々予想はしていたけどな」と苦笑した。
     夜景の綺麗な店でディナーをいただきながらプロポーズ、というベッタベタなプランは失敗に終わったらしい。千秋曰く。
    「お互いの近況の話をしていたら、いつの間にか今期ライダーの話になってな。あ、奏汰にオススメしていたのを見てくれたらしい。それで語ってたら盛り上がりすぎて……」
     薫と泉は顔を見合わせてため息をついた。
    「つまり、それでタイミングを逃したってことだよね」
    「……」
     会話が弾みすぎたということか。
     その様子を想像するのは容易い。もともとお互いの趣味嗜好を尊重するもの同士でお互いの好きなものの話を楽しそうに語らう姿が、ESの中でもしばしば目撃されている。特に千秋のまさにマシンガントークと呼ぶべき弾丸のごとく言葉を飛ばしまくっていたら、メインディッシュどころかデザートも終わってチェックの時間だったのだろう。
    「――なんか、うん」
     この上もなく千秋らしいというか。
    「しかし、よくわからないが出されたワインは美味しかったぞ!」
    「フォローになってないんだよね、それ」
     確かにちょっと背伸びをした計画だった。上手くいくか正直疑っていたところもあった。だがしかしこうなるとは――と薫も泉も頭を抱えた。紹介してくれたニキにも申し訳ない。
     だが、沈む二人とは対照的に千秋は意欲に満ちていた。
    「だから、次回は成功させたいと思う!」
     そして『次』だなんて言いだす。
    「えっ」
    「続くのこれ」
     驚いて顔を上げた二人に対して、千秋の顔はいたって真面目だった。
    「もちろんだ! きちんと区切りにけじめをつけることは必要だからな!」
    「――」
     千秋の、そういう真面目で誠実な姿勢は素晴らしいと思う。ただならぬ気配を感じさせる奏汰側の親戚、と呼ぶのが相応しいのかもわからないちょっと面倒な人たちも、きっと千秋に真正面からぶつかられたら逃げられないんろうな、とも思う。
     だがそもそも、この二人の関係がずぶずぶすぎるのである。
     今更二人の間を裂こうとする人が出てきたとか、今更別れ話が出たなんて噂が出ようものならES総出で止めるとするだろうくらいには、学生の頃から二人は比翼連理の関係だった。
    「なんていうか、手段が目的なんだよねえ……」
     泉がぼそっとそう呟きながら、台本を手に取って今日の撮影スケジュールの確認に入った。
    「まあ、奏汰くんなら何でも楽しそうに付き合ってくれるだろうしね」
     薫もやれやれと近くの椅子に腰を下ろしながら、水の入ったペットボトルに手を伸ばす。
    「ああ! 俺はやりとげるぞ!」
     いまいち会話の答えになっているんだかないんだかわからない千秋の意気込みが響いたところで、スタッフからの呼び出しがかかる。
     今日の撮影は、秋口に売り出す予定の大手製菓メーカーのCM撮影。まだ夏にもなっていない頃合いだというのに、商戦は常に先を見据えている。タイプの違う三種類の商品をタイプの違うイケメンに例えて、ということで千秋と薫と泉に白羽の矢が立ったのだ。
    「ほんと。黙ってれば誰でも惚れそうなイケメンなのに、黙ってられないから深海しか伴侶みたいなポジションに収まれないんでしょお?」
     千秋のソロ撮影を見ながら泉がつぶやいた言葉に、薫は激しく頷いた。




     英智がその話を聞いたのは、本当に偶然だった。
    「ちあきから『うみ』にさそわれまして~? こんど、『でぇと』にいくんです~」
     通りがかった星奏館の共有ルーム。やたらきゃぴきゃぴとした会話が聞こえてくるな、とそちらに目を向けると浮かれた奏汰の声が耳に飛び込んできた。
    「さいきん『おさそい』がおおくて、こまっちゃまいすね……?」
     あ、そういうことか。と英智は察する。
     つい先日、英智は千秋から突然「クルーザーは持っているか」と聞かれたばかりだったのだ。いきなりそんな質問が飛んでくるのもそれはそれでどうかと思う。だが、そう問いかけられて所持していないことに気が付いてクルーズ会社をひとつお買い上げしたのだから、英智の感覚も大概おかしい。
     何かやりたそうだったから「買収したから好きにしなよ」と千秋に丸投げをしてみたのだが、なるほどこういうことだったのか。
     彼がこういうのはどうだろうかと見せてきたのは、ガチガチのプロポーズプランだったのだ。
     プライベートデッキ付きの個室でクルージングを楽しみ、ちょうど一番夜景が綺麗なスポットで花束を渡しながらプロポーズ。……ベタなやつである。
     千秋がこんなものを持ってくるなんて! と驚いたものだが、まあ普通に考えたら奏汰のためだよなと思い当たる。普通に考えて思い当たっても困るのだけれど。
    「ふふふ、二人は何年経ってもこちらが羨むくらいラブラブですねえ」
    「本当に仲良しじゃのう」
     聞き覚えがありすぎる声に、英智の足は反射的にピタっと止まった。かたや英智の左手を自負する敬愛すべき渉のもので、かたや夜闇の魔物を名乗る天敵に等しい零のものだ。
     つまり、星奏館の共有ルームでは在りし日の三奇人たちが軽快に奏汰の恋バナに花を咲かせている。公共の場で何をやっているんだか、と英智は呆れるばかりだが後輩たちにとっては恐ろしくて近寄りがたい密会に見えるかもしれない。
     灰色の日々の中で、そこだけは輝いていた彼らの友情は素直にうらやましい。
    「というか。突っ込んだことを聞いて申し訳ないんですけれど、千秋くんとあなたってデート中どうなんです? 恋人同士の甘い雰囲気とかになるんですか?」
    「――」
     公共の場で話すようなことでもない話で盛り上がっているようだが。
    「もう。『おつきあい』をしているんですから、あたりまえじゃないですか」
    「そうじゃぞ日々樹くん。こう見えてこの二人、ヤることはヤってるんじゃもん」
    「うわっそういうことはあまり聞きたくありませんね~」
    「じぶんからきいてきたんじゃないですか~」
     子供のようなきゃらきゃらとした笑い声。それが逆に底知れぬ彼らの恐ろしさを助長させていて、先ほどからアイドルたちが通りすぎては異様な雰囲気にそそくさと離れていっている。本人たちは全く気がついていないが。
    「だってあなたたち、おつきあいするまでが本当に大変だったんですから」
     そうそう、と零も頷く。
     その『大変だった』を英智もなんとなく知っている。お互いへの矢印はありありと見えているのに、やったら距離感が近いだけでもう一歩進んだ関係になろうとしない。その状態が長く続いていて、やきもきしていたのは見守ってる周囲のほうだった。
     零も渉も当時はよっぽど思うところがあったのだろう。何とも言えない表情をしながら眉間に皺を寄せていたが、にこにこと笑う奏汰を前にしては苦笑するしかない。
    「ちあきが『まっか』になりながらさそってくれたんです。ぼくもせいいっぱいおこたえしなければ、いけませんね~?」
    「おや~? デートをよりスペシャルでアメイジングな時間にする秘策が、奏汰にはあるんですか?」
    「もしかして、勝負下着を用意しちゃったりとか、かのう?」
     きゃあ、と女学生のような黄色い声が上がったが、成人済のガタイのいい男性の集団である。
     零も渉ももう星奏館を出て行っている組だし、後輩の教育に悪いから正直なところそういう話はやめてほしいのだが。ESで切磋琢磨したアイドルたちは、なぜか古巣の星奏館に集まりおしゃべりをしたり騒いだりする。一応、ESビル内にもそういった多目的に使えるスペースを整備してはいるのだが、皆居心地がよくてこちらへ来るようだ。
     度が過ぎるようなことをしていると、今となっては名誉寮監状態の敬人が飛んでくるのだが、どうやら今日は彼の目はないらしい。
     英智は何も聞かなかったことにして、彼らには目もくれず共有ルームを通り過ぎた。英智も英智で寮生に用があって来ているので奇人たちの相手をしている暇もない。
    「――確かに」
     ふと、経営者目線で考えてみる。プライベートクルージングを楽しんで、地上に降りたら終わり、なんて少し夢の時間が短い。どうせなら夢は夢のままにそのまま続けてみるのもどうだろうか。例えば、港までリムジンが迎えにきてそのままホテルのグレードの高い部屋に直行できるとか。
    「僕も千秋の話に付き合っているうちに感化されちゃったかな」
     やれやれ、と肩の力を抜いて英智はふと憩いの場に相応しい大きくくりぬかれた窓から空を見上げた。
     うっすらと雲が浮かんではいるが、青い色が透き通り映える快晴。少し雲の動きが早いのが気になるか。そういえば、台風に代わりそうな熱帯低気圧が近づいているというニュースが出ていた。


     ある種の引きの強さは、ピカイチだと思う。
     案の定、季節外れの台風に変化した熱帯低気圧は日本列島直撃コースをたどり、警報級の風雨をもたらしたのである。あまりにも強い雨風に、さすがの奏汰も外に飛び出していくのを躊躇っているほどだ。
     もちろん海もおおいに荒れに荒れて、とてもじゃないけれど出航なんてできない状況。
    「積んだ――」
     クルーズ会社からも今日の出航はできない旨の連絡は届いていて、千秋のプランはなすすべもなく完全に死んでしまった。
    「あめ、ですねえ」
     雨どころではなく暴風なのだが。待ち合わせ場所に選んだ駅近くのカフェ。外向きのカウンター席に並び窓ガラスに当たって消えていく雨粒を見つめながら、奏汰がうっとりとそう言った。
     騒音に近いが水の音色を浴びることができて、彼の気分がさほど落ちていないことが救いだった。
    「あ、ぼくだけがはしゃいじゃって、ごめんなさい」
     自分を見つめる千秋の柔らかい視線に気が付いた奏汰が、申し訳なさそうに笑った。
    「いいや、奏汰が楽しそうなら俺は嬉しい」
    「もう、ちあきったら」
     そっと、奏汰が千秋のほうへ身を寄せた。大衆向けチェーン店の狭いカウンタ席では、すぐに肩と肩が触れ合ってしまう。こつん、と柔らかい衝撃を受け止めた千秋もそっと手を伸ばして奏汰の白い指先を掴んだ。
    「あなた『きかくもの』とかすきですから、きっとすてきな『でぇと』をけいかくしてくれていたのでしょうね」
    「そ、そうでもないぞ」
    「ふふふ」
     焦って言葉を詰まらせる様子を見れば、モロバレである。視線を奏汰からめいっぱい反らして、雨が降り注いでいるみなもとの薄黒い雲のほうに向けている様も。
     ぎゅっと奏汰は千秋の腕に抱きついた。
    「きょうは、『おうちでぇと』にしましょうか。このあいだみせてくれた『かいじゅう』さんの『えいが』のつづき、みせてくださいね?」
    「おお! あれか! 確か三作目まで見せたんだったよな! あれは五作目からが本当に名作で……!」
     途端に、水を得た魚のように言葉が次から次へと千秋の口からあふれ出てきて止まらない。奏汰は嬉しくなった。好きなものの話をしている千秋は、誰よりもきらきら輝いて見えるから。
     もちろん、勝負下着はしっかり身に着けてきている。



     何となく寮の居心地がよくて居座っていたらいつの間にか上級生たちは独立していき、元々四人部屋だった場所を二人で悠々自適に使っている翠たちの部屋は、自然と同級生たちのたまり場になっていた。
    「で?プロポーズが成功しないから知恵を貸して欲しいってバカなの?」
     ぎゅっと自前のゆるキャラクッションを抱きしめながら、翠はそう悪態をついた。光は仕事が入っているし、本日は鉄虎と忍と三人でユニットのことで打ち合わせをする、と言ってあるから尋ねてくる人はいないだろう。
     ユニットの打ち合わせというか、困った両親がまた困ったことしているけどどうするよ、の話し合いである。
    「常に赤点すれすれだった俺たちに貸せる知恵があるッスかねえ」
    「いや、そういうことではないと思うでござるが。守沢殿は真剣であるからにして――」
    「でも今までやってみたのが、何だって?」
     三人は、押し黙った。千秋がプロポーズチャレンジに二度ほど失敗したのは、既に本人から聞いた。そのどちらもあまりにもベッタベタのベタパターンだ。正直ドン引いているところはあるが、千秋なら好きそうだなと納得してしまう。
    「っていうさ。そんなベタなのが好きなら、お得意のヒーローショーはどうなの?助けに来てプロポーズ、みたいなさ」
    「たまにある、観客巻き込み型ってやつでござるな」
     観客巻き込み型のヒーローショー。やり方は様々だ。ヒーローが必殺技を出すには君の助けが必要だ!パターンもあれば、怪物に浚わせてヒーローに助けてもらおう!パターンもある。
     つまり今回はその両方、奏汰に捕まる役をしてもらって千秋が華麗に救出。その勢いでプロポーズ!――の流れだ。
    「でも、深海先輩に「掴まって下さい」なんて言ったら怪しまれない?」
    「そもそも深海先輩自身、掴まっても自力で抜け出せる程度には強いでござる」
    「そうなんスよねえ……」
     そもそもの種明かしをすれば喜んで乗ってくれそうではある。そもそもの種明かしをしたら元も子もない、というのを考えなければではあるが。
     千秋の願望はサプライズでプロポーズをして喜ばせることであるし。何かと千秋よりも上手の奏汰にサプライズをしかけるのは、一筋縄ではいかないとは思うが。
    「それでも、漢としてかっこよくケジメをつけたいんでござるなあ」
    「かっこよく、ねえ」
     かっこつけようとした千秋が、本当にかっこよく決まったことにあまり思い当たらないのが残念だが。だいたい空回るんだよなあ、とそこそこ付き合いの長くなった後輩たちは遠い目をする。
    「逆に深海先輩のほうがかっこよくて便りになる時もあるというか、常に上手っていうか……」
    「そういうところも含めて、二人でバランスが良いのでござるな」
     うんうん、と頷きながら三人はテーブルの上に持ち寄ったお菓子の袋を開け始めた。お菓子ばっかり食べ過ぎないように、と目を光らせている先輩たちも退寮してしまったので多少は羽目を外したい放題だ。
    「とりあえず何かアイディアを出してあげるでござるか?」
    「ん~、ほんと手のかかる先輩たちッスよね」
     鉄虎がそう言いながら引っ張ったスナック菓子の袋は力が入りすぎたようで、中身がちょっとだけ飛び散る。
    「俺たち一応二人のプロ子供たちで一番見てきたからさ、言わせてもらうけどさ」
     口にしてから翠はちょっと『プロ子供たち』って嫌だなと思って顔を顰めた。
    「守沢先輩と深海先輩ってどうして階段一つ上がろうとする度に、周りが後ろから叩かなきゃいけないわけ?」
     後輩たちは固く頷きあい、とりあえず新作のお菓子に手を伸ばした。



     今度から、頼ってもいいだろうか。
     恥ずかしそうにそう言いながら部屋の鍵を託された時。これがいわゆる『合鍵』というものか、という感動よりも、そんなことを改めて頬を染めて言う千秋に奏汰はいじらしさを感じてしまった。
     事の発端は、千秋も奏汰も寮から出て一人暮らしを始めてからしばらくたった頃に起きた、とある事件。何のことはない、規律正しく現場には誰よりも早く到着するタイプの千秋が、生活基盤の変化が原因なのかもう一生にないであろうほどの大寝坊をしてしまったのだ。運が悪いことにまだ親にも合鍵を渡していない状態だったのでどうすることもできず、結局スタッフのスマートフォンの充電がなくなるくらい鬼電をして起こした、ということがあった。
     そのすぐ後に、まず千秋の部屋の鍵を渡されたのが奏汰だった。同じようなことがあった時に今度は助けてほしい、と。合鍵を受け取った奏汰は、すぐに自分の部屋の鍵を千秋に渡した。「これで『たすけあい』ですね」と。
     恋人たちの合鍵交換にしては少々事務的なものも含まれていたが、ともあれ奏汰は千秋の部屋の鍵を所持していた。だがそれ以降千秋が寝坊や不測の事態に巻き込まれることはなく、彼が鍵を渡してきた台詞上の理由で使われることはなかったのだ。
     もちろん、千秋の家に行ったことは何度もある。顔が世間に知られてるもの同士のお付き合いがお家デートばかりになってしまうのはもうしょうがないことだったし、あまりにもお互いの家を行き来するから「もう一緒に住めば?」と共通の知り合いには揶揄されているくらいだった。
    「――」
     だから、『合鍵』を使うのは今日が初めてだった。
     千秋のスケジュールは把握している。今日はもう既に帰宅している頃で、明日は一日オフなので会う約束をしている。それがちょっと早くなったところで何の問題もない間柄だろう、と思いながら大半の人が寝静まっている時間に金属製の鍵をそっと穴に差し込んで、ゆっくりと回した。
     カチャ、と解錠された音がしてほっと胸をなでおろした。と、同時に緊張が奏汰を襲う。
     本当はこんな時間になるつもりはなかったのだけれど、深夜に自宅侵入なんて悪いことをしているみたいでドキドキしてしまう。ドキドキしている理由はそれだけではないのだが。
     そっと玄関で靴を脱いで、何回も来ている見慣れた廊下を抜けて寝室の扉を開けた。季節が僅かに先倒しで訪れたような気温が続いている中、ベッドの中の千秋は掛布団を盛大にはだけさせながらもよく眠っていた。
     起こしてしまうのは忍びないけれど、奏汰はまるで自分のぶんを空けてくれていたかのような彼の隣の隙間に、するりと潜り込んだ。
    「ん……?」
     侵入者の気配に気が付いた部屋の主は、眠りから覚めてもぞもぞと動く。いけない、完全に彼が起きる前に任務を遂行しなくては。奏汰は予め用意しておいた『もの』をポケットから取り出して、そっと千秋の手を取った。
    「かな、た……?」
    「こんばんは、ちあき」
     寝起きで視界の定まらない彼は、ぼんやりとした表情で奏汰のことを見る。寝癖でいつもよりふわふわになっている髪の毛とか、くしゃくしゃになった寝間着とか。恰好つかないところばかりだけれど、やっぱりかっこいい人だなあなんて思う。
     それが、奏汰が選んだ人だ。
    「どうした?」
     ゆっくり。ピントを合わせるように瞬きをしながら、奏汰の顔を認識していく。
     いつもと変わらない慈愛に満ちた微笑み。でも、どこか違和感を覚える。一体なぜだろうか。
     徐々に脳も感覚も覚醒していく。寝室をほのかに照らす間接照明、まだ陽の光はカーテンの向こうには見えない。自分は寝間着で、奏汰は外からそのままやって来たのかのような普段着だ。
    「えっ、奏汰、鍵を……」
     使ったのか。
     と、問い詰めようとして。初めてそこで千秋は、一番の違和感の正体に気が付いた。
    「――」
     信じられなくて、左手を一度握って開いて、そうしてゆっくりと目の前にかざした。そこには、眠る前にはなかった輝き。薬指にぴったりと収まったシルバーの。
    「え」
     見たこともないほど混乱した様子で、千秋は自分の左手と奏汰の顔と視線を何往復もさせる。その様子を見ながら、奏汰は実に楽しそうにくすくすと笑った。
    「ちあき。ぼくたち、そろそろちゃんと『かぞく』っていっていいとおもうんですけれど、どうでしょう?」
     ごっこ遊びや仮初のものじゃなくって、その次の段階へ。
     奏汰の言う意味はわかる。もちろん、千秋だって両親以外でその枠に収めるのなら絶対に奏汰がいい。でも。
    「――同じものを贈るから、少しだけ待ってくれないか」
     起き上がって奏汰のことを抱きしめた千秋は、震える声でそんなことを言い出した。この場に薫や泉がいたら非難轟々に違いない。
     だが、ここに居るのは奏汰だけなので。彼は寛大な心を持って、千秋のことを赦した。
    「もちろん。はやくここまできてくださいね」
     老後まで待つつもりなのでいつまででもどうぞと伝えると、さすがにそんなには待たせないぞと千秋がくすぐったそうに笑った。


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