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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    6回告白しているのにその恋心を消されているあずにゃんの話です。

     イデアさんの部屋に招かれたのは、もう何度目かわからない。夜にはスリープモードになるというオルトさんは、充電カプセルの中でじっとしている。こういう時は、何をやっても目を覚まさない、緊急コードを入力しない限りは。イデアさんは以前、そう僕に笑って教えてくれた。
     いつだって少し散らかった部屋は薄暗い。眩いのはイデアさんが今やっているゲームの画面ばかり。部屋には機械の稼働している小さくて重い音、それにイデアさんが操作するコントローラーと、ゲームの効果音だけが響いている。僕はイデアさんのベッドに腰掛けて、その画面を見ていたし、イデアさんはあぐらをかいてプレイを続けていた。
    「……ごめん、何って? よく聞こえなかった」
     忙しなくボタンを押し、ゲームを操作しながらイデアさんが問う。僕はイデアさんを見ないまま、もう一度先程の言葉を繰り返した。
    「僕はあなたに好意を抱いているようです。……友人、またそれ以上の。できることなら、僕はあなたと、お付き合いを……恋愛関係になりたいと、考えています」
     淡々と、静かにそう告げる。断られる可能性は何百もシミュレーション済みだ。今更気持ち悪いと拒絶されようが、単に嫌だと言われようがそこまで傷付くこともない、……と思う。どうしてだか震える手をぎゅっと握り込んで、気を紛らわせる為にイデアさんのプレイするゲーム画面を見た。いつの間にかイデアさんの手は止まっていて、ゲームの中ではイデアさんのプレイヤーキャラが倒れていた。
    「……あーあ……」
     イデアさんはそれはそれは大きな溜息を吐き出して、ボソボソと小さな声で呟く。
    「どうして毎度毎度こうなっちゃうかなあ……いい加減飽きるとか諦めるとかそういうの無いわけ? 拙者流石にちょっとめんどくさくなってきたんですが……」
    「はい? 何の話です?」
     何を言っているのかわからず、イデアさんを見ると、彼はグシャグシャと燃える髪を掻きまわして、それから僕を見上げると笑った。
    「そうだよね、アズール氏はわかってないんだよね。……あのさ、アズール氏」
     その告白されるの、拙者6回目なんですわ。アズール氏にはぜーんぶ忘れてもらってますけど。
     どこか暗い笑みを浮かべたイデアさんがそういうや否や。僕は突然強い眠気に誘われて、ばたりとベッドに倒れ込んでしまった。




     ひとりに、してほしい




     記憶操作。
     魔法の世界には便利なものが存在している。強い効果には代償が伴った時代には単純に使いこなすことが難しかったのだろうけれど。魔法石という技術を手に入れたこの世界では、そういうロクでもないものは単に「禁術」として存在を隠蔽したり、使用することを罪とすることにした。
     そういうものが存在するのだろう、という事は想像できる。僕は周りと遜色無く接することができていたし、恐らく忘れたのだとしたらそれは”僕がイデアさんに対して抱く好意の気持ち”のみなのだろう。そんなピンポイントな効能の魔法、誰がどうして作ったのだか。いや、イデアさんのような人が作ったのかもしれないけれど。
     イデアさんは一度目の告白を受けた時、どんなに動揺しただろう。僕はどうイデアさんにアプローチしたのだか。イデアさんが真っ青になってこの魔法を探すのが目に浮かぶようだ。そして彼は天才だから、見つけてしまった。画期的な、この魔法を。
    「――なのに、アズール氏ったら忘れさせても忘れさせても、また拙者に告ってくるんです。覚えてる方の身にもなってみてよ……正直げっそりしちゃいますし」
     目を覚ましても、僕の記憶は失われていなかった。ただ、イデアさんのベッドに仰向けに転がったまま、身動きが取れない。そういう魔法で僕を無力化させてから、何かするのだろうか。恐らく、相手を金縛りにさせるような防衛魔法の一種だろう。授業でも習っているから。目線だけでイデアさんを見ると、彼は何かビーカーに液体を注いでいたから、記憶を奪うのは薬の効能なのかもしれなかった。
    「僕は6回もあなたに告白をしたんですか?」
    「そーそー。言葉も殆ど変わんない。流石に慣れちゃいましたわ。あーそー、拙者の事が好き。そりゃどーも」
     イデアは薬を調合する手を止めて、肩を竦める。それから呆れたように首を振って、また一つ溜息。
    「人魚の恋愛観ってバグってるんでござるか? こんな骨と皮だけで頭なんか燃えてる陰キャのクソオタクの男を捕まえて、好きですとか意味わからんですぞ。他にいくらでもいい子おるでしょうが、もしその――男から選ぶんであってもさあ」
     アズール・アーシェングロット氏の輝かしい足跡の付く汚点を未然に防いであげてるんだから、感謝してほしいぐらいですわ、6回ぐらい。イデアはそう呟きながら作業を続ける。
    「大体なんで僕なわけ? 他にいくらでもいるでしょ、相応しい人とかさ。ほら、リーチ兄弟とか」
    「アレは、そういうのではありませんから」
    「あ、そー。ま、どっちでもいいですわ、どうせアズール氏はこのお薬を飲んだら綺麗さっぱり忘れるんですから。できたら7度目はご遠慮願いたいですがな」
     身体に力を込めても、身動き一つ取れない。けれど、顔ぐらいは動かせる。そこまで奪うと薬を飲ませるのが大変だからかもしれない。色々と思案もしつつ、イデアさんに言葉をかける。
    「イデアさん、どうせ僕がまた忘れてしまうなら、少し話をさせて下さい。それぐらいはしてくれてもいいでしょう?」
    「……まあ、いいですけど。話って、何?」
     イデアさんは妙に素直にそれを許してくれた。調合はまだ終わらないようで、彼は時折タブレットを確認しながら薬を作っている。あの天才が6度もやって覚えられないのなら、それなりに面倒な調合なのかもしれない。
    「僕も、この気持ちが最初は恋愛感情ではなくて、友人関係の親しみではないかと思ったんです。お恥ずかしながら、僕は友人がいませんので」
    「リーチ兄弟がいるじゃない」
    「アレは、先ほども言いましたがそういうのではないんです。あなた、自分の腕のことを友人だと思いますか?」
    「はは、まあ恋人だっていうスラングは有りますけど、普通は思いませんわな」
    「だから、僕は嬉しかったんです。あなたとの時間が」
     僕は人との関係を作るのが苦手だった。
     簡単に言ってしまえば、幼少期にいじめられたから、だ。簡単に言ってしまえば、ではある。いじめられたことで人間関係を作れなくなるなら、全てのいじめられた経験のある子どもは人間関係を作れないはずだ。けれど現実は違う。だから僕の場合は、その後の対処の問題だろう。
     僕より持っている者を妬んだ。誰よりも努力して、全ての力を、望みを手に入れることに執着した。そこに人間がいようがいまいが関係無かった。周りにいるのが人間だろうが魚だろうがどうでもよかった。周りは等しく敵で、利用すべき駒で、見下すべき雑魚だった。――少なくとも、そういう時期が随分長かった。
     愛してくれるのは身内だけ。それでよかったし、それがよかった。外から向けられる視線は、恐怖か、利用しようとするものか、蔑みばかりだった。だから。だからだ。
    「あなたは僕のことを何も気にせずに、勝負をしてくれたでしょう? 僕も何も考えずにゲームに没頭しました。楽しかった……その時間がとても心地良かった。あなたが僕のことをなんとも思わずに、軽口を叩いて、一緒に笑ったり、怒ったりしてくれたのが」
    「それは……お互い様でしょ。アズール氏だって、僕が……シュラウドだってこと、全然気にしなかったし……」
     まあそれは人魚バグなんでしょーけど。イデアさんはそう呟きながら、ビーカーの液体をかき混ぜる。薬は赤、青、緑、と混ぜる度に色を変える不思議なもので、まるで恋心と呼ばれるそれそのもののように見えた。
    「そう、ですね。だから、心地良かったのかもしれません。僕も、あなたも楽しんでいたからこそ。ずっと僕はそれを友情だと思っていました。けれど、……気付いてしまった。あなたを抱きしめたいと、あなたに口付けたいと思っている自分に」
    「……やめて下され、こんな男に、気色悪い」
     イデアは眉を寄せて、ビーカーを手にしたまま、ベッドへと歩み寄る。薬は今は、深い赤紫に似た色をしていた。
    「さあ、アズール氏。お薬の時間ですぞ。強めのお薬出しておきましたからね、すぐそんな気持ちは忘れて楽になれますから」
    「……イデアさん、僕はもう、6度も告白しているんですよ」
     薬を飲ませて、また忘れても。また告白するかもしれないじゃないですか。そう言うと、イデアさんは苦笑する。
    「そん時は、7度目の薬を飲ますしかないですわな」
    「それを永遠に繰り返すおつもりで?」
    「拙者が4年になったら接点減るでしょ。そしたら自動的にアズール氏のそのバグも収まりますし。そこまで続ければ拙者の勝ち、ってことで」
    「勝ち、ですか」
    「そうですとも。拙者の勝ち、です。だって、アズール氏は今バグってるだけですし。もっといい相手、いるから。こんな陰キャをそんな風に思っちゃ……ダメ、だよ」
     少しだけ寂しそうな表情を浮かべたイデアさんは、思いのほか優しく僕の身体を抱き起こす。そうして、ビーカーの中身を僕に飲ませようと、ゆっくり顔へと近づける。何か花のような香りが強く、それだけでも頭が朦朧としそうだった。だから。
    「……へ」
     イデアさんの、ビーカーを持つ手を、掴む。
    「え、なんで、動け、あ、アレ……!?」
     僕が動いた事に混乱しているうちに、僕はそのビーカーを奪い取る。そして、今度は逆に、イデアさんが僕にかけたのだろう金縛りの防衛魔法をかけ返す。
    「ーーッ!」
     イデアさんは声も無くベッドに崩れ落ちる。形勢逆転だ。
    「な、なん、で」
     どうして動けてるの。震える声のイデアさんを、仰向けにして。イデアさんが僕にしたように、抱き起こしながら、僕はにっこりと微笑んだ。
    「手の内は、明かさない主義ですので。――そんな事より、イデアさん」
     コレ、あなたが飲んだらどうなるんでしょう? あなたは僕に好意なんて抱いてないから、何も起こらないですよね。
     そう囁きながら、ビーカーをゆっくりと近づける。イデアさんは青褪めて、僕の顔とビーカーを交互に見た。
    「や、やだ、やめてアズール氏、それ、」
    「これ、どんな味なんでしょうね。一息に飲んだら楽かもしれませんよ。さあ、イデアさん」
     ビーカーを口元に寄せて、くいと、傾けた瞬間。イデアさんは泣き出しそうな声で、叫んだ。
    「や、やだ! 忘れたくない!!」



     それが、答えだった。
     
     


     どうも妙だと、思ったんですよ、イデアさん。
     あなたはどうして、少なくとも5度、同じ告白を受けたのに、そしてその記憶を消したのに、僕を部屋に招き入れたんですか?
     本当に拒絶したいなら、もっと徹底的にすればいいじゃないですか。
     そう、例えば僕の恋心を忘れさせて、できるなら僕があなたと過ごしていた時間も忘れさせて、そしてあなたは部活に顔を出さず、僕に関わらなければ良かったんです。あなた、部屋から出るのも嫌いなんでしょう? それでよかったじゃないですか。
     なのに、あなたは5度、僕の記憶を、恋心だけを消すことを選んだ。そしてまた性懲りもなく、僕を自室に招き入れた。こうなることをわかっていて、そうするのを止められなかった。
    「それはつまり、……本当は、そうしたくなかったのではないか。僕はそう考えたんです」
     イデアさんは僕の腕の中で、大人しくうなだれている。薬は手の届かないところに置いて、安心させていたからもう泣いていない。いや、最初から泣いてなかったかもしれないけれど。
    「あなたは僕の告白を受け入れたくなかった。一方で、僕との関係を終わらせたくはなかった。それはどういうことなのか。……かまをかけてみましたが、どうやら僕の読みは当たりだったようですね。つまりあなたは、……あなたもまた、僕のことが好きだった、と」
    「……」
    「しかし、あなたが泣くほど嫌なものを、好きな相手に6度も飲ませるような酷い男だとは思いませんでした」
    「な、泣いてないですし」
     ぐす、と鼻を啜りながら強がっても仕方ない。イデアさんは今、防衛魔法の効果で身動きができないから、逃げられないうちに全て”尋問”しておいたほうが都合がいい。
    「あなた、どうして僕のことが好きなのに、6度も拒絶したんです?」
    「そりゃ、ずっと言ってるでしょ。アズール氏バグってるだけなの。初めてのお友達を前にして頭おかしくなってんの。じゃなきゃこんな男に恋とかしない。ここを乗り越えたらたくさんの出会いがあるでしょ、そしたらちゃんとしたご令嬢とかとお付き合いできますし」
    「イデアさん、もしバグだとしたら原因を取り除かないと何度でも再現可能でしょう? あなただってそれぐらいのことはわかっていたはずです。では質問を変えましょう。あなたはどうして、僕を受け入れなかったんです?」
    「だ、だからそれは、同じでしょ、アズール氏がバグってるだけだから、」
     イデアさんは何を聞かれているのかわからない様子で困惑していたから、その顔を覗き込んで、にっこりと笑ってみせた。彼が怯えたから、そのまま言葉を続ける。
    「だとしたらハッキリそう僕に伝えて断ればいいだけの話じゃないですか。なのにイデアさんは、何度も僕の感情そのものを白紙に戻そうとした。それはどうしてです?」
    「そ、そんなの、どうでもいいでしょ、アズール氏には関係な」
    「関係無いわけないでしょう、僕の記憶ですよ? 誤魔化そうと言うのなら仕方ありません、この液体を飲んでもらってもいいですが、なんならそこのゲーム機にぶっかけてもいいんですよ」
    「ヒィーーーッ! ぶ、物理攻撃はダメでござる! 怖い! 恋してる相手に恐喝してるこの子! 怖い!」
    「恋してる相手の恋心を消してる人に言われたくないんですよ。さあ、素直におっしゃって、イデアさん」
     イデアさんは、あうう、と妙な声を出した後、目を閉じて。それで、観念したらしい。ポツリ、とこぼした。
    「だって、……怖いじゃないですか」
    「怖い? 何がです?」
    「……関係が変わったら、……終わっちゃうかもしれないじゃないですか……」
     イデアさんはそれから、のろのろと彼の言葉を聞かせてくれた。
     彼と僕の思いは同じだった。イデアさんも大概、難儀な人だ。彼の本質は人と交流を望むタイプだと思っている。人に話すことが嫌いなわけではないのだ。人と話すのが苦手なだけで。彼は、一人にしてほしい、けれど寂しい、そういう我儘な思いも持っていた。
     そんなイデアさんは僕を気心の知れた友人だと思い、その末に行き過ぎた感情を持ってしまった。ただ、イデアさんは僕よりも抑えが効いたというか、臆病だったというか。葛藤の末にその想いを封じることにしたのだろう。なのに僕が告白してきたものだから、この人は大いに混乱してしまった。
     もし。
     もし、恋人関係になってしまって。もっと深い仲になったとして。その先に未来はあるのか? 付き合うことで破局して、今の関係さえ失われたらどうするのか。今の自分達から変化してしまうことを、幸せが失われることを、イデアさんは酷く、恐れたのだ。
    「そ、そんなことなら、最初から手に入らないほうが、マシだって思ったんだよ。夢なんか見なけりゃ、恵まれない境遇でもわからないでしょ。美味しいものを食べなきゃ、自分が食べてるものが不味いなんて知らないみたいにさ。このままでいいと思ったんだ。このまま、ずっとこのままでいいって」
     変化することは、とても恐ろしいことだ。その先にある無数の問題に直面するぐらいなら、多少居心地は悪くても今の自分であるほうがいい。そう思うことは人間の一般的な心理だと、どこかで読んだ。イデアさんを思いっきり責める権利が有るのは、おかげで5回も記憶を失う羽目になった僕ぐらいなものかもしれない。
    「ではどうしてあなたは恋心を捨てなかったんです? 僕の記憶を消して、あなたも同じ薬を飲んで、それでお互いニュートラルな関係に戻ればよかったじゃないですか」
     もっとも、そうしたとしてもまた同じところには行きつきそうなものだけれど。イデアさんは困ったように目線をあちこちに動かして黙っているから、ビーカーに手を伸ばしたら、「う、嬉しかったから」と慌てて答えた。
    「嬉しかった?」
    「あ、アズール氏に、……す、好きだって言ってもらえて、その、……し、死ぬほど嬉しかった、でも死ぬほど怖くて、だから、逃げちゃったけど、でも、……でもどうしても、捨てられなかった、……好きだって、言ってもらえた時の、あの、……感じ……」
     もじもじとそう言うイデアさん。そこで流石に、この温厚で優しい僕も、少しばかり腹の底がグツグツと煮えるような心地になった。
    「なるほど、僕に6回も告白されて、あなたはさぞご満悦だったんでしょうねえ……?」
    「ヒッ、ごめ、ごめん、ごめんて、そ、そんなつもりじゃなかった、1回目の後はこれで安心だと思ったんだよ!? なのにアズール氏が、何度も、何度も……」
    「そりゃあそうでしょう。先程も言いましたが、僕らの関係がバグだとしたら、原因は残っているのですから何度繰り返したって同じ結果に辿り着いても仕方ないです。僕はあなたのそばにいて、あなたは僕が好きなんですから」
     怒っているのが伝わっているのか、イデアさんは、青褪めている。ごめんなさい、ごめん、と繰り返すその頬を手のひらで包んで、目を細めた。
    「ねえ、イデアさん。僕は海の魔女の慈悲の精神を持っています。あなたのした全てのことを、寛大に許そうじゃないですか。だから、いい加減諦めて、僕とお付き合いしましょう?」
    「で、でも、だって、でも、もし破局したりしたら……」
    「それもまたいいじゃないですか。勝っても負けてもゲームは楽しむものでしょう?」
     それともあなた、負けるかもしれないと僕とのゲームから降りたりするんですか? そう囁くと、イデアさんは「はう」と息を呑んで、それから小さく、聞き取れないほど微かな声で、「わか、った」と唇を動かしたから。
     僕はその唇に、口付ける。
     僕の知らない告白は、6度目にしてようやく届いたのだ。




    「ふふ、ふふふ」
     自室に戻って。夢のような心地で、服を脱ぐ。明日からの生活を考えると楽しくて、嬉しくて、――何より愉快で。スルスルと着心地の良い寝間着を身に着け、僕は踊るように机に向かい、その上に置かれたノートの表紙を指でなぞる。
     ああ、賢くて愚かなイデアさん。魔法薬の効果は当人に限り現れる。僕は恋心を忘れるかもしれない。でも、証拠までは隠せないんですよ。
     将来設計と努力を欠かさない僕は、この上質な紙で作られた日記をつけていた。端末に記録していたら、イデアさんも抹消できたかもしれない。けれど、僕のこの手書きの、綿密に書き込まれた言葉までは、イデアさんも操れはしない。
     彼に対する感情、その考察。そしていきついた結論。決行の日。翌日にはその記述をきれいさっぱり忘れている、という事実。
     流石に、気付きますよ、イデアさん。
     この自分がただでイデアさんに記憶を奪われるはずがない。何かされたのだろう。では対策を練らなくては。魔法を跳ね返すユニーク魔法と契約を結ぶ? いや、それではイデアさんに何か起こってしまうかもしれない。睡眠薬でも飲まされているのだろうか? その対策魔法を起動しておこう。――それでも記憶はなくなっている。では別の手段を使っているのか。なら今度はーー。それを何度も繰り返して。
     今日僕は、あなたの部屋に行く前、魔法の効果を半分の時間で解除する魔法をかけて行ったんですよ。イデアさん。
    「ふふふ、イデアさん。あなたの言葉を借りるなら、――」
     僕の勝ち、ですね。
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    岩藤美流

    DONE歌詞から着想を得て書くシリーズ①であり、ワンライの「さようなら、出会い」お題作品の続きです。参考にした歌は「A Love Suicide」です。和訳歌詞から色々考えてたんですけど、どうも予想通りタイトルは和訳すると心中だったようですが、あずいでちゃんはきっと心中とかする関係性じゃないし、どっちもヤンヤンだからなんとかなりそうだよな、と思ったらハッピーエンドの神様がゴリ押しました。イグニハイド寮は彼そのものの内面のように、薄暗く深い。青い炎の照らしだす世界は静かで、深海や、その片隅の岩陰に置かれた蛸壺の中にも少し似ている気がした。冥府をモチーフとしたなら、太陽の明かりも遠く海流も淀んだあの海底に近いのも当然かもしれない。どちらも時が止まり、死が寄り添っていることに変わりはないのだから。
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     見れば、イデアの『弟』である、オルトの姿が有る。
    「アズール・アーシェングロットさん! こんばんは! こんな時間にどうしたの?」
     その言葉にアズールは、はたと現在の時刻について考えた。ここまで来るのに頭がいっぱいだったし、この建物が酷く暗いから失念していたけれど、夜も更けているのではないだろうか。
    「こ 5991