最後まで美味しく「このくらいで、いいかな。」
今日は2月14日バレンタインの日。恋人がチョコやクッキーなどのお菓子を贈る日。企業戦略だなんだと言われるけど一年で1番チョコが食べられる日なのは間違えないだろう。かくいう僕も大好きな恋人の帰りを待ちながら1人お菓子作りをしている。普段僕たちはそんなに甘いものを食べたりするわけじゃないけどやっぱり今日という日くらいは甘いもので自分の気持ちを伝えたい。だから昼間にみかが仕事に出てからスーパーやドラッグストアで買い物をして今に至る。チョコレートはあと冷やし固めるだけのところまで来たが問題はマカロン。
実家にいた頃何回か作ったことはあるけど。分量通りに作っても失敗してしまう。しかし材料は安いものではないのでお金に限りある今そこまで余計な出費はできないのだ。この日のためにおやつのクロワッサンを我慢してお金も貯めた。だから絶対に成功させなければ。
そしてそうこうしている内に空は暮れきって月が光を照らす時間になっていた。なんとか満足いく形にできてよかった。安堵しながら買ってきた箱の中に作ったお菓子を詰め込む。
(真ん中にハートの形のマカロンをおこうかな、でもチョコのほうがいいかな)
大好きな恋人に1番想いが伝わるようなラッピングにしないとと、ラッピングにもこだわる。自分で言うのもなんだが多分世界一美しいバレンタインができた気がする。きっとこれならみかも喜ぶに違いない。みかが受け取る時のことを考え期待に胸が膨らんだ。
しかし結局みかが帰ってきたのは午前3時過ぎ。宗がお菓子作りで疲れてうとうと眠ってしまった時間に彼は帰ってきたのだ。
「おかえり、なの、だよ、」
「んあー、宗くんまだ起きてたん!?もう寝ててよかったのにぃ」彼の手が僕の頭を撫でる。
細い身体に抱きつくと抱きしめ返してくれる。浮ついた甘い知らないフローラルな香りは好みじゃないけどずっと帰りを待っていた温もりに意識が飛びそうになる。なんとか僕の匂いで上書きしようとバレンタインのことを思い出し閉じかけた目をなんとか開けてキッチンへ向かう。
「ごはん外で食べてきたからええよ。もう眠いやろ?今日はおやすみしよーや」
「ううん、だめ」
「ほんまに大丈夫やで?昨日バレンタインやったから女の子みんなお菓子持ってきたんよ。チョコやらクッキーやら、おれ飴ちゃんぐらいしか普段甘いもの食べへんし、他人の手作りなんて何入っとるからわからへんから正直ちょっと嫌やったわぁ。だからはよ宗くんといちゃいちゃして寝たいんやけど。」
思わず手を止めてしまった。なんだ、僕馬鹿みたいだ。みかが喜ぶと思って一日かけて準備したのに。君はバレンタインが好きじゃなかったみたい。君が喜ぶかもと思って作ったくまの形のチョコレートも、ハート型のマカロンも、浅はかな期待をこめて着た君が褒めてくれた黒色の下着も、全部無駄だったみたい。どんなに世界一美味しくても嫌いだったら意味はない。悲しんでいるのを悟られたくないのに冷たい銀色のシンクに涙が音を立てて落ちる。
「宗くん、?どうしたん?泣いとんの嫌なことあったん」
後ろからみかが手を腰の辺りから差し込んでくるけど振り払う。
「知らない、僕もう押入れで寝る、おやすみ、」
「どうしたん宗くん!?おれなんかしてもうた?なんか嫌なことあったんなら話聞いたるしおれができることならしたるから、」
「うるさい!もうしらないのだよ」
話を聞いてくれると言っているのに素直になれない。別に君が悪いわけじゃないのに僕が勝手に期待したのが悪いのに。涙が止まらず薄いピンク色のトレーナーが色を変えてしまう。少し狭いけど押入れの上段に登って縮こまる。
「なあ、宗くんほんまにごめん、おれのせいやろ、?なんでもするから、降りてきてや。お願い。」
「君は悪くないのだよ、僕が勝手に期待しただけだから。今日は1人で寝る。」
「期待って、何考えてたん…?おれができること?それなら今からでも、」
「今日はっ、バレンタインだったから、君のために作ったから、でもみかはバレンタインが好きじゃないんだって知って悲しくなって、」
足を織り込んで顔を突っ伏せたままもごもごと喋る。目を見て離せない。自分の本心を打ち明けることが怖い。これでみかに嫌われたらどうしよう。勝手に期待して勝手に作って勝手なことをした。
「宗くん、顔あげて…?」
僕と2人だけの時しか使わない優しい甘い声で言われて逆らえず顔を上げてしまう。顔を上げるとみかはすぐそばにいて僕の体をぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、おれ宗くんのこと悲しませてもうた。ほんまに最低、1番やっちゃいけないことしとった。宗くんの彼氏失格や。」
「違う、君は悪くなくて、」
「ううん、おれが悪い。バレンタイン嫌って言ってもうたもんね。おれ知らん人からもらうのは嫌なんよ、でも、好きな人からもらうのはほんまに嬉しいし、宗くんからもらえるなんて思っとらんかったし、宗くんが、嫌やなかったら、貰ってもええ…?」
「うん、」
押入れから降りて再び冷蔵庫に戻る。ドキドキしながら一つの箱をみかの元へ運ぶ。ずっと僕のことを優しい目で見つめているかちょっと小恥ずかしい。
「これ、僕が作ったのだよ、チョコとマカロン。」
「んあ、めちゃくちゃ綺麗、これほんまにもらってええの?」
「うん、君のために作ったから。」
「食べてええのん?」
こくりと頷くと、みかは小さなチョコを口に運ぶ。心臓の鼓動が早い。コリコリという咀嚼音から無事にチョコができていて少し安心する。
それから間髪入れずにハート型のマカロンを口の中に運ぶ。何も言わないから反応が怖い。もしかしたら美味しくなかったのだろうか。表情を覗くと神妙なものでまた泣き出しそうになってしまう。俯きながらみかが食べ終えるのを待つ。
長い咀嚼が続きその間僕の鼓動は止まらなかった。音が止み、食べ終わったことがわかり恐る恐る顔を上げると君は泣いていた。
「え、?」
涙をぽろぽろと机上に落としシミになっていた。予想外の展開に思わず声が出てしまう。
「どうしたのかね、そんなにおいしくなかった…?」
「違うんよ、おれ、ほんまに美味しくて、こんなに美味しいお菓子人生で初めて食べたわぁ、おれ、こんな幸せでええんやろか、」
「幸せなのは、悪いことではないよ。喜ぶべきことなのだよ。ほら、こっちへおいで。」
めいいっぱいみかのことを抱きしめる。いつもは僕より大人なのにこうやって腕の中に収めてしまうと小さな子供みたいで母親になった気分になる。君も僕と同じくらい不安だったんだね、僕と君は似たもの同士みたい。小さな甘い幸せをこんなにも喜んでくれるなんて思ってなかったから僕も嬉しくてしょうがない。頭をぽんぽんと撫でてあげるとむず痒いみたいで頭をふるふると動かして僕の胸になすりつける。そして顔を上げて上目遣いで僕のことを見つめる。涙で潤んだ瞳は琥珀と瑠璃に光が反射して染まっていて美しい。溢れ出した宝石を思わず指先で掬いあげてしまう。
「なぁ、しゅうくん、キスしたい、」
甘えん坊さんの声で僕に問いかける。子供からねだられているみたいで可愛らしい。頷いて自分からみかに口付けをする。ふにふにとした唇同士が重なって気持ちがいい。一度離れて頬を手で包んでぷにぷにと触るといつもじゃ見られない顔をしていてクスリと笑ってしまう。
「なに笑っとるん、おれもっとちゅーしたいんやけど、」
「ふふふ、ごめんね、みかぷにぷにしてかわいいんだもの、」
「かわいくあらへんよ、しゅうくんの方がずっとかわええ、なぁ、はよちゅーしよ?」
「うん、」
再び唇が重なる。すると君は重なった唇を舌でこじ開けて僕の口の中に入ってくる。
僕も負けずに舌を絡ませると甘い味が口に広がる。みかの口の中は僕の上げたチョコの味になっていてキスしているのにチョコを食べているみたい。でも味見の時よりもうんと甘くなった気がする。時間が経つと味が変わるのだろうか、頭がくらっとするくらい甘いチョコの味。さっきまで赤ちゃんみたいだった君はすっかり大人になっていて口の中を拓き、腰に手を回し僕の体を支えてあっさりとリードされてしまった。5分くらい甘い甘いキスを堪能した君は口をゆっくりと離す。離れていく体温がもどかしい。
「ごちそうさま、ちゃんと歯磨きしてからねるんよ?」
みかは、僕の頭をすりすりと撫でる。時計は四時を示しているけど僕は悪い子だからまだ眠らない。
「ねえ、みか、まだ渡すものが残ってるのだけど、」
そう言って履いていたスカートのチャックを下ろしそのままパサりと音を立ててスカートが落ちる。厚めの布地の下に隠していた黒いレースのショーツをトレーナーをめくってへそのあたりまであげてよく見せる。
「あはは、ほんまサイコー、もうちょっとデザートタイムを堪能しないとな。」
再び重なる体温でピンク色のチョコレートはどろどろに溶かされていく。