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    岩藤美流

    @vialif13

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    岩藤美流

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    ワンライお題「傘」

    知り合って数週間の二人。防水魔法とか無い時空。捏造も色々。全然カプ要素はないけどいずれくっつくので許してください。

    仮題は「あずにゃんはお好み焼きの上にのってるかつお節が生きてるって教えられて2年ぐらい信じてる」です

    ##ワンライ

     授業が終わってすぐに帰るべきだった。そそくさと帰ろうとしたところ、教師に声をかけられ立ち止まってしまったのが運の尽き。大した内容でも無いことを聞かれたりしている間に、すっかり他の生徒はいなくなって、帰りに誰かに遭遇する可能性が減ったのはありがたかったけれど、その代わり雨が降り始めていた。
     傘なんて持ってくるタイプではない。小雨、とは言い難い雨量にどうするかと暗い空を眺めて、一つ溜息を吐くとパーカーの中にタブレットをしまい、フードを被って小走りに駆け出す。
     屋根のあるところを伝い、それでも途切れたところは濡れて走って、それで疲れて休んでしていたら、随分時間もかかる。何度かそれを繰り返し、建物の屋根の下で雨宿りしながら、この雨やまないのかな、とタブレットを取り出し雨雲レーダーでも確認しようとした時のことである。
     視界の端に傘が目に入って、自動的にそこに人がいるであろうと察し、ひっと息を呑む。恐る恐るその人物を確認すると、それは彼の瞳と同じ空色の傘をさしたアズールだったので、イデアは安堵の溜息を吐き出した。
     2人の関係は、知り合って数週間の、部活の先輩と後輩でしかない。それでも、他の生徒達と違い、イデアは彼に対して人見知りをする時期はとっくに終わっており、良く知らないなりに警戒感は解いているところまできていた。
     イデアはアズールを見つめ、そして首を傾げた。彼はどうも、傘をさして上を向いている。空を見ているのではない。傘を見上げているのだ。
     何してるんだろ。そう思った矢先、タブレットがピロンと音を立てたから、イデアは慌てた。先に寮に戻ったオルトが、傘を持って迎えに行くべきかと尋ねて来たようだ。それに大丈夫と返信している間に、アズールがこちらに歩み寄って来ていた。
    「イデアさん、こんにちは。こんなところでどうしたんです、随分濡れていますね。傘は持っていないんですか?」
    「あ、ああ、うん、も、持ってない……その、だから、雨宿りしながら帰ってる……」
    「それはお困りでしょう。よろしければこの傘をお使い下さい」
     このイケメンの後輩は、よくこうしたスパダリのようなことを平気な顔で言う。こんなの女の子が言われたら一撃死だろうな……ちょっと胡散臭いけど……とイデアはいつも思っていた。
    「そ、そんなのダメだよ、アズール氏が濡れちゃうから」
    「? 何をおっしゃっているんです? 僕が一緒にイグニハイド寮までお送りしますよ」
    「は!?」
     イデアは思わず大きな声を出してしまった。アズールは首を傾げている。それはいわゆる、相合傘という奴だ。大して仲良くもない男子高校生がするような事でもない。「いや、いい、いいよ」と首を振ったけれど、「そうおっしゃらずに。僕もイグニハイド寮への行き方を確認しておきたかったので、案内して頂けると助かります」と笑顔で傘に招き入れられてしまった。
     するとアズールのほうが背が低いわけだから、自然とイデアはいつもより猫背になる。傘が随分近くて、ぽとぽとという雨粒の音が随分響いて聞こえた。傘の中はそこだけ湿度が高いのだか、妙に熱く感じる。相合傘、というのが少し気恥ずかしいのもあるかもしれない。いや、恐らく傘に自分の髪が当たって熱が反射しているとかそういうやつだろうけれど。
    「さあ、行きましょう」
    「あ、わ、わ」
     アズールが一歩踏み出すと、イデアは傘に置いて行かれる。慌てて着いて行こうとしたけれど、後頭部に傘が当たった。ああ、すいません、とアズールが立ち止まるから、今度は額に当たる。まるで下手な二人三脚のようだ。
    「ああ、ああ」
     アズールは彼にしては珍しく困ったような声を出した。先程までのイケメンみたいな発言はどうした、とイデアは少し面白くなる。それからふと、思った。彼の所属するオクタヴィネル寮は人魚が多いと言うし、アズールもそうなのではないだろうか。だとすれば、これが初めての雨かもしれない、と、入学式からの天候を考える。
     つまり、傘を持つのも、傘を人と共有するのも初めてなのでは……。そう考えると、このイケメンかつ賢くておまけに努力家な後輩が少し可愛く見えてくる。初めてなら、一緒に歩く方法も知るまい。
    「あの、傘、貸して。僕が持つから」
    「で、ですが」
    「これ、背が高いほうが持つもんなんだよ」
     そう言って傘の持ち手に手をかける。アズールは困った顔をしていたけれど、素直にイデアに任せた。ようやっと髪は傘にくっつかなくなって、のびのびとして揺れ始めたようだ。
    「じゃあ、歩くよ」
    「え、ええ」
     そう言って踏み出す歩幅は、アズールの足取りを見ながら小さく。そうして背の小さいほうに歩みを合わせるのは随分久しぶりで、イデアは複雑な苦笑を浮かべた。
     雨はぽとぽとぼつぼつと、傘を叩いては流れ落ちていく。足元は濡れ、ところどころ水溜まりが薄くできあがり始めていた。そんな道を、二人が傘の中に小さく収まって歩いている。変なこともあるもんだな、とイデアは思った。
    「……アズール氏、さっき、何見てたの」
    「さっき、とは」
    「僕に声をかける前」
    「……ああ。音を、聞いていました」
    「音?」
    「雨の音を」
     イデアはそれで納得した。彼が見上げていたのは空ではない。傘に落ちる雨粒だ。イデアは空色の傘をちらりと見上げる。大きな雨粒が降っては、ぼつ、と音を立てて弾け、流れていく。その不思議な反響音。不規則に滴る水。それが世界を潤す音と、なんとも言い難い匂い。
     もし、彼が初めての雨を経験しているのなら、きっと不思議な心地だろう。少し、楽しいとさえ感じるかもしれない。幼い子供が、雨のたびにはしゃぐように。
     ふと。もし傘をさすのが初めてだとしたら、とイデアは水溜まりの前で立ち止まって、「ねえ」とアズールを見た。
    「水溜まりに入って遊んだことある?」
    「えっ、無いですよ。靴が汚れるし、足が濡れるじゃないですか」
     アズールは「何を言い出すんだろうこの人は」という顔をしてこちらを見上げている。イデアも白いスニーカーだ。水溜まりに入ればひとたまりもないだろうし、入るつもりもない。
    「ひひ、長靴、知ってる?」
    「長靴……防水を目的としているゴム製のブーツですよね」
    「そ。あれを履いてね、水溜まりに入ってビシャビシャすんの。子供の頃はどうしてだかそんなことが楽しくてさ。ほら、禁止されてる事をやるって、すごく悪いことしてるって感じで興奮するよね。禁じられた遊び」
    「何をおっしゃっているのか……。ですが、そうですね。革靴ではとても水溜まりには入れませんが……。長靴なら、平気でしょう」
     購入を検討しておきます。そう言うアズールはじっと水溜まりを見ているから、もしかしたら顔に出さないだけで、興味は持っているのかもしれない。そう考えると、この青年がずいぶんと背の高い幼子のように思えてくる。
    「……あ、そうだ、アズール氏。こっちこっち」
    「え、なんですか、ちょっと」
     道を少しそれて。建物のそばに近寄る。流れた雨が屋根の端で小さな滝となっている場所を見つけると、アズールの「ちょっと」という言葉も無視して、彼ごと傘でその滝へ入る。
    「わわ、わ、わ」
     ドボボボ、と大きな音を立てて、傘の布が滝の力でたわむ。驚いているアズールの顔が面白くて、「ひひ」と笑ったイデアの声もかき消されるよな音が響いた。衝撃で揺れる傘の持ち手をアズールに預けると、「うわ、うわわ」と傘を支えるアズールが目を白黒させているのが面白い。思わず笑うと、アズールはイデアを見て、それから彼は音に負けないように大きな声で文句を言う。
    「ちょっと、なんですかこれ、もうそこら中に水が飛び散って、ああもう制服が濡れるじゃないですか、出ますよ!」
    「ひひひ、これ、子供の頃なんか楽しくてやってたんだよね」
    「あなた、子供の頃しょうもないことを楽しんでらしたんですね」
    「そうだよ、初めてのことってしょうもないことでも楽しいからさ」
     そうでしょ? と問いながら、アズールに手を引かれて滝から出る。またアズールが傘を持っているから、猫背になっていると、今度は傘を少し高く上げるようにしてくれた。
    「まったく、あなたに傘を任せると何をさせられるやら」
    「楽しくなかった?」
    「こういうことは濡れてもいい時にすることです」
     楽しくなかった、とは言わなかった。イデアはそれが妙に嬉しくて、自然と笑顔になった。それは恐らく、彼が作った本当に自然な、柔らかい笑顔で。アズールはイデアを見て口を開いたけれど、何も言わずに顔を正面に戻す。
    「寄り道していないで、早く寮に案内してください」
    「はいはい、心配しなくてもこの道に沿って行けばすぐっすわ」
     ぽろりとこぼれたいつも通りの喋り方にも気付かずに、二人はイグニハイド寮へと歩いていく。
     何故だか温かい気がする。きっと傘のせいだろう。髪の熱がこもるから。湿度も高いわけだし。ほんのり胸が温かい。穏やかな心地を覚えながら、イデアは昔のことを考える。
    『にいさん、にいさん、今日はぼくが傘をもつよ!』
    『にいさん、見て! 水たまりだよ! 入ったら怒られちゃうかなあ』
    『きゃーっ、にいさん、すごい水、滝みたい!』
    『雨って楽しいね、にいさん!』
     その思い出は温かいけれど、少し冷たい。気を付けて歩いたって靴は濡れる。靴の中で濡れた足が冷えて気持ち悪い。今はもう、雨は嫌なものになってしまった。きっとアズールも、すぐに雨が嫌なものだと認識するようになるだろう。
     それでも、それでも。
     今日だけは、雨が楽しいとイデアは感じていたし、アズールもそうだといいと、そう思った。


     二人の関係が変わるまでにはまだもう少し時間がかかる。
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