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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    6章中編が来るまでの間にしか書けないと思って書きました。微えっち未満ぐらいですが一応ちょっと接触あります。なんでも許せる方向け。後悔は未来に置いて行こうぜ

    唯一の君とありふれた僕と その冷ややかな色をした廊下は、いつも何か低い電子音に包まれていた。誰も居なくても、何もしていなくてもそれは鳴り続けている。うんと幼い頃はそれが嫌で、部屋にこもりきりになったものだ。外に出れば、この音がうるさいから。まあ、そのうち慣れたけれど。慣れざるをえなかったけれど。
    「イデア様、全被検体の収容が完了しました」
    「乙~。大変だったでしょ、結構抵抗激しそうなメンツだったし」
     廊下の一角、とある扉の前で、イデアとカローンの一人が話している。イデアは所長代理として一時的にこの施設を取り仕切っているから、今の現場責任者は彼だ。カローンから送られてきた資料をタブレットで確認しながら、イデアはウンウン頷く。
    「まあ~、でも抵抗激しかったのか怪我してる個体も多いし、とりあえず治療して。ついでに色々計測もできるでしょ。次のステップに進むのは少し待って。向こうも興奮とかしてて正確な数値出ないかもしれないし」
    「かしこまりました。ではそのように致します」
    「あ、でも被検体Cは僕が直接診るから、他の人はよこさないで」
    「イデア様が直々に、ですか? お一人で?」
    「うん、オルトも連れて行かないつもり。ちょっと訳ありだし。ほら、海洋種って色々面倒でしょ、人魚語への翻訳システムとか通さないといけないし、身体の作りは違うし、でかいし……。あと、Cとはちょっと親交が有ったんだよね。他の人がやるよりちょっと楽だと思うから。どうしても止めるなら、これは所長代理権限で決定ってことで」
    「……かしこまりました」
     カローンが頭を下げて、ガシャガシャと音を立てながら廊下の先へと消えて行く。それを見送ってから、イデアは一つ大きな溜息を吐いた。電子音に包まれた廊下にそれは僅かに響く。イデアは目を閉じて、少しの間何かを考えていたようだったけれど、やがてタブレット片手に歩み出した。行き先は、Cの収監された特殊仕様の部屋。対海洋種用の部屋だ。



    『人魚達は主に海の中に住んでおり、多様な種族から構成されています。中でも多いのは上半身が人間、下半身が魚の姿をした人々で、上半身の姿は陸の人類と殆ど変わりが有りません。その他、より魚の姿に近い種や、魚以外の姿に近い種も存在しています』
     教科書の文言を見ながら、イデアは随分な言い草だな、といつか思ったことがある。まず『人魚』という名だ。陸の方からは人に魚がついたから人魚だと見ているようだし、彼らの方からは自分達から魚がとれたから人だと思っているようだけれど。どちらも己の種こそが至高であり、互いの種は劣っていると感じているのだ。彼らは戦争こそ止めたものの、今でも互いを見下し、侮蔑し合っている。
     おまけに「その他」で括られる種の立場を考えたことが有るのか。『人類は陸で二足歩行をしており、水中では呼吸できません。殆どが我々の上半身と変わらない姿をしており、その他、稀に髪が燃えている種族がいます』とか人魚の教科書に書かれているようなものだ。実際はどうか知らないけれど。
     人と人魚の歴史は凄惨なものだ。今でこそ、「そのような過去を忘れて新たな時代を作らねばならぬ」とか誰か偉い人間が言ったのか知らないけれど、種と生息地に隔たり無し、みたいな風潮が世界を満たしているわけだが。どちらが先に手出しをしたのかと言われたら、もしかしたら人魚かもしれない。彼らは少しだけ人間より魔法の力に目覚めるのが早かった。魔法の力で人間を海に引きずり込んで遊んだり、殺したりしていたのは数々の文献に今でも残っている。人間側が、人魚を海から引きずり上げてどうしたかについての資料は、闇に葬られたというのに。
     人と人魚の戦いは苛烈だった。人と人との争いよりもある意味では悲惨だ。それがエスカレートしていった末にブロットが有り、そしてブロットがその争いを急速に鎮め、無かったことにした。争いの歴史は闇に葬られた。人と人魚は遥かな昔から友好的な種族で、手を取り合って生きていることになった。陸にしか主だった魔法学校は無いのに。
     今の世界に満ちている歴史と常識は嘘にまみれている。そしてこの施設こそは世界の真実であり闇だ。




     ピッ、と個人認証が済んだ音がすると、電子と物理、魔法の三重仕掛けの重い扉が開く。中に入ると、透き通った強化アクリルの個室とそこに繋がる扉。今入って来た廊下に繋がる扉が閉まらない限り、そのアクリルの個室へは出入りできない仕組みだ。扉が閉まっていく間、イデアは個室の中を見ていた。簡易ベッドや棚、いくつかの引き出しと、中央には大きなバスタブの置かれたその部屋に、被検体Cと呼ばれた男の姿は無い。ただ、バスタブの淵から紫色のタコの脚が覗いていた。
     重い扉が閉まりロックがかかると、改めてイデアは外から入る為には中からの認証が無ければいけないように設定を組み直した。ただこれはあくまで所長代理権限での設定だ。所長やその代理を他の者に移譲されればこのロックは解かれる。それでも無いよりはマシだろう。設定を終えてアクリルの扉に近づくと、こちらもイデアを認識してごく普通の自動ドアのように開いた。
    「来ないでください」
     バスタブに歩み寄っていると、愛しい声が震えながらそう言った。
    「あなたにこの姿を見られたくない」
     そうは言っているものの、彼は逃げようとはしなかった。いや、逃げられないというのが正確だろう。一時的に全ての魔法が無効化され、身体を麻痺させる薬が投与されたはずだ。それは被検体の安全を確保すると共に、実験者を守るためのものだから、ここに収容された全員がそういう扱いを受ける。部屋に連れ込まれ、無理矢理服を全て脱がされる。海洋種等変身薬を使っている種族は、本当の姿に戻る為、特に気を遣った。もちろん、彼らの人権に対してではない。
     言葉を無視したまま、イデアはバスタブに辿り着く。哀れな被検体Cは、水の満たされたバスタブの中でぐったりとしていた。視線ばかりがイデアを見つめている。何か言いたげな、恨みがましいような、何故と問うような。複雑に見えるのは自分の気持ちが反映されているからだろう。イデアは微笑んで、アズールのことを抱き上げ、身体検査用の簡易ベッドへと運んで行った。



     二人の関係がいつから変化していったのか、イデアはもう覚えていない。
     最初はただのボードゲーム部に所属している先輩と後輩だった筈だ。いつの頃からか戦うことが増えてきて。ムキになったり、それはそれは得意になって喜んだりする姿が楽しくて面白くてかわいくて。そうして遊びを楽しむ関係が、どうしてここまで変化してしまったのだろう。いつしか二人はただの知人ではなくなっていた。しかし友人、と互いを認識していたかも怪しい。それでも時が過ぎれば関係は変わる。
     どちらから触れたのかと言われたらイデアのほうだ。悲鳴を上げて手を引っ込めたのもイデアで、その手を握り返したのはアズールだった。そこから言葉を交わすでもなく関係はより密接なものへと変化した。何度唇を重ね、幾度夜を共に過ごしたかわからない。ただ二人の間に確認は無く、互いの関係を示す言葉も無かった。そしてイデアにはもちろん秘密が有った。それはアズールも同じで、互いにそれを見せることも無かった。もし知られたら受け入れられない、と思っていたのかもしれない。今となってはもう全てどうでもいいのだけれど。
     お互いの秘密は、最悪の形で無理やり暴かれることになったのだから。



    「うう、う、うぅ……っ」
     視線を向けられたくないから、特殊な目隠しをつけさせて。ついでに録音中に妙なことを口走られても困るから、テープで口を塞いだ。どちらもこの部屋に常備されているものだ。そんなものがある時点で、ここに収容される人間に対して人道的な扱いは本来与えられないのだとアズールにもわかるだろう。そこまで考えて、コレは被検体Cであって、あの愛しい人ではないのだと思考を切り替える。
     タブレット端末片手に音声録音を開始した。画面にはマニュアルが表示されているから、それに従って身体的特徴を記録していく。魔導科学が発達してこのステップは随分楽になった。天井に備え付けられている特殊なカメラは被写体のサイズを自動的に計測してくれるし、このベッドは上部に乗せられた重みを測定する。イデアはそれを見ながら読み上げるだけで良かった。本当はこのプロセスも自動化したいところだけれど。
     続いて被検体Cのプロフィール。これは学生証を読み上げるだけでいい。コピーを無断で撮るのは法律がどうとかいう話があるから、読み上げて書き出すんだそうだ。何に配慮しているんだか、それよりもっと考えるべきことはあるだろうに。
     はいちょっとチクっとしますぞ~、と冷淡に呟いて、腕に機械を押し付ける。痛みは少ないはずだが、細胞と血液を採取するのだから針は刺さなければいけないわけで。まあ近頃はそれも自動でやってくれるから楽になったものだ。昔は苦労しただろう、採取する側も、被検体も。今はこの施設も随分人道的になったのかもしれないし、そうでもないかもしれない。内部に居る者には自分達の姿がいかに歪みどれほど変化できているのかなど、わからないものだ。
     アズールは仰向けになったまま、無抵抗でベッドに転がっている。抵抗したくてもできないのだけど。僅かに身じろぎする程度で、それ以上なにができるわけもない。ずっと何事かテープの下で呻いているから、かわいそうな気持ちにもなってくる。わけもわからないだろうし、これからどうなるかもわからないのは、この知的で全てを理解することに重きを置いている男にとってかなりの苦痛だろう。
     しばらくマニュアル通りに情報を集めた後で、イデアは僅かに眉を寄せ、タブレット端末を操作すると天井のカメラの機能を止めた。それから録音もやめ、タブレットをベッドの上に置く。
     タコ型の海洋種がオーバーブロットする例は極めて珍しい。大体、世界の人口の殆どが人間となっている昨今、人魚のオーバーブロットがまず珍しいのに、更に少数の魚以外の形のものとなると、とにかく分母が少ないのだ。故に、通常の人間とは異なり、事細かに記録をしなくてはいけない。――それこそ、人権の根幹に関わるような部分まで。
     イデアは一人、大きな溜息を吐き出しながら首を振った。ホント、ここから生きて出さない前提なんだよなあ、ヴィル氏とかリドル氏みたいな人が希少種じゃなくてよかった、そんでこうなってしまった以上、自分が所長代理という権限を持っているのも不幸中の幸いだろう。ドが付くほどの不幸の中ではあるけれど。
     アズールの身体を、じっと見下ろす。腰の辺りからぬるりとした8本のふくよかな脚が生えているのを、イデアは今日初めて見たのだ。人魚だとは聞いていた。本当の姿を見せる勇気が出ない、いずれその時が来たらと困ったように笑っていた。勇気は出なかったのだろう。理由は知らない。イデアはアズールのことを何も知らない。身体ばかり知ったと思っていたのに、今また彼の本当の身体を前に、何もわからないままだという事実を噛み締めている。
     するりと手を伸ばし、そっとその脚に触れてみた。「うう」とアズールが呻いたから一度手を離して、それからもう何もかも手遅れなのだと気付いた。こんなことをした以上、もう信頼関係は壊れているのだ。彼に気遣う理由も無い。結局彼は、イデアに秘密を曝け出せなかった、その程度の関係なのだから。
     改めて触れた脚はしっとりとしていて、想像していたよりヌルヌルしているという感想は持たなかった。肉感が有る感触が心地いい。今は力なくしなだれているそれがもし彼の意思で自在に動いたらどれほど美しいだろう、と少し考えた。無数の吸盤の姿まで含めて、どうしてだかエロティックに見える。それはそうだ、彼は今全裸なのだから。人間の姿をしていないだけで、その感覚が鈍った。そう認識した時、イデアは文字通り彼の秘部を見ているのだと改めて思い、少し頬が熱くなるのを感じる。
     いけないいけない、これは仕事、確認作業。首を振っていると、「う、う」とアズールが何事か言おうとしているのが聞こえる。イデアが顔を上げると、目隠しされて口を塞がれながらも、彼がこちらを懸命に見ようとしている。そういえば先程から何か触れていると思っていたが、足の一本が力無くイデアの身体に絡んでいるようだった。しかし抵抗ができるというほどでもない。イデアは「よしよし」とあやすようにその脚を撫でてやった。
    「大丈夫、またちょっとしたきっかけでオーバーブロットしないか確認してるだけだよ。事情聴取はまた明日になるから、その時に細かい検証が行われる。今日はただの検査だけ。心配いらないよ、このまま解体したり酷いことしたりはしないから……まあ、裸にして勝手に触ってる時点で酷い、か」
     苦笑して、イデアはアズールの横たわるベッドに腰掛ける。そう広いわけでもないから、背中にアズールの肉体が触れて温かい。その体温が今日はいつもよりずっと低い。そういえば、僕が触って熱くなかっただろうか。少し心配をしたものの、それを口にしたところで、と何も尋ねることはしなかった。
     今更心配したところで。気遣ったところで。はは、と苦笑して、天井を見上げる。ライトと一体化して、何も移さないカメラがこちらを見ていた。
     かつて。オーバーブロットをすることが英雄的行為であり、推奨されていた時代が有った。戦争においては自我を無くし命の限り魔力を使う勇猛な戦士であり、道具だったから。そうした歴史はあらゆる媒体から消されて、今も覚えているのは精々長命な妖精族ぐらいなものだろう。そして、この施設の者、呪われたシュラウド家ぐらい。
    「笑わせる、呪われているって言うなら皆そうだろうにさ……。”ここ”に全てを押し付けてるだけだ、昔からずっと、ずっと。僕はこんな家……」
    「イデアさん」
     名を呼ばれた。アズールの声だ。その心地よさに一瞬、気付くのが遅れた。どうして、彼が声を出せるのかと。
     次の瞬間には、イデアは強い力でベッドから床の上に落とされていた。顔からぶつかりそうになったのは、ぐんと上体を持ち上げられて守られる。うつ伏せになったまま、わけもわからず後ろを振り返ると、目隠しをしたままのアズールが自分の上に乗っているのが見えた。
    「あなたともあろう方が、計算を間違えたようですね。麻痺薬の処方は厳密な計算が必要だ。一般的な人魚と比較して僕は、悔しいですが質量が大きいんですよ。つまり、必要な薬の量も多い。まあ、計算を間違えたのはあのカローンとかいう話の通じない連中かもしれませんが」
     アズールの脚がうねうねと、イデアの身体を這っている。もがいてみたけれど、その力は強くて振りほどけそうにない。助けを呼ぼうにも、タブレットはベッドの上に置き去りにしている。扉は所長代理権限で閉ざしているわけで。ああ、詰みってやつですな。イデアはフヒヒ、と乾いた笑いを漏らした。
     こんなパニックホラーでよくある展開、拙者死亡フラグ立て過ぎましたかな。言われてみれば小物研究者ポジだし、最初に襲われて死ぬに決まってんですわ、この後アズール氏が施設の通気口とかに入って虐殺の限りをしたりするやつなんですよな、完全に。そう考えていると、イデアの頬にアズールの手がたどたどしく触れる。そういえば、目隠しは後頭部に制御部が有るから自力では取れないだろう。目隠しをしたままの、タコ型の人魚に襲われているという構図がなんとも映えて、イデアは他人事のように少し楽しくなった。
    「イデアさん、答えてください。ここはどういう施設で、あなたは何者で、僕をどうしようというのか」
     それは答えられないでしょ、だってそのうち嫌でもわかるし、拙者の口から言わせんでくだされ。
    「そして、あなたは……僕とどういうつもりで、一緒にいたのか」
     その質問は僅かに震えていた。イデアも、答えに窮して息を呑む。だってイデア自身も知らないのだ。アズールをどう思っていたのか。どうしてそばにいたのか。
     一緒にいる時間が妙に心地よかった、それは事実だ。彼がオーバーブロットしたという情報は届いていた。それでも彼と変わらず接し、何も聞かなかったのは何故かと聞かれても、困ってしまう。どうして彼とキスをして、何故彼と何度も体を重ねて熱を分かち合ったのか、それだって未だにわからないのだ。
     ただ、ただ。
     こんなことには、なってほしくなかった。
     イデアが涙ぐんだことも、アズールにはわからないだろう。答えが無いことを応えであると考えたらしいアズールは、「では、こちらが尋問する番ですね」と囁いた。



    「っう、あ、ぅう……っ」
     尋問、と言う割に、アズールのしてきたことは手荒ではなかった。まあ、他の人間にしていたならどうかはわからないけれど。
     身動きができないほどにタコ足で四肢を拘束されたまま、衣服の間に残りの脚が入り込んで蠢いている。よく言ってしまえばワンピースのように無防備な制服の中に潜り込んでいるものだから、ぐにぐにと動いているのは見えても実際に何が起こっているか、外からは見えない。ただ当事者であるイデアにはわかりすぎるほどわかる。先程までの仕返しとでも言わんばかりに、秘部に触れられ、責められているのだ。
     肉感の有る足は見た目よりずっと器用で、上着はそのままに下着ごとズボンは降ろされてしまった。露になった素肌を繊細に撫で回し、味わうように吸盤が吸い付く。未知の感覚にイデアは悲鳴を上げそうになるのを飲みこんだ。ここは防音もしっかりしているから、外に声が届くことなんて無いのだけれど。
    「んんっ、う、く……っ、ア!?」
     くにくにと後ろを探られて、イデアは思わず逃げようとする。そこを使うのは、セックスの時だけだ。どうしてこんな時に、とアズールを見上げる。目隠しをされたままの彼の表情は完全には見えない。それでも、彼がこの状況に興奮しているわけでもなく、ただ尋問の為にそうしているというのは痛い程伝わって来た。
    「や、やだ、」
     先程までアズールの意思に関係無く触れた自分は棚に上げて、声を上げてもがく。いつものならきっと手を止めてくれただろう。いつも通りの夜ならば。アズールはいつだってイデアの身体を気遣いながら、してくれたから。しかし今は違う。ぐにぐにと解しながら、しかし確実に潜り込んでくる足に、自然と悲鳴が漏れる。皮肉なことに、ソコはアズールとの数えきれない夜のせいで、痛みや不快感ではないものを受け入れてしまうのだ。
    「ひ、やだ、やだから、アズール氏……っ」
    「……」
    「やめ、やめて、ひぃっ、こ、こんなの、や、だ、からあ……っ」
     嫌なのだ。嫌なのに、熱っぽい快感が走るのを止められない。それが更に情けなくて、半ば泣きながら拒絶の言葉を連ねると、静かな声が部屋に響く。
    「僕の秘密をあなたは知ったのに」
     あなたはこの上まだ、僕に秘密を見せてはくれないんですか。
     その言葉にイデアは悲鳴さえ飲みこんだ。
     だって、それは。それは無理だよ。君はこの世界で唯一の、僕が、身体を許した人で、だってそう、君に嫌われたら僕はどうなってしまうかわからなくて。いやもう手遅れなのかもしれないけど。君から僕に軽蔑の視線を向けられたり、見放すような言葉を告げられたら正直、僕はおかしくなってしまいそうなんだ。
     だから言えない、この家の事も、僕が、このありふれた「シュラウド」の人間の一人である僕がどういう人間なのか。僕達が何をしていて、これからどうするつもりなのか。言いたくない。言えない。言ってはいけない。
     それならいっそ、僕の知らないところで気付いてほしい。僕の知らないところで僕を見放してほしい。僕に二度と会わずに憎んでほしい。ああでも、だったら僕はどうしてアズール氏を直接調べようとなんて。ここに閉じ込めた時点で、もう関わらなければよかったのに。
     やってることが支離滅裂だ。僕は一体どうなっちゃったんだ。
    「あなたは何を、考えているんですか」
    「アズ、」
    「あなたは何を、望んでいるんですか」
     望み? 僕の、望み?
     どうせどうにもならないこの世界で、僕が何かを望んでるって、君は思うの? 僕が何か、そう、君に何かを望んでるって。僕はそんなもの知らない。ただ、ただ僕は――。
     そこまで考えたところで、イデアは気付いてしまった。
     一人にしないで、ずっとそばにいて。
     その言葉が、いつか漏れてしまった理由を。
    「……っ、やだ!」
     渾身の力で暴れようとした。どうしたことか屈強なアズールの足はびくともしない。このままでは、暴かれる。自分の全てを曝け出すはめになる。それは怖い。嫌だ。イデアは「嫌だ」と繰り返して、身を捩る。そんなイデアを、アズールは決して離さない。
    「どうしてあなたは何も言ってくれないんです」
    「やだ、もうやだ、何も聞かないで!」
    「僕があなたを見限ると思っているんですか、ここまでされてもあなたを責めてさえいないのに」
    「やだやだ、やだ、助けて、オルト!」
     アズールの声をかき消すように悲鳴を上げる。自分の味方はオルトだけだ。他人は怖い。裏切る、脆い、どうなるかわからない。だから怖い。何を考えてどうするかわからないから。どうしてその手のひらがそんなに優しくて暖かいのかわからないから。
    「イデアさん、僕はあなたを、」
     アズールが何か恐ろしいことを言おうとしている。イデアが青褪めた次の瞬間、アズールはくたりと力無く床に倒れた。



     
    「兄さんの緊急呼び出しに応じたんだけど、部屋にはロックがかかってて……カメラも映像は遮断されてたから、ハッキングをかけて被検体Cの座標に魔導ビームを打ち込んだよ。大丈夫、気絶してるだけだから。兄さん、被検体Cに抵抗されたの?」
     突然倒れ込んだアズールの無事を確認して、身なりを整えてから部屋を出ると、オルトが心配そうに見上げていた。
    「大丈夫、……ありがと、オルト。被検体Cの検査は他の人に任せる。兄ちゃんはちょっと休むよ」
    「そうだね、ちょっと心拍数に乱れが有るみたい。眠るなら精神安定剤や睡眠薬を使うのはどうかな」
    「……ううん、ありがと。オルトは他のカローン達に指示をしてあげて。僕は部屋に戻るね……」
     イデアは心配そうなオルトを置いて、のろのろと廊下を歩き始める。
     アズールはイデアを拘束していた。逃げられないほどに。なのに、体の痛みは殆ど無い。あんな状況で加減をしていたのだと知ると、やりきれなくなってまた涙が滲んだ。
     いいや、信じてはいけない。他人が何を考えているのかなんてわかるはずがない、例え行動や言葉が何かを示したとしても、信じるには値しない。信じられるのは科学だけだ。
     そう、そうだ。こんなところで泣いている場合じゃない。
     イデアはふるふると首を振ると、前を向いて歩き出す。
     この魔科学全盛の時代に、オーバーブロットだなんて馬鹿らしい。全ての魔法士が居なくなれば、ブロットも無くなって、オーバーブロットを起こす者もいなくなる。その為には魔法に変わる魔科学が世界を満たさなくてはいけない。魔法なんて無くてもいい世界、そこにこそ、本当の平和と、新しい真実の歴史がある。
     そのためになら、僕は一族と世界の穢れを全て背負ってもいい。僕はそう、世界をひっくり返す。それによって僕は、新しい世界の神になるんだ。
     ……あー、厨二病乙っすわ……。
     イデアは一つ溜息を吐き出して、それから、歪んだ笑みを浮かべて廊下の先へと消えて行った。
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