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    既刊本 その①【ひび割れた世界で願う】のサンプル
    現パロ。
    後悔を残して死んだ💧が、前世の記憶を持ったまま転生して🔶に出会う話。
    ※死要素、転生、流血、捏造有

    ひび割れた世界で願う 煩いぐらいの電車の音も、雑踏も、少しばかり眩しい日の日差しも、何もかもがどこか遠くの世界に行ってしまったような感覚の中、青年の手からはスマホが滑り落ちた。カシャンという音が響き渡り、跳ねたスマホはスニーカーの上に乗る。そんな奇跡みたいな出来事さえ気が付かないままに、スマホを落とした青年は口を開いたのだ。
    「しょ……」
     そこまで紡いだ音に、青年はハッとして口を噤み、落ちたスマホを拾い上げる。その間にも額からは汗が滲み、バクバクと鳴り響く心臓の音が体内に木霊していた。脳内が上手く情報処理を行ってくれず、青年は唇を噛み締めたが、それでも何も変わらない。顔を上げてしまえば、視界に映るのは懐かしい顔なのだ……。あの頃と何一つ変わらない……懐かしい顔。そう思いながら顔を上げれば、やはり何一つ変わらない端正な顔がそこにあった。
    「大丈夫か?」
     あの頃と何一つ変わらない優しくも凛とした声に、長い髪。あれから、どれだけの年月が経過していると思っているのかと脳内で悪態をつきながら、青年は困ったような笑みを浮かべた。彼が生き続けていたのか、はたまた、他人の空似か、生まれ変わったのかは知らないが、悟られるわけにはいかない。
     凛とした表情は同じでも、ここはあの場所とは違うのだから。同じように生きなくても良いのだ。自分も彼も、別々の道を歩んで幸せになれる。

     それが、きっと一番幸せなんだ。

     青年はそう考えて、ふっと視線を下にさげた。あの頃と同じように絡み合う視線から逃げて、彼にしては軽装なその恰好をぼうっと見つめる。深めのブラウンの上着に、黒いズボン。全てがあの時を彷彿させるのに、世界が、風景が……音が、全部が、あの時とはまるで違うのだ。
    「大丈夫だよ。あまりにも綺麗なオニイサンが居たからびっくりしちゃって」
     へらへら笑いながらそう言った青年に、目の前の男は訝し気な顔をしてスマホを見つめる。スマホの画面は落下の衝撃で割れていて、とてもびっくりしただけの反応とは思えない。そう考えている事が青年にも伝わったのか、青年は手に持っていたスマホを無造作にズボンのポケットに突っ込み、そのまま逃げるために踵を返そうとした。
    「待ってくれ……!」
     そんな青年の足を止めるように、男は声を上げて青年の手を掴む。あまりにも温かい体温に、憎悪や悪寒ではなくて、青年の瞳からは涙が溢れそうになった。あの時、あの場所の人間とは違うのに、彼にまた出会えた気がして嬉しかったのだ。会いたかった。ずっとずっと前から……。でも、会えないと分かっていた。

     もう……とうの昔に繋がりが絶たれていたから。

     だからこそ、偶然彼に似た人間に出会ってしまえば、涙が込み上げてくるのは何となくわかっていた。違う人間だとしても、彼にあの時の記憶が無かったとしても……それでも、新しい人生を幸せそうに生きてくれていると確認出来て本当に嬉しかったのだ。
     そこに、自分は要らない。もう……自分は要らない。これ以上……先生の幸せを壊したくない。
    「どうしたの……?」
     溢れそうになる涙も、震えそうになる声も、全部堪えて後ろを振り返れば、少しだけ心配の色を見せる男がそこに居て、青年は息を飲んだ。何度も見たことあるその表情が、青年の中に残っている記憶を刺激する。
     世界を歪ませ、場所を忘れさせ、青年をあの場所へと引き摺り落とそうとしているようで、青年は地面に付いていた足にぐっと力を入れた。背中は汗びっしょりで気持ち悪い。でもそれ以上に……、もう何の繋がりもないこの男に縋りたい気持ちになっている自分が気持ち悪いのだ。
     今の自分は何者でもないただのタルタリヤだ。あの名前はあの時代に置いてきて、戒めなのかこの名前だけしか持っていない。彼の興味を引くようなものを何一つ持っていない自分しかいない。
    そう、意識を遠くにしながら考え込んでいたタルタリヤの耳に、男の声が届いて、タルタリヤはハッと男を視界に入れた。相変わらず困ったような、心配そうな顔をしている男は、タルタリヤの手を掴んでいて、その手は痛みを訴えるほどだった。
    「すまない……。スマートフォンの画面が割れてしまっただろう? 修理代を出させてくれ」
    「え? あ、いやいや! 俺が勝手に落としただけだから! 気にしないで! 本当に」
     そう言いながら、掴まれた手を自由にしようとしたが、男の指も手も石化でもしてしまったのかと思うぐらい硬く重く外れなかった。綺麗な琥珀色の瞳は少しだけ潤んでいて、どこか子犬のような雰囲気まで醸し出している始末。逃げる場所など、最初からどこにも無かったのかもしれないと悟った自分が居て、タルタリヤは少しだけ顔を歪めた。
    「そうは言わないでくれ……。この場所で下車したということは、君はこの先の大学に通っているんだろう? 大学生の財布事情を考えると、スマートフォンの修理代一つだって軽いものではないだろう」
     その言葉に、タルタリヤは確かにと思った。今年の春から大学に通い始めたばかりのタルタリヤにはそこまで余裕がない。出来れば無駄な出費はしたくないというのが本音ではあるが、それをこの男が代わりに負担するというのは嫌な話だ。まるで前回と逆になったみたいで酷く腹が立つ。
    「本当に大丈夫だから。あなたのせいじゃないし……」
     そう言っても、目の前の男の表情は依然と変わらない子犬のような表情で、タルタリヤはどうしたものかと溜息を零す。

     出来れば関わりたくないのだ。この男とは。
     自分の知らない所で幸せになって欲しいと願っているのに、上手くいかない。
     関わらなければ、しがらみもなにもかも無くなるのに。苦しむ胸も、絶望も何もかも忘れられるのに。

     それでも、子犬のようなその姿を見たら、この手を無理矢理解こうとは思えなくなるのだ。最期の最期まで、何一つ幸せな想いにさせてあげられなかった負い目からか、純粋にこの男に弱いからか……。あの時の自分に感情を引き摺られているタルタリヤには分からなかった。
    困ったように眉を寄せ、掴まれたままの腕をじっと見つめるタルタリヤに気が付いた男は、申し訳なそうにその手を離した。
    「す、すまない。痛かったか? 本音を言えば、俺もお前を見た時に綺麗だなと思ってしまったんだ。だから……もし、お前が良ければ仲良くなりかったんだが……」
     困ったように眉を寄せたまま、それでも嬉しそうな笑みを浮かべた男は、そう言って先程まで掴んでいたタルタリヤの手を優しく握った。温もりを感じるようにそっと繋がれた手を見つめたタルタリヤは、その瞬間、深い息を吐いて、呆れたように笑うしかなかった。
    「仕方ないな……。財布が厳しいのも事実だし、甘えさせて貰おうかな?」
    「! あぁ! ぜひ、甘えてくれ。今から講義だろうから、またこの場所で待ち合わせよう」
     花が咲いたような笑みを浮かべた男は、そう言ってスマホを取り出し、タルタリヤのスマホが使えない事に気が付いて困ったような顔をする。そんな男の姿に、タルタリヤは声を出して笑って、スマホをタップした。
    「画面は割れているけど、まだ使えるよ。連絡先交換しようよ! あ、そう言えば名前は? 俺はタルタリヤ」
    「……スマートフォンがまだ使えるようで良かった。俺は、鍾離だ」
     連絡先を交換しながら聞いた名前は、とても懐かしいもので、タルタリヤはスマホを見つめながら唇を噛み締めた。割れた画面にしっかりと映し出されている文字は、あの時と何一つ変わっていない。車の音や電車の音が犇めくこの世界で、何一つ変わらないものがここにある。
    「はい。これで大丈夫だね。また講義が終わる頃に連絡するよ」
     スマホから顔を上げたタルタリヤは、笑みを作ってそう言った。溢れそうな涙も、暴れ出しそうな感情も全て抱えて笑ったタルタリヤに、鍾離は少しだけ不思議そうな顔をしていたが、出会って数分の関係だ。踏み込んではこなかった。
    「そうしてくれ。必ず返信する。ではまた……後でな」
     少しだけ名残惜しそうにそう言った鍾離は、目を細めて困ったように笑い、そのまま背を向けて歩き出した。その瞬間、世界には音が帰って来たようで、タルタリヤはうるさいぐらいの喧騒の中で、深い深い息を零す。
     足が馬鹿みたいに震えている。手には汗が滲んでいる。煩い筈の音が、今だけは安心材料になっていて、タルタリヤはそんな喧騒の中ふらふらと歩き出した。

     出会ってしまった。彼に……! ……鍾離先生に!
     会いたかったけど、会いたくなかった。嬉しいけど、嬉しくなかった。

     溢れ出す涙をどうすれば良いのか分からない。この体は本当に、あの体と違って傷一つなく綺麗だ。感情が簡単に揺れ動いて涙が零れてしまう程に、綺麗で……綺麗で、自分には勿体ない。あの体が良い。あの体であれば、こんなに直ぐに涙を零さなかっただろう。へらへら笑って乗り越えられたはずなのに。
     そこまで考えたタルタリヤは、突然胸を押さえて駅の壁へと身を預けた。はぁはぁと荒くなる息に、笑みが零れ、行き交う人の事など気にせずに、涙に濡れた顔を上げた。
    「きっと、出会わなければ幸せだったよ」

     自分の最期を忘れた日は一度もない。
     槍に胸を突かれ、死んだあの日の事は。まだこの胸はじくじくと痛んでいる。
     泣き顔も、苦しそうに見つめる瞳も……。

    今度は絶対間違えないから。

    そう呟いたタルタリヤは、ひび割れたスマホを指でぐっと強く押した。その瞬間スマホは音を立ててガラス片を落とし、タルタリヤの指を傷つける。視界に映るのは、見たことも無いような壊れかけの電子機器。この電子機器が、彼からの着信を告げる日は来ない。
    これでいい。これで。
    「幸せになって欲しいんだ……。鍾離先生……」
     亀裂の入った世界の中、タルタリヤは大学に向かうべく歩き出した。じくじくと痛む胸に顔を歪め、指から流れた血をそのままにして。
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