司にマーキングをしている類 動物が自分の縄張りを示す等の理由で、尿をかけたり体を擦り付けたりする行為をマーキングというらしい。自分のはしたない感情は、このマーキングという行為の意味を知っているからこそ湧いてくるのだろうか。
僕の下でベッドに身体を預ける司くんの二の腕は、汗のおかげで少しだけ冷えている。司くんの顔の両隣で絡めていた手のうち片方を解いてその感触を楽しんでいる間、先程までの快感の余韻に浸るかのように呆然と僕を見上げてくる。綺麗な琥珀色が今は僕しか映してないという事実に、表面張力を働かせるほどに独占欲が満たされていく。離れるのが惜しくてもう一度唇を重ねると、彼はゆっくりと目を閉じてそれを受け入れた。キスの時くらいお前も目を閉じろなどと普段はきゃんきゃん言っているけれど、どうやら行為が終わった直後はそんな言葉も出てこないのが、何とも可愛らしい。
「司くん、身体はきつくない?大丈夫?」
タオルで身体を拭きながら問えば、ぼんやりと僕の手元を見つめ「あぁ⋯⋯」と掠れた声を返してくる。昼間には見られない気怠げな色気に胸を高鳴らせつつ後処理を終え、ベッドの周りに脱ぎ捨てられた下着を身につけ彼の隣に寝そべる。彼の下着を渡してあげなかった事への下心の有無についてはご想像にお任せする。
「シャワーを浴びてくるかい?」
司くんは、行為の後すぐにシャワーを浴びることはあまりない。学生時代に、両親がいない僕の家に泊まった彼と初めて身体を重ねた時は、いくら行為前にシャワーを済ませているとはいえ、綺麗好きな彼の性格を考え風呂の準備していた。けれど、結局彼がシャワーを浴びたのは翌朝だった。
返答が想像できていても、敢えて問いかけてしまう。案の定返ってきたNOに、口元が歪に弧を描くのを何とか抑える。恐らく行為後すぐのシャワーを拒否するのは身体の問題だろう。いくら体力のある彼でも、あれほど身体をしならせて声をあげれば、しばらくは動きたくないほどに体力が減るのも当然だ。
そして僕はそれがわかっていながら、行為中に、彼の身体に自分のあらゆる痕跡を残している。キスマークは首元に付けると彼が怒るので見えないところにしか付けられないが、きっと彼の皮膚を分析すれば僕の表皮常在菌がほぼ全身に付着しているだろう。おでこから文字通り足の先まで、彼の素肌を撫で、揉み、舐ぶり、食み、咥える。少しの塩味しか感じない筈の人間の皮膚が、彼の物だと甘さすら感じる気がする。この前なんか足の指にキスしたら、そんな汚いところに口を付けるなと顔を真っ赤にして身を捩っていた。そのくせ自分は僕の身体の一番汚いであろう部位を咥えてくるのだから、道理がまるで通っていない。
その上、司くんに僕の体液を全身に纏わせる事の背徳感は一度嵌ると抜け出せないのだ。血液という汚い体液が元になった成分が、僕の口内で唾液して分泌され、彼の身体に付着する。僕の身体で一から生産された物質で、こんなにも綺麗な司くんの身体を汚す様を淫靡と言わずしてなんというのだろうか。僕から向けられている感情の本質に気づかずに、先程までの快感の尾を引かせながら、僕から生まれた体液に身体を包んでいる司くんは扇情的で、しかしどこか哀れにも思う。後処理の過程で残念ながら粗方落ちてしまうけれど、明日シャワーを浴びるまでは、彼の皮溝にはタオルで取り切れない僕の細胞が含まれた液がしみ込んでいる。シャワーを浴びてからも、前日までそんな状態にあった事を忘れて涼しい顔で日常生活を送るのだ。真っ直ぐで、眩しくて、温かくて、僕を孤独から救ってくれた司くん。多くの人から好意や羨望の眼差しを受ける彼が、例え今だけだとしても僕の思いをその身を使って受けてくれるのだ。世の中の人がどんなに望もうと、彼はこの瞬間だけは僕だけを見てるのだ。司くんに対して偏執狂とも言えるような思考回路を持つ僕に見つかってしまった彼を、脳内の冷静な部分はいつも同情していた。
「⋯⋯身体を拭くのも、もっと簡単で大丈夫だ。」
「でも、身体がベタベタして気持ち悪いだろう?すぐにシャワー浴びる事もできないだろうし⋯⋯。」
身体が冷えないように布団をかけてあげると、僕の方に身体を向けながら少し恥ずかしそうに彼は言う。僕の欲を見透かしたかのような発言に心がぐらつくが、彼を楽しむだけ楽しんでその後は簡単に片付けて終わらせるなんて、そんな事はしたくない。脱力している司くんの全身をくまなく拭く行為に征服欲が満たされているのは事実だけど、ただでさえ負担のかかる行為をさせているのだから、せめて事後ぐらいは身体を労りたいのだ。
「これがはしたない感情だというのはわかっているんだぞ!?衛生的にもシャワーを浴びた方がいいというのもわかっているんだが⋯⋯。」
「うん⋯⋯?」
きょろきょろと少しだけ目を泳がせながら、秘密を打ち明けるかのように声のトーンが落ちた。表情を見られたくないのか僕の胸に顔を寄せたので、微かな息が胸にかかる。
「⋯⋯類に、その、触れてもらったり、色んな事をされた後は⋯⋯オレの全部が類のものになったみたいで、すぐに落としてしまうのが惜しいんだ⋯⋯。」
司くんがもぞもぞと脚を動かすのに合わせて布団が揺れる。恥ずかしくなったのかうぅやらぐぅやら唸り始めた彼に、口元が弧を描くのを今度は抑えられなかった。