「甘噛み」 リビングのデスクに広げた資料とパソコンを前に、おれが仕事に苦しめられていたとある深夜のこと――きい、と扉の軋む音が静かな空間に響いた。はっとして振り返れば、ドアの隙間から室内を覗き込むパジャマ姿の恋人の姿が見えて、おれは目を細めた。
「ユウリ。どうしたの?」
「……ヴィクトル、まだ寝ないの?」
意思の強そうな眉が、かなしげに下がってるのを見て、罪悪感が刺激される。
「うん、ごめんね。もうちょっとかかるよ」
「さっきも、それ聞いた。ねえ、ヴィクトル。もう今日は一緒に寝ようよ」
おれの返事に、勝生家の末っ子は少しだけ唇を尖らせて裸足の足でペタペタと部屋の中に入り込んでくる。
おれの隣に座り、ぎゅっとTシャツの裾を掴んでくる恋人の仕草に気持ちがゆらいだが、拒絶には聞こえないようにできるだけ優しい声で言った。
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