浅観音探偵事務所、だよな?満邦は事務所のソファーベッドで眠り込んでいたのを、腹の減る匂いで起こされた
コトリ、と皿がテーブルに置かれると頼んだ覚えがない塩気のする鶏ガラの香りが鼻に入ってくる
満邦は身体を起こして、匂いの先を見た
「荒仁、いらっしゃい」
目と鼻の先にあるチューチュー飯店から、弟の幼馴染み、荒仁がまかないのチャーハンと中華スープを運んできていた
「お邪魔してます」と、またコトリと音を置いた荒仁は湯呑みもマグカップの場所も知っている
ポットから注ぎ、我が家の様に、自分で自分の昆布茶を淹れて飲んでいた
届けてくれた荒仁の料理に手と手を合わせる
「旨そうだ、いただきます」
まともに昼食を取らなかったので丁度良かった
探偵業だけでは成り立たず、ここ最近は夜間のアルバイトを続けていた
満邦はチャーハンから口に頬張った
「旨い……」
ゴロゴロとした濃い味の焼豚が身体に染みてくる
こういう疲れている時に、飯を届けてくれる弟の幼馴染みには頭が上がらない
「(洗濯もしてもらえたら……)」などとは、思っても口には出さないでおく
もぐもぐと食べる満邦の真向かいへ座る荒仁
接客用のソファーが気に入っているのか、事務所ではだいたいの定位置となっている
だが、今は何故かソワソワと落ち着きがない
キョロキョロと目線は何度も往復して泳いでいる
「……なぁ、満邦兄ちゃんは"本気町の幽霊屋敷"って知ってる?」
モゴモゴと小声で、荒仁は言った
「今度は"本気町の幽霊屋敷"を記事にするのか?」
荒仁は実家の中華料理屋を手伝う傍ら、フリーのライターをしている
活動内容は主にブログになってしまうのだが、多趣味が高じて、音楽雑誌、料理雑誌にも小さいながらぼちぼちと掲載経験がある
特に、高校生だった頃の体験を書いたオカルト記事は未だ閲覧者が多いようだ
「そう! "幽霊屋敷"に人が消えてくヤツ」
管理者不明で空き家同然の二階建て一軒家が住宅街の奥にある
垣根は伸び放題、膝まである雑草は踏み荒らされて獣道のよう
壁には蔦や葛、野薔薇が這っている、というより覆っている
それだけならば、ただ雑草を刈れば入居可能な気もするが門構えが変わっていた
住宅街に似合わない大きな門
それは、鳥井を模したような、十字架を合わせたような、不思議な形状だった
その一軒家には来訪者があっても帰る人間はいない、というのが"本気町の幽霊屋敷"の噂だ
「あんな怪しい所、行かない方が良い」
「だよなァ……、兄ちゃんは行くな、って言うよなァ……」
満邦はまたチャーハンを咀嚼した
△△
それでも、荒仁は"幽霊屋敷"の記事が書きたかった
ある出版社に持ち込んだ時、チラと見かけた姿に思わず「まほろちゃん?!!」と大声を上げてから、荒仁の世界は高校生だった頃にタイムスリップしていた
まほろは、元はかわいい雑貨カタログ等の部所にいたようだが、何の因果か荒仁がオカルト記事を持ち込んだ先にチーフとして配属されていた
まほろからは最初、他人の振りをされたが観念して今では仕事の話だけはキチンとするようになった