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    pass➡️すっげえLOVE bomberの誕生日 ほとんどラギぶり

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    ラギぶり
    ・本編とは関係ない日常回
    ・出会ってから半年くらい、5月頃の話
    ・獣人差別の話

    世界革命のふたり 「お前はゴミ溜め育ちのハイエナで、俺は永遠に王になれない嫌われ者の第二王子!なにをしようが、それが覆ることは絶対にねぇ!」


    「…………オレたちで世界をひっくり返そう、か」

     今にして思えば、とんだ子供騙しの幻想だ。魔法は世界をひっくり返すことなんてできやしない、全てを叶える万能の力ではない。そんなことは幼い頃に学んだはずなのに、それでもレオナの甘言に乗せられたのは、彼の王にはそれを成し遂げるだけの力があると思ったからである。乗せられたのではなく自分の意志で乗ったまで。ラギーはあの日、優勝旗を空高くかかげるレオナの横にいるはずだった。
     今でもたまに思い浮かべることがあるのだ。天にも届く歓声が全て自分たちに与えられたものであればよかったのに、と。仲間達の笑い声と、祝杯の宴を。夕陽が地平線の果てまで赤く染め上げる、サバンナの端から端まで全てがラギーたちのものであればよかったのに――と。

    ・・・・

     ラギーが実習先に薔薇の王国を選んだのは別に大した理由じゃあない。「転寮するならどこがいいか」と質問されて、ハーツラビュル寮を選んだ時と同じ。この国では年がら年中お茶会を開いていて、甘いもんが食えると思ったからだ。
     たしかに薔薇の王国には街のいたるところにカフェがある。しかしお茶会というのは親しい間柄で行うものであって、この街にはラギーを席に招いてくれるイカれた帽子屋も、女王の城まで連れていってくれる白うさぎも存在しない。いるのは「私を食べて」とラベルが貼られたクッキーの如く、自らを差し出そうとしてくる女が一人だけ。手掴みで口に放り込めばいいのにも関わらず躊躇しているのは、このまま噛み砕いて呑み込んでしまったら、腹の中で膨れてラギーの中から出てこなくなるかもしれないから。そうしたら困るのは女じゃなくて、ラギーだから。骨まで噛み砕く自慢の牙が使い物にならなくなるのはハイエナの矜持を砕かれるのと同じことだ。
     恋とか愛なんておとぎばなしの心ではなく、なんだかすっかり認めたくない何かが自分の中にいることにラギーはまるで気付かないフリをしている。本来の"抱けない理由"である母親の出産による死………母は父に「このひとになら殺されてもいい」と思ったのだろうか。
     今となってはそんなことはわからないが。

    ・・・

     時刻は十七時三十九分。女王の愛した赤い薔薇を溶かしたような夕陽が街を彩り、例えペンキを塗り忘れた白い薔薇があったとしても首を刎ねられることのない平和な世界が…………あるはずもなかった。

    「……れちゃえば」

     同居人がボソボソと口を動かして紡いだ言葉を、この店内で聞き取れたのは獣人のラギーだけだった。アクリル樹脂でコーティングされた撥水加工のテーブルクロスは、天井から垂れ下がるペンダントライトのオレンジを反射して眩しい。そこに人差し指をトントンと叩きつける同居人の視線は、ラギーの座る椅子の前の本来コップが置かれるであろう何もない空間を見つめており目が合わない。わかりやすく眉間に皺を寄せて左目をピクリとさせた同居人を見ながらどこか他人事のように、コミックで見るような“ピキピキ"という表現は本当なのだと思った。
     同居人の言葉が空気を震わせて音となる。

    「…………潰れちゃえば!?こんなクソレストランは!!」

     事の発端は昨日の夜にさかのぼる。

    ・・・・・

     ユイのワガママはいつもの事だったし、ラギーも聞く気はなかったが、それを拒否しようがしまいが口に出すのが重要なのだとユイは言う。口に出して、それに対してラギーがその時の気分で了承したりツッコミを入れたりすることをコミュニケーションとしていた。
    「ラギーくんのツッコミは愛だから」とユイは怒られるたびに笑っていた。だから、この日のワガママに対してもラギーは「給料日前になァに贅沢言っちゃってんスか」と淡々と理由を述べて断ったのだが、珍しくユイは食い下がってきた。

    「明日は絶対この店で食べたいんだってばあ!もう口が"絶対"って言ってんの!ほら、お腹に耳当てて聞いてみて!?」
    「それは口じゃなくてお腹が喋ってんじゃないスか?」
    「あたしの体なんだからお腹も口と同じ意見に決まってんじゃん!」
    「ラギーくんのお腹は冷蔵庫の中にあるピーマンを早く食っちまわないとって言ってまーす」

     説得するにしてももう少しやり方があるだろと思うが、ユイがラギーを言葉で説得できたことなんて数えるほどしかない。しかし。

    「ほら見てぇ!珊瑚の海の渡蟹のクリームパスタだって。美味しそ〜」
    「くっ!」
    「メインディッシュは日替わりで……鴨のロースト、イベリコ豚のフランクフルト」
    「ううっ……」
    「あ、この店デザートが美味しいっぽい!チョコケーキとかあるよ!」
    「うああ……っ!」

     後ろから抱きついてきて無理やり写真を視界に入れさせられる卑怯な手を使われたラギーに、食欲に抗う術はまるでなかった。かつて卑怯だと罵られた時に「褒め言葉ッスわ」と言ってのけた過去がある。自分がされた時にギャーギャー騒ぐのはダサいことこの上ない。ならば仕方ない、本当に仕方ないが、写真からでも鼻腔をくすぐるような料理を食べたがるユイのお願い事を"聞いてあげる"のが覚悟を決めた男のただ一つの答えだ。別に自分が行きたい訳ではなく、このどうしようもない同居人に付き合ってやるだけ。いつだってラギーに必要なのはユイが押し付けてくる"仕方がない"という免罪符だけだった。

     翌朝、いつもの通勤着よりもやや気合の入ったユイのワンピースの首後ろの紐が左右非対称に結ばれていることがラギーは気になって仕方なかったが、それを直してやる暇もなく「じゃあ夕方終わったらメッセ送るね!」と厚底をひっかけ、玄関を飛び出していくのを歯磨きしながら見送った。ガッガッと階段を降りる音が家の中にいても聞こえてくるのだから、このアパートの防音性などアテにならないなと思うラギー。うがいをして、鏡を見ながら髪を少しくしゃりと後ろに流すと制服のジャケットを手に扉を開ける。そうして、ユイよりも幾分か軽やかな足取りで階段を降りていった。

     ラギーの現在の実習先は薔薇の王国有数の食品会社の魔法研究開発センターだ。冷凍食品を家庭でいかに美味しく食べられるか、そのための氷魔法や加工魔法技術、夏も溶けない冷凍食品などの開発をしている。後者はラギーが「夕焼けの草原出身」という話から出た案であった。この会社に滞在するのも残り二週間だが、食べ物のことを考える時間が職になるのはありがたい話だと思った。
     様々なバイトを経験してきたラギーだったが、今にして思えば社会の構造のほんの一握りでしかない。ナイトレイブンカレッジはお坊ちゃん校で周りは社会を知らないガキばかりだと思っていたが、ラギーもまたそうであったのだと身をもって知らされる。こうして大人になっていくことが嬉しくて誇らしいと、故郷の祖母への手紙に書く内容を考えながら首から下げた社員証を揺らして箒に跨るのだった。

     さて、業務を終えたラギーは普段なら趣味のバイトに勤しむところだったが、今日は別だ。昨晩交わしたユイとの約束がある。まあどうせあの人の奢りだし。損するわけじゃないし、と頭では分かっていても何故か自分の財布から金を出すときのような名残惜しさがあるのは、ユイの財布を自分のものと錯覚し始めているからだということにラギーは気付かない。
     他人の金であると割り切れない感情に名前をつけるとするならば「絆された」としか言いようがないが、こんな異国でよくわかんねー女に絆されるほど甘い男じゃないんスよこちとら、と内心ひとりごちる。
     まるで、ロイヤルソードアカデミーに通うやたらキラキラした王子様みたいな……スラム育ちの自分とは真反対の想像上の優男であったなら、きっと知らない土地でも鳥が食い物を運んできてくれてネズミが水場に案内してくれるのだろう。ラギーのことを王子様みたいだと言った女は、ラギーにとってのネズミなのだろうか。
     森の仲間たちのおよそ何倍かの大きさのその女は、ラギーの心中にも気づかず駅向こうのアスファルトを小走りで駆け寄ってきた。大方、驚かせようと声は出さないでいるようだが足音がうるさいからすぐわかる。つくづくサバンナ暮らしに向いていない女だとため息を吐くと同時に「ラギーくんっ」と声がかかった。今気付きましたよ、とばかりにそちらを向くと、右手で前髪を直しながら左手を軽くあげるユイがいた。

    「おまたせ!絶対あたしの方が早いと思ったのに」
    「インターン生ッスからねえ。十七時ぴったりに帰されるんスよ」
    「い〜いことだねえ……それが社員になったら急に退勤二十一時の日もありますとか言われるんだから世知辛いですよ」
    「え、説明会とか研修とかで言われてるっしょ。流石に」
    「言われませーん。これが会社ってやつのやり口なんだよ、ラギーくん」
    「絶対聞き逃してるだけッスわ」

     自然と歩き出したユイの横を、軽口を叩きながら着いていくラギー。自分は人見知りだからと彼女は言うが、ラギーに対してその素振りは見られなかった。店までの地図を見ながら歩くユイの後ろからスマホを覗き込むと、明らかに方向が違うので取り上げて反対方向に歩き出す。慌てて後ろからラギーの腕に巻き付いたユイが恐る恐る「あの〜……道間違えてた?」と覗き込んできたので、ラギーは「そーッスよ、おマヌケさん」と悪態をついた。これではどちらが歳上かわかったもんじゃない。

     十五分ほど歩いた住宅街の入り口にその店は現れた。個人店特有の少し入りづらい雰囲気を感じ取りながらも、ユイが一歩踏み出してドアを開ける。

    「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか」
    「すみません。予約してないんですけど二人はいれますか?」
    「少々お待ちくださいませ」

     そこまで広くない店内には二組の先客がいた。まあ木曜日だしな、と立地と価格帯からおおよその給料を割り出す下世話な脳内の電卓を稼働させてラギーが暇を潰していると、店員が再度現れる。

    「お待たせいたしました。どうぞこちらのお席へ」

     通されたのは壁側の二人掛けの席だった。「ラギーくん、上着かけようか?」と声をかけてきたのを断って席の後ろに引っ掛けて座る。地元ではこういった店の給仕や結婚式場の裏方バイトなんかもしたことはあるが、客側となるとなんだか居心地が悪くて喉が渇く。早く水を持って来てくれないかとちらりと厨房を見て、悟った。水が来ないのオレのせいかも、と。オーナーらしき中年男性がラギーの方をじっと睨んでいたからだ。
     街中を歩いている時もたまに視線を感じるのだが、世の中には獣人そのものに良くないイメージを持ってる人間もまあ、ちらほらといる。夕焼けの草原ではそもそも王が獣人で人間の方が少ないが、獣人同士ですらイヌ科とネコ科で諍いがあったりするのだから人間と獣人じゃ尚更だろう。スラム育ちのハイエナなんかは、特に。
     だから別に慣れっこだった。飯に罪はないのだから、美味い飯を食ってさっさと退散すればそれでいい。ユイが開いたメニューを覗き込もうとすると、先程の店員がビクビクしながら水を置いた。ユイの方にだけ。そのまま厨房に逃げ帰っていくもんだから、ユイが不審がって「すいませーん、水一個しかないんですけど」と手を挙げるが店員は来ない。
    この状況をユイに察されたくなくて「忙しいんじゃないスか」と乾いた笑みを貼り付けたラギー。普段は調子のいいことしか言わないユイだが、それなりのホテルでエステティシャンをしている女だ。ホスピタリティにはうるさい。

    「良くないよ、一緒に来てる客の片方にだけ水出すとかありえないしコップがないなら一言言うべきだよ。それに、こんなガラガラなのにおかしいじゃん。すみませーん!」

     至極最もな意見をやや大きめの声で言うユイにラギーは勘弁してくれ、と頭を抱えたくなった。蔑まれるのも石を投げられるのもこっちは慣れているのだ。それにアンタ、正義とか善意とか……そういうの似合わねーしガラじゃねえじゃん。そんな風に思っても、呼んでしまった事実は変わらない。厨房でラギーを睨んでいた中年男性がユイの側に立ち、分かっているくせに「どうなさいましたか?」と声をかける。

    「あの、お水が一つ足りないのですが」
    「ええ、当店をご利用のお客様にのみ飲料水の提供を行っております」
    ――オレは客じゃねえってわけね。
    「いやだから二人で来てるんですけど」
    「…………ああ!すみません。当店は"人間"のお客様専用でして」
    ――わかったからオレを見んなっつの。

     ここまで言われれば流石のユイも理解した。ラギーがこの店に歓迎されていないということを。大方、女の前で恥をかかせてやろうとでもしたのだろうか。最初から追い出せばいいものをわざと店内に通すあたり感じが悪いが、ラギーは何も言わない。「お前の喉仏などいつでも噛み砕ける」………口に出すことはないが、強さはラギーに余裕を与えた。
     しかし、ユイはそうではなかった。

    「……れちゃえば」

     店内でその声を聞き取れたのは獣人のラギーだけだった。ユイの前におかれたコップの水垢が気になったラギーはなんとなく視線をそちらに下げると、次の瞬間バランスを崩してコップが倒れそうになる。

    「…………潰れちゃえば!?こんなクソレストランは!」

     水がこぼれるのをすんでのところで押さえ込んだが、テーブルの他の物は無事ではなかった。勢いよく立ち上がったユイが机に手を叩きつけた事によってペーパーの入ったガラスの器も倒れ、中の紙が空を舞う。フォークとナイフ入れは不幸にも壁側ではなく通路側に置かれていたため、中身が床にぶちまけられた。店内の客の視線がこちらに向いていて居た堪れない。ラギーはひとつため息をつくと笑顔の仮面を貼り付ける。

    「まーまーまーユイさん!落ち着いて、ホラ早く出ましょうねー」
    「止めないでくんない!?まだあたし言いたいことあ、んぐ……っ」

     小さく「愚者の行進(ラフ・ウィズ・ミー)」と唱え、ユイの身体を操る。ラギーのユニーク魔法で、自分と同じ動きをさせる能力だ。無理やり口を閉じさせて上着と鞄を引っ掴むと、それにつられたユイが何もない空間に向かって不審な動きをすることになるが、仕方がない。
     去り際に「どーもご馳走様です」と嫌味を一言、オーナーのベルトを抜き取って入り口に向かう。返ってきたのは舌打ちだけであったが、注目を集めていたオーナーのズボンが脱げたことを店内から上がった「キャアッ」と言う声から察し、口角を上げてラギーとユイは店を出た。

    ・・・・・

    「なん、なんで止めんのぉ……!?」
    「当たり前ッスよ、馬鹿馬鹿しい。こちとらこんなん慣れっこなんだからいちいち反応しないでください」

     そう、いちいち噛み付く方が馬鹿らしい。だってラギーはハイエナの獣人で、耳も鼻も効くし牙は骨をも噛み砕く。捕食される側の人間に何を言われたところで「弱い犬ほどよく吠える」ってやつだ。それにラギーは同情されるのがこの世で一番我慢ならなかった。何事もなかったように、気にしないように、今日も明日も笑ってやり過ごす。そうすれば惨めに見えないことをラギーはよく知っていた。しかし。

    「あ、あたし、あたし……こんなに馬鹿にされたの初めてなんだけど……!許せない!あたしのラギーくんに対する侮辱はあたしに対する侮辱なんだけど!」
    「……ん!?ちょっとちょっと!何勝手に人をユイさんのもんにしてくれちゃってんスかァ!?」
    「うるさいなあっ!あたしがこのレストランの金払う予定だったんだからこの瞬間ラギーくんはあたしのもんでしょうが!」
    「何言い出してんだアンタ!」

     ラギーの代わりに怒っているのかと思いきや、止めたラギーにまで当たり始めたユイの言い分はめちゃくちゃだった。だけど、人のためだとか言うやつは信用ならないから、一緒に暮らすならそれくらいがちょうどいい。小人に腹の中をくすぐられるようなむず痒さの仕返しに、ラギーは頭の後ろで手を組んで同居人をからかうことにした。

    「あーあ……アンタが誘った飯屋で食いそびれたから腹減っちまったなあ〜」
    「ご、ごめんってばあ〜……あ、ほらあそこ!あそこのラーメン屋さんで食べて帰ろ!」
    「あの店でも追い出されちゃったら、オレ超ショックで泣いちまうかも」
    「まーたそうやってあたしでストレス発散してぇ。またなんか言われたら、あたしがこんな世界ぶっ壊してあげるから!」

     世界をひっくり返せないことなんかわかってる。だけど、変えることよりも壊すことの方が簡単なのかもしれない。たまのおつかいでさえ任せるには疑わしい、何もできやしない人間の女の言葉に胸がすくような気持ちになった。
     ラギーはナイトレイブンカレッジ生だ。歌を歌っても鳥たちは道を教えてくれないし、食べ物を持ってきてくれる友達のネズミもいやしない。けれども「貴方のために」だなんて、そんな風に寄り添われるのはごめんだから。理不尽な常識と、自己中な同居人と共に明日を生きる。

    ――嗚呼、やはり悪い夢なんだ。ここは薔薇の王国(クインダム・ローズ)。花が咲き誇る不思議の国。うっかり迷い込んでも、出口などはじめから用意されていない。
     前を歩くユイのワンピースのリボンは、やっぱり左右非対称で、この国のようにちぐはぐだった。
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