『つばめくんと夏祭り』「…嘘でしょ…?」
目の前には、自分の置かれた状況がわかっているようで、全然わかっていないであろう小さな王子様がちょこんと座っていた。
「もず…?おなかでもいたいのかい…?」
「…………。」
王子様の過保護な心配も、今は右から左。よりにもよってまさか今日こうなるとは…。数日前の自分に向けて、大きく溜息をついた。
今日から3日間、CAGEからそう遠くない場所で夏祭りが開かれる。慈悲深い司令曰くトリ達への労いだと、祭りに出かけることを許されていた。流石に迎撃部隊全員同時は敵襲等何かあった時に対応ができないため、数組に分かれてという条件付きだが。
…で、一応私達に割り当てられたのが今日だったわけだ。あの王子様がさぞ浮き足立っているはずのこの日に、彼女はまさかのストレスカンストでこの有様。状況がやはりよくわかっていない小さな王子様を摘み上げ、とりあえず食堂に向かった。
「おいモズ……嘘だろ…?」
「確か…今日は私達と一緒におふたりとも夏祭りに行く予定でしたよね…?」
「だから困ってるんじゃないか…。」
「なつまつり!?なつまつりにいくのかい!?」
ハクチョウ君の言葉を聞いて、ただひとりテンションを上げている小さい生き物。
「…………。」
「思い当たる節、あるんだな?」
「…………。」
「モズさん……。」
夏祭りに関してのお達しが来てから、迎撃部隊内はどこか浮き足立っていた。普段どれだけ魔獣を殺し、血に汚れていても、こういうところはやっぱり年相応ってわけだ。でもなんだかその空気が性に合わなくて、当日までツバメくんを避けて行動していた。会ってしまえば開口一番に夏祭りのお誘いが飛んでくるとわかっていたから。まぁ私が直接関わらなくても、みんなが勝手に予定を決めて黙っていても私達が夏祭りに行く日を決めてしまうんだろう。だから無意味な抵抗だと自分を嘲笑ってすらいたのに…待っていた現実はこれだ。こんなに綺麗な因果応報があるだろうか?
「夏祭りに行く約束、ツバメとしなかったのか?」
「…どうせ君達が勝手に決めると思ったからね。」
カラス君が大きすぎる溜息をつく。
「絶対そのせいだろ…。言われてみればアイツ、ここ最近元気なかったよな?」
「えぇ…。いつもと変わらず、明るく振る舞っていらっしゃいましたが…。」
「……………。」
「…今日のつばめのやりたいこと、もうわかってんだろ?…まずはラボに行ってこい。カッコウがなんとかしてくれるだろ。」
「…言われなくともわかってるよ…!」
勢いに任せて廊下に出ると、いつの間にか私の胸のあたりにしがみついていた王子様が不思議そうな顔で私を見上げていた。目線を合わせてやると、溢れそうな笑顔で笑う。
「なつまつり、たのしみだね!もず!!!」
「っ………。」
王子様を落とさないよう肩に乗せ直し、ラボに続く廊下を進んだ。
「あちゃ〜!まさか今日小さくなっちゃうなんてね〜!とりあえずいつものバイタルチェックに行こうね、つばめ。」
「うん!…もず…。」
「…待ってるからさっさと行ってきて。」
「…うん!わかったよ!いってくるね!」
「……………。」
つばめくんは、純粋に夏祭りを楽しみにしている。でも予定通りに一緒に出掛けたとして、その記憶はきっとツバメくんには引き継がれない。
「…それで…本当にいいのかなぁ…?」
「おわったよ!もず!」
彼女は相変わらず、ラボの扉が開いた瞬間に私の顔にへばりついてくる。
「…何?どうしたのその格好…?」
摘み上げると、小さな生き物はよく見慣れた浴衣を着ていた。とはいえ、それを着ていたのはツバメくんだが…。それに、咄嗟に摘んだ時に何か固いものが指に当たった気もする。
「かっこうさんがつくってくれたんだ!なつまつりにいくならゆかたがひつようでしょ?って!」
「………この金具は?」
キーチェーンのようなものがつばめくんの背中に伸びていて、それだけを持ち上げればつばめくんの全身が持ち上がる。
「それは、"擬態型キーチェーンハーネス"さ!ぬいぐるみのキーホルダーのふりをしていれば、少しは怪しまれないだろうからね!」
言われてみれば、こんな風にぶら下げられてるというか、吊り下げられている風のキーホルダーを見たことある気がする…。
「モズもお揃いのツキミユカタに着替えていくといいよ!」
「…わぁ!もずとおそろい!!!」
「……わかったからそんな目で見ないで…。」
ここまでされたら、行かないなんて言えなくなってしまった。
「よぉ、ちゃんと来たな。」
「つばめさんも、浴衣をもらえてよかったですね。」
「うん!」
ストールの中から、つばめくんが顔を出す。キーホルダーのフリができると言われても、結局彼女がここに収まってしまっては無意味なのではないかと思ったが、きっと野暮なんだろう。
「お願いだから大人しくしててね?」
「わかっているよ!もず!たのしみだね!」
「…………。」
「おいモズ…少しは笑ってやれよ。あんたの考えてることも…わからないでもないけどさ…そんな顔じゃあ、どっちのツバメにも失礼だろ?」
「…まさか、カラス君に諭されることになるとはねぇ…。」
「…もず…?」
「…何でもないよ…。」
ストールの上から少し頭を撫でてやると、つばめくんはくすぐったそうに笑った。
普段は人の気配の少ない荒れ果てた街や黒柱と
CAGEの往復が主だった為、こうして人の活気で賑わう場所はかなり久しぶりな気がする。つばめくんを落としてはぐれたりしないよう、さりげなくストールの装飾にキーチェーンをくくりつけて、人間達の波に紛れる。小さな王子様は、立ち並ぶ様々な屋台にいちいち目を輝かせていた。
「何か欲しいものでもある?」
問うてみれば、王子様はきょとんとした顔をした。
「ううん。もずといっしょにいるだけでたのしいよ!」
「……そう…。」
なんて謙虚なことだろう。でもきっと、嘘ではないんだろうな。
「…あっ…。」
そうは言ったものの、王子様の目線があるものに釘付けになったのがわかった。様々な果物が飴色にコーティングされ、キラキラと光る宝石のようなそれに。小さくなった王子様は、いつも以上に嘘が下手でわかりやすい。
「いちご飴、ひとつ。」
「あいよ!せっかくだ、出来たて持っていきな!」
つばめくんにストールを深く被せ、注文を済ませると、まだほんのりと温かいいちご飴が渡される。会計を終えて人波に戻れば、ちょうどカラス君達も焼きそばのパックと綿菓子を持って待っていた。
「もう少し進めばちょっと開けた場所に出る。そこで食うとしよう。」
「はいはい…お気遣いどうも…。」
人波を外れ、縁石に腰を下ろす。王子様は待ってましたと言わんばかりにストールから飛び出した。
「ちょっ!?つばめくんは待てもできないの?」
いちご飴目掛けて飛び出してきたそれを左手で受け止める。つばめくんが食べていても違和感の少ないよう襟元に小さな身体をしまって、数珠つなぎになっている3つのいちごの先端と1番下のものにそれぞれ口をつける。
「きらきらでおいしいね!もず!」
「どうしていちご飴が欲しかったわけ?」
「あかくて、きらきらで…もずみたいにきれいだったからだよ!」
「…君は小さくなっても…そんな甘ったるいセリフを吐くんだねぇ…。」
口の中に広がる甘さも相まって、紅茶が欲しいと思ってしまったことは黙っておこう。
CAGEに帰り着くと、王子様ははしゃぎ疲れたのかすぐに眠りに落ちてしまった。王子様が満足した何よりの証拠だから、きっと明日にはいつものツバメくんに戻っているだろう。あの祭りの喧騒も、甘ったるい飴の味も全て忘れて…。
翌朝目を覚ますと、王子様がどこか落胆した顔でデジタル時計を見つめていた。小さくなった翌日は、いつもこんな顔をする。自分が記憶していた日付とズレている時計の表示を見て全てを理解するも、どこか受け入れられないような…虚しい感覚。特に今日は、一際それが強いのだろう。
「あっ…おはよう、モズ…。」
「おはよう…ツバメくん。」
「…昨日の僕は…夏祭りを楽しんでいたかい?」
「……あぁ。それはそれは本当に…楽しそうだったよ。」
「…そうか…それならよかったよ!」
元に戻っても、やっぱり嘘が下手だ。
「今日はCAGEで待機だろう?エナガやスズメも楽しんでこられるよう、ちゃんとCAGEを守らないとね!」
「…何も無いに越したことはないよ、ツバメくん…。」
「ツバメ!モズ!」
支度を終えて朝食に向かう途中でカラス君に呼び止められる。傍らにはハクチョウ君も一緒だ。
「おはよう!カラス、ハクチョウ。」
「戻ったんだな…。」
「…うん。よく覚えていないけれど、きっとお世話になったんだろうね。ありがとう、ふたりとも。僕が夏祭りに行けなかったのは残念だけど…とても楽しんでいたようだし…。」
「その件なんだが…明日、祭りの最終日…非番代わってやるから行ってこいよ。」
「えっ…!?いいのかい!?」
「あぁ…。その代わり、カモメのお守りも頼むな?タカがいるから大丈夫だとは思うが…。」
「ありがとうカラス!このお礼はいつか必ずさせてもらうよ!」
「………。」
またあの人混みに行くのかと思うと少しうんざりするが、何か言いたげなハクチョウ君と心底嬉しそうなツバメ君の横顔を見ると、何も言えなかった。そしてきっとまた…いちご飴を食べる羽目になるんだろうなと思うと、やはり紅茶が恋しくなった。