「久しぶりに来たな」
藤色の髪を持つ青年が、山中の祠を訪れた。祠の戸を開くと、中にある鏡は割れかけている。嫌な気が漏れ出していた。それを確認して、青年は戸を閉める。そこに足音が響く。
「お客さんかい?」
青年は呪文を唱えながら振り返る。途端、辺りに彼岸花の海が広がった。そこから立ち上る匂いは甘く死に誘う。匂いを嗅いだ足音の主は力なく倒れた。その姿を見下ろして、青年は呟く。
「厄介だな……」
青年は九尾の狐を呼び寄せ、人間を運ばせる。そしてまた祠に向き直った。青年の胸中にはひとつのことしかない。彼のため、すべては彼のためだ。そのために青年は力を求めてきた。たとえ彼が自分のことを忘れていても──。
「待っててね、司くん」
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