20250225 ある技術者の日記
煩わしいほどに明るい満月の下、人間が活動をやめる時間帯に僕は重たい腰をあげていつもの場所に向かう。
つまり勤務外の真夜中にわざと研究所を訪れたということだ。
いい加減この気味の悪い日課はやめるべきだとは思うが、夜は盲目になるものだ。仕方がないだろうと自分を納得させて静かに所内を歩く。
この時間帯に活動する人なんてあの人くらいだろう、そう思って思い出のネームプレートをカサついた指の腹で撫でた。
ふと耳元で羽音が微かに聞こえた。いつもよく聞く音だ。
あの人のそばにいると良く聴こえる音、あの人のことを考えてしまう音。
案の定自分の頭上には微かに鱗粉を残して漂う白い虫がいる。
「…蛾、か。」
別に好きでも嫌いでもないが、作業中には鬱陶しいなぁとは思う。
それにこの白くて大きな羽を持ち、派手な柄を持つ種は施設長のお気に入りではないだろうか。鬱陶しい。
しつこく自分の周りに止まるため、振り払おうとしたらうまくかわされ、作業所の外まででてしまった。
「…もしかして」
”何処かに呼んでいる?”なんてあり得ないことが頭によぎる。いくらお気に入りと言っても、懐いていると言っても知性があるとはありもしないに決まっている。
だが、LGM所内ならどうだろう。
まるで誘うかのように飛ぶ白を追いかけると施設長室の前にあっという間についてしまった。
部屋からは微かに温白色の光が漏れており、あの方が扉の向こうに居ることを再確認した。
はずだった。
いつも閉まってる扉は開いており、ジジ…と音が聞こえる。
補佐は留守にしているのか?護衛は?どうしたのかと思いながらも、案内に従って中に入る。
「施設長…?」
いつもなら座っている高級感のある革の椅子に彼の姿はなかった。
窓が開いて夜風が入ってくる。
執拗に虫が集っているデスクの底部を見ると
散らばった重要そうな書類と、電球色に光るサーニャの頭部があった。
一瞬のことで頭が理解に追いつかず、何が起こったかわからない。
とにかく倒れている彼を震えた手で抱えて起こす。
よく見ると目元が乾燥していたり、落ち着いた大人の男性の香水の香りが鼻をかすめいつもより近い接触に内心ドギマギする。
こんな時に自分は一体と、履き違えた”崇拝”の気持ちに嫌気が刺す。
ふとパチパチと光るような声が聞こえ、サーニャの意識が戻ったことを確認してほっとした。
本人曰く、たまに蓄光の調節が効かずに自分の眩しさに頭痛を覚えてしまうことがあるらしい。今日はそれがひどく、そのまま気絶するように倒れてしまったらしい。
「…悪いなエーレント、いつもはアロマあたりが駆けつけるんだが…」
どうやら護衛が席を外している一瞬に起こってしまったらしい。
申し訳なさそうな顔をして体を無理に起こしていつもの席に座る。
僕が居ない時も何度もあったのだろうか
一体なぜ謝るんだろう
あなたは僕の恩人なのに
そうか、
あなたにとって僕は