たべるときは その日、七海は名前以外は何も知らぬ街にいた。出張である。さっさと任務を終えたはいいが、迎えの車がくるまで時間もある上、昼すぎという時間を一度確認してしまうと腹が減ってしかたがない。とにもかくにも腹を満たさなくては。七海は店を探しに街をうろつきだした。
今日の任務はそこまで激しいものではなかった。スーツもほとんど汚れていないし、ジャケットとスラックスを軽くはたけば眉間の皺の深さとネクタイの派手な柄以外に気になることはないサラリーマンのできあがりである。ただし、生まれつきの鮮やかな金髪やサングラス越しの瞳の色などは目立つとも言え、時折うっとりとした視線や感嘆の吐息がもれることもあるが、七海はそういったものに一切気がついていなかった。なにせ今の七海とって重要なのは昼食である。はらがへっているのである。人々の視線を切るように大股で歩き、人々の吐息をものともせず視線をめぐらせていると、ふと、大通りに面したビルの一階に入っている店が目に入った。目立つ場所にあるわりに看板はちいさくひかえめで、外観はむき出しのコンクリートに細長い板が数枚はられている、シンプルでありながらこだわりが見えるものだ。大きな窓ガラスから見える店内はあたたかい明かりと立派な木目のテーブルが目立ち、奥に見えるカウンターを見るあたり、コーヒーがメインのカフェであることが分かる。カウンターの背面の壁にそなえつけられた板を渡しただけの棚にびっしりと置かれたコーヒー豆を眺め、ここにしよう、と七海は思った。
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