いつか星を見に行こう 数年経って、ある写真が有名となる。
とある国の路上ショーで、子供相手に笑顔を向けるゲンの写真だった。そして、ゲンがその子供を引き取ったというニュースを報道したのは南だった。
ゲン本人から確認しているとの事だった。
驚くことに、その少年を連れてゲンは日本に帰ってくるらしい。
だからどうしたと気にしない振りをして、千空はそのニュースをとじた。
……のはずが、ゲンはひょっこり研究所に顔を出した。引き取った子供をつれて。
空という名の子供はとても科学に興味があるらしく、とにかく千空に会いたかったらしい。
復興後すぐの子供は科学好きが多いので、その中の一人かと思いきや彼の生まれは西暦2000年代の最近復活した子供なのだという。親は目覚めることが出来なかったため、ゲンが引き取ったのだそうだ。
「いやあ、俺だと科学の話リームーすぎてさ」
そういってほうりこまれた空はクロムやスイカと共に、2人に負けない科学知識と知能を発揮し、ゼノにも千空にも気にいられて日々を過ごすようになる。
そのうち、ゲンはマジックのツアーがあると半年空を置いて海外へ行った。
空を寂しくさせないように誰もが空に優しかった。
ゲンは帰ってくると全ての時間を空に捧げる。
ゲンが拠点を日本に変えてから千空とゲンが二人きりで話すことはなく、以前の自分の居場所に空がいるのだと千空は嫌でもわかってしまった。
ゲンは見つけたのだ。家族になり得る存在を。恋もキスもセックスもないが、幸せにしたいと思う相手を。百夜のように。
だから千空も空を大切にしようと思った。
ゲンの気持ちには答えられなかったが、ゲンに甘え続けたかった千空の残された望みが空となっていた。
また、ゲンがショーのために海外へ行くらしい。
その間の居住を、自分のところにしてはどうかと千空はゲンに提案する。
ゲンはあからさまに戸惑っていた。
「千空ちゃんの彼女さんに申し訳ないし」
「いねぇわそんなもん」
「彼女さん的な人とか」
「いねぇ……」
「まぁ、いないなら。空ちゃんの教育に悪いことがないなら……あ、いやまって、やりすぎ科学知識は年齢にあわせてよね」
「俺基準でいいか?」
「……いいよ」
そんなやりとりが、いつぞやの関係を思い出させて千空は少しだけ安心する。ゲンがさぁあまえろと勝手にしてきたあの日々を思い出して、ゲンが恋しくなる。
千空にとってゲンは実家のような存在だったのかもしれない。
百夜は父親で、ゲンは家だ。家の中に入れば、怖いものなどない。世界から囲ってくれる暖かい場所。
空にもそんな場所を作ってやらねばと思った。
半年でもとってくるといったゲンが戻ってこない。
不安がらない空に千空が声をかけてみると、ゲンは時たまこうして帰ってこないのだという。
彼らしくない。
千空は龍水に探りを入れた。
すると、観念した龍水は空と千空をとある施設に連れていく。
「半年前、腫瘍の影響で頭痛が酷くなり倒れたっきり、容態が良くない」
龍水はそう言ってゲンのことを話した。
腫瘍があること。海綿上血管腫というもので、手術すればなおるが言語中枢を傷つける恐れもある。
手術中に脳を覚醒させて言語中枢を見つけて手術をするという難易度の高いもので、まだ医療レベルがこの手術が出来るまで戻ってないことも告げられた。
言語はゲンにとってあまりにも大切なものだ。
だから手術をしない。
そう決断したゲンは、時たま入院して経過を観察していたらしい。
空は静かに泣いて、ゲンの手を握る。
その気持ちを千空は理解出来た。
そして、せめて自分には病気のことを言って欲しかったと思う。ゲンのそばが欲しい。ゲンと一緒にいたい。そこにゲンが以前伝えてきた恋心は全くない。けれど千空にとってゲンは何にも変え難い人に違いない。
百夜と同じな訳では無いが、空にとってゲンは千空にとっての百夜と同じであることは分かる。
そして、その役割を千空に担ってもらうとしているのも悟ってしまった。
そんなことさせてたまるかと思う。
目が覚めたゲンは見つかったかぁと笑った。
空はゲンから離れず、泣きもせずゲンの体調を気にしながら平常心を保っていた。
だから、千空が感情的になることにした。生きろよと。ホワイマンを使うことも提案したが、そういう話では無いと断られた。
だから、千空は空とゲンの手術ができる人を探した。さがして、さがして。
ゲンの手術日が決まった時、ゲンは珍しく弱気になっていた。
話せなくなったら、何も分からなくなったら、本当に自分はちっぽけな人になるんだろうなと。
「そうなったら俺が面倒見てやる」
「えー、千空ちゃんだけはやだなあ」
「んでだよ」
「うーん、千空ちゃんが好きだったからかな。そばに居て、何も出来ないのに先に進む千空ちゃんを見るのはきついよ」
「ならねえよ、そんなことには」
「なるよ。なってたじゃない」
「……ならせめて、して欲しいことをいえ」
「ないよ。本当に何も。何も無い」
ゲンはそのまま手術室へ向かっていった。
手術はなんとかおわり、成功だと報告される。
その中で、覚醒しきってないゲンが「明日こそ星を見に行こうね」と繰り返した。
宝島へ向かう前、告白された後にした約束が蘇る。
振った千空にゲンが望んだのは、時間がある時に2人で星を見ようというものだった。
その約束はあまりまもられなかった。
「いこうね、ゲン」
そう返したのは空だった。
この約束は、空ともしていたらしい。
既にゲンからは望みを伝えられていたのに、それすら忘れて。千空は湧き上がる感情のまま、ゲンと自分だけの証が欲しいと呟く。
「……、ゲンが、千空だって言って笑う星があるよ」
空は窓辺に行って夜空を指さした。
赤い赤いアルデバランは、後に続くものという意味らしい。
何を思ってゲンがアルデバランを千空だと言うのかは分からない。でもゲンが大好きな星だと空はいった。
「俺の星はってきいたら、今度ねってはぐらかされたままなんだ」
だから、ゲンの星は千空だけだよ。
千空はゲンが提案してくれた天文台を思い出す。
いつもいつも先回りされている。
千空は愛おしさに涙が溢れた。
「……、好きだ」
「それ、俺じゃなくてゲンにいわないとね」
そういってゲンと千空を繋ぐ小さな掌は熱くて力強くて、守りたい存在だった。