恋人のあり方「なるほど、だからこんなとこでやさぐれてたのか」
「……」
どこかの山に流れる川。その河川敷に座り込み、いじけた子供のように頬を膨らませる春鈴を見つけた。
先程、煌士と純平が遊んでいる所に自分が割り込み&威嚇、それに純平が煽りをかましたことで事態がヒートアップ。ダイキや周りの人が止めようとしたが、物騒な物言いを火蓋に戦闘を始めようとしていた為、煌士による全力パンチを喰らい見事クリーンヒット。
気絶した直後に目を覚ますと二人の姿は既になく、「ちょっとは我慢しろ馬鹿が!」という煌士からの伝言と共に少し頭を冷やしてくれば?とダイキから提案され、トボトボとここに来た。
…というのが事の顛末らしい。俺はダイキに様子を見てて欲しいと急遽お願いされたため詳細を知らなかったが、当事者からの説明でよく理解できた。
「まぁ、今回はちょっと春鈴くんに非があるかな。好きな人が友達と遊んでるのを邪魔するのは流石にまずかったな」
「でも元はといえば最近煌くんが俺に構ってくれなかったのが原因で…!」
「気持ちは分かるが、それでもだ。時には我慢して大人な対応をすることだって必要なんだ」
「それは分かってるけど…」
説教を聞いても尚納得できない様子の春鈴。少々厳しい言葉になってしまったが、ちゃんと事実を説かなければ彼は理解してくれないだろう。そういう意味で言うと、彼にはまだどこか、子供のような幼さが残っているように感じる。
「…龍之介くんは、我慢出来るの?」
「ん?」
「ダイキくんと暫く触れ合ってなくて、そんな時にダイキくんが他の男と話したら、モヤモヤしたりしないの?」
(俺ならどう感じるか、か)
「…そうだな、そういうシチュエーションでモヤモヤしないって言ったら嘘にはなるな」
「でしょ?」
「あぁ。でも、最近はあまりそうはならないな。あいつと同棲するようになってからは一緒に過ごす時間が増えたし、元々一緒に居ることが多かったからな。恋人不足になるようなことは滅多に無い気がするよ」
「惚気ですかソウデスカ」
意見を聞いたはずが、自分たちは常にラブラブですよマウントを取られたような気分になり、更に顔をげんなりさせる春鈴。
すると、先ほどまで機嫌よく話していた龍之介の顔が徐々に曇っていくのが目に入った。
「今はそんなだが、学生の時は今みたいに心に余裕が無かったと思う」
「何で?」
「そん時はまだ、相手に好きとか愛してるとか伝えてなかったからな。胸の中に想いをしまって、あいつの護衛に徹してたんだよ」
「へぇ、龍之介くん奥手だったんだね」
「まぁ…な。でも、あいつに対して執着心が強かったのも否めない。実際、あいつと仲睦まじく話している奴を見かけると何とも言えない感情が湧き出てたしな」
そう、あいつを愛していると自覚した時から渦巻いていた、己の中にあるドス黒い感情。純粋な愛とは違った、相手に執拗なまでに絡みつく『何か』が自分に宿っていたのは事実だ。
とても他人には見せられない愛し方。番に対して執着する竜人の『愛』がこんなにも苦しくとは思ってもみなかった。彼の選択、生き方を尊重しようだとか考えてたくせに、結局は利己的な想いをぶつけてしまったのだ。
でも、あいつはそんな俺の『愛』を受け入れてくれた。
自分も一緒だと告白され、とても高揚した。俺の気持ちを理解し、決して否定することなく、俺と共に生きてくれることを誓ってくれたのが、何よりも嬉しかった。
あの時俺に向けてくれた真っ直ぐな瞳が、今でも脳裏に焼き付いている。
「…ダイキの懐の深さには、感謝してもしきれない。だから俺もあいつの全てを信じて、生涯愛し抜くと誓ったんだ」
「ふーん…」
ダイキとの愛について語る龍之介に目線を向けながらも、どこか心ここにあらずといった様子で話を聞く春鈴。
そんな彼の方に向き直り話を続ける。
「そして、そこから意見や悩みを正直に話し合うようにもなったな。お互いの気持ちを尊重したいっていうダイキからの要望でもあったし、付き合う以上俺自身もあいつに隠し事はしたくなかったしな。だから春鈴くん達も、互いに思うところがあったら正直に伝えてみろ。その方が不満やら何やらが溜りにくいはずだ」
「そうだねぇ…考えてみるよ。謝謝」
「ん。まぁ、決してこれが正しいという訳じゃないが、これも一つの恋人のあり方だと思ってくれればいい」
「そうする。…それにしても、二人とも純愛で本当に羨ましいよ。“俺達はそういかないからな~”」
「…もしかしてだが、煌士くんに伝えられない秘密があったりするのか?」
春鈴くんの発言が気になり質問してしまった。
発言だけじゃない。俺が話している間もどこか空返事であったし、何より先ほどから春鈴くんが纏うオーラに焦りや不安を感じる色が混ざっていたのも理由の一つだ。
「…だったら何?」
「!…いや、別にどうもしない。気分を害したなら謝るよ」
「ううん、別に大丈夫だよ。こっちこそ、相談してもらったのに変な態度取ってごめんねぇ」
「いや、構わない。軽々しく踏み込んでほしくない秘密の一つや二つぐらい、誰にでもあるもんな」
昔の俺も、そういったことがあったしな。これ以上聞くのはやめておこう。
「…ありがと。さーてと、そろそろあっちに戻りますか」
「そうだな。随分話し込んだし、もう戻らないと向こうが心配するだろう」
「煌くんは俺の心配なんてしなさそうだけどねぇ」
「そう言うなって。それにダイキが上手く宥めてくれてるだろうから、戻ったら正直に気持ちを話してみろ」
「うん、そうしてみる~」
少し上機嫌な足取りで帰り道を歩く春鈴くん。単純だな、などと思いながら俺も彼の後ろをついていくように歩き始めた。
ダイキ達の元に帰り着くと、煌士くんが隣で待っているのが目に入った。
俺達を見つけるや否や、すぐに春鈴くんの元に駆け寄り謝罪していた。普段あんな風にあしらっていても、恋人を放っておいたことに関しては申し訳ないと感じたのだろう。 春鈴くんも秒で許し、すぐさま煌士くんを抱き締めていた。公衆の面前でハグしている所を見られ、煌士くんは顔を真っ赤にしながらもなんだかんだそれを受け入れていた。俺達含め、周りもその様子を微笑ましく眺めていた。
「どうやら一件落着したようだな」
「そうっぽいね。お疲れ様」
「ああ、お互いにな」
そう言ってダイキと拳を軽く突き合せた。
それにしても、春鈴くんに質問した際に彼が放った刹那的な殺意、俺はあれが少々気になっていた。瞬間的であったにも関わらず、無意識に刀に手を伸ばしていたほどだったからな。
あれほどの殺意を向けるほどに彼が隠したい秘密。一体彼は何を抱えているのだろうか…?
…ま、あの時にも言ったように、知られたくない秘密にズカズカと足を踏み込ませるような真似はしない。俺はただ、ダイキと共に彼らの行く末を遠くから見守るだけだ。