徹郎さんが亡くなった。
涙は出なかった。寂しくない訳では無いのに。
”約束”を果たせた少しの安堵や、各所への連絡とか…とにかくやることが多かったから自分の感情よりもやるべき事を優先した…んだと思う。
診療所や村の皆、一也や宮坂からも心配された。
「譲介、大丈夫か?」そんな気遣いの言葉に
僕は大丈夫。気を使わせて悪いな、と返した。
炎に焼かれ、骨壷に収められた彼をそっと抱く。
生前は僕よりも大きくて、同じくらい重たかった彼が今では僕の両手に収まるくらい小さく、軽くなってしまった。
あなたが亡くなってから、49日。
冬の寒さが薄れ、ほのかに暖かくなり始めた頃。
相棒と呼ばれていた猫の写真の横に飾られた、
微笑むあなたと僕の思い出の写真を撫でる。
もう、49日。そんなに経ったのか。
そして、ふと思い出す。
2人と1匹ですごしたこの部屋の思い出。
寄り添い寝た、いい匂いのふわふわベッド。
左手薬指を飾る、揃いの結婚指輪。
春の日差しに照らされて、
柔らかく微笑むあなたの眩しい笑顔を。
そして、気づいてしまった。
1人で過ごす部屋の広さ、
もう自分の匂いしかしないベッド、
僕の首元で揺れるあなたの結婚指輪、
窓から差し込むやわらかな春の日差しに。
気付かないふりをして、目を背けていたものに
気づいてしまったんだ。
「ああ、もう……いないんだ………」
じわりと目の奥が熱くなって、
涙がとめどなく溢れ出す。
気づきたくなかった。認めたくなかった。
もっと一緒にいたかった。
あなたのいない世界は狭くて、寂しくて苦しい。
声をあげて感情のままに涙を流す。
あのマンションで過ごした最後の日のように。
また、僕は1人になってしまった。
でも、あの時とは違う。
もうあたらしく思い出をつくることはできないけれど、今の僕にはあなたと過ごした最愛の日々の記憶がここにある。
だから…1人でも生きていかなければならない。
それがあなたの最後の願いなのだから。
ふわり、窓の外から入り込んだ優しい風が
頬を撫でた気がした。