一畳の墓場「なぁ、宗くん、おれと一緒におるのと、自分のお家に帰ってやりたいことやんの、どっちがええ?」
冷たい冷たい冬の日の夜、僕の胸部に顔を埋め僕に包まれていた彼が突然そんなことを言い始めた。その言葉は優しく口から吐き出されたけど内側はきっと氷のように冷たい。少し突き放すような言い方。
「君ねえ、そうやって僕を」
「ねえ、どっちがええの。」
僕の言葉を遮るように冷たい言葉が放たれる。でも彼の目を見てこの言葉は突き放したくて冷たくなったのでは無いとわかった。悲壮感がある、彼の決意の言葉だった。
彼の決意への敬意を示すように僕は真剣に彼の質問に答えた。
「…みかと一緒にいる。」
この選択肢が意味することはもう、わかっている。暖房の全くない部屋で、2人で体を寄せ合いあたたまる。ごはんを,最後にきちんと揃えて食べたのは僕の誕生日。出会った日からの出来事を振り返る日々。そんな状況で放たれた"一緒にいる"の意味。きっと僕は家に帰れば今まで通りの普通の生活にもどって、普通の大人になるのだろう。でも、そんなこと、僕のやりたいことではない。僕のなかはもう、彼でいっぱい。離れるなんて、考えもつかなかった。
抱きしめる力を強める。言葉以外でも自分の意思がみかに伝わるように。
「ほっか…」
僕の心が伝わったのか彼も強く抱きしめ返してくれる。みかとくっついてる部分があたたかい。2人で深いキスをする。寒い日でも君と一緒なら平気。でもこんなになってしまったのは僕のせい。僕が全部悪い。僕は言ってしまえば家出少年だったから影片の紹介で身分証のいらないコンセプトカフェでバイトをしていた。そこでの仕事は決して楽ではなかったけど君と生きるためだから惜しまなかった。客の男に体を触られたり下着を見られたり、入店の仕組みもグレーだったから店での接客もグレーなものが多かった。自分の体を見せたり他人に触られるのはとても嫌悪感があったけれど、帰ってからいつもみかが上書きして満たしてくれるから我慢していた。だがある日に一線を超えてしまった。僕は腰を抱かれ外に連れていかれ自分もホテルに行かないと警察に自分の身分をバラすと客の男に脅された。当然抵抗もできず泣く泣くついて行こうとした時、男が急に倒れた。近くで見ていた影片が男を殴った。知らない男に体をあけ渡すなど絶対にしたくなかった。みかもされたくなかった。しかしそれは、結果的に僕らの生活をいっぺんさせる出来事になった。あの男は割と地位がたかかったらしく僕は店を辞めさせられた。同時にみかも報復を恐れ店を辞めた。僕らがまともな仕事に就けるはずなどなくてそれからは2人で身を寄せ合って慎ましく家で暮らした。最初の頃はなんとかこの状況をどうにかしようとみかは日雇いの仕事をしたりしたけど、あの男の力はいろんなところに広がっていてひとつきくらいで諦めた。そこからは2人でずっといままでで楽しかったこととか幸せだったこととか思い返したり、時には愛を確かめあったり。僕の誕生日には小さなケーキを買ってきてくれて2人で食べた。なんの変哲もない小さなショートケーキだけど人生で食べたケーキで1番美味しかった。みかと一緒にいることが僕の幸せで生きる意味だから。長い長いキスをみかが止めた。そして口を開く。
「もう、やり残したことないよな。一緒にぽかぽかになろうな。ほな、お風呂場行こ。」
みかが僕の手を引くガスは止められたからもうお湯は出ないはず。含みを持った発言の意味は風呂場について一瞬で分かった。そこには1つの小さな七輪があって、隣にはライター。驚いたけど、もう今更逃げたりなど絶対にない。彼が選んだことだから。不安そうな顔をするみかの手を握り返す。2人で中に入って戸を閉める。扉の隙間をうち側からガムテープで止める。僕はそれを見守る。2人の間に会話はなかった。準備が終わって僕の隣にみかが座り込み僕の体を包み込む。
「不甲斐なくて、ごめんな。おれがもっとええ人なら、宗くんをこんな目に、会わせんかった、ほんまに、ほんまにごめん。」
「君は悪くないよ、それに僕、幸せなのだよ。」
この言葉に嘘や脚色はない。僕の本当の思い。そこから何回もキスをして抱きしめあって結局2人で眠る時間になったのは1時間後。手を繋いでお互いのことを見つめあってあたたまるのを待つ。怖いけど怖くない、君がいるから。ずっと寒かったから七輪から広がる熱があた高くて心地いい。酸素も徐々に減ってあたまがぽわぽわする。
「しゅうくん、あいしとる、死んでも一緒やで。」「僕は、きっと地獄に行くのだよ。ずっと悪いことをしてたから、、」
「それなら2人で地獄で一緒にいような。どこに行っても絶対はなしてあげへんから。」
君は僕のことを離さないでいてくれるみたい。嬉しくてしあわせ。頭がうまく回らない。
「みか、ぼくも、みかがだいすき、あいしてる。」
「おん、大好き。」
「すき、すきだよ、すき、す、き、」
宗はそういってみかに小さなキスを落としてガクンと体が落ちた。眠ってしまった。もう起きることのない睡眠。みかも愛おしい体を抱きしめて永遠の眠りに意識を落とした。