サイダー。##サイダー。
どこまでも続くような高く青い空に透かしてみれば、ひやりと冷えた瓶の中のサイダーがちゃぽりと揺れる。
「お、ラムネやん。ええなあ」
おばさんに貰ったん?と薄く笑うのはきっとこの人、最近よく顔を出してくれるようになったおとこのひと。真島吾朗と言うお兄さんの癖なんだろう。
少し悪い人のような気がする。けれど、とても優しい。そして、タバコの匂いのする人。そして何故かこの真島と言う人の側にいると熱くなって、心臓がドキドキと煩くなる。
今日は雲ひとつ無い、とてもいい天気で。とてもとても暑い日。それなのに、せっかく園長先生である富子さんに冷えたサイダーを貰って一人縁の下で飲もうと思ってたのに。真島が来たらきっとサイダーの味もよくわからなくなってしまうかもしれない。と、まだ小さい手のひらを冷やす瓶をきゅ、と握る。
「ここのビー玉がええねんな、風情っちゅう音がする」
夏の音や。
言われて、瓶を軽く揺らせばチリンとビー玉がガラス瓶にあたる涼やかな音がした。
「ほんとだ」
「そやろ、なぁ、一口くれや」
「え」
一口くれとは、自分の飲んでいたこのサイダーの事だろうか。いや、それ以外はありえないのだけれど。
真島のお兄さんが、自分の口のついた瓶に口を付ける。それを想像しただけでどくりと心臓が大きく跳ねた。間接キス、になってしまう。そう思った瞬間には手のひらからラムネの瓶が奪われてしまっていた。
「あ」
いちさな声と共に視線はゴクリと言うサイダーが喉を通る音と、自分にはまだない喉仏が上下する光景。太い、大人を思わせる首筋に伝う汗と、黒髪が微風に揺れる様。青い空を背景に瞳に映る真島はとても大人に見えて、格好良く思えて。じわりと額に汗粒が滲んだ。
「美味い!たまにはええなあ。サイダー」
ほい。と返された瓶を受け取って、つい見下ろしてしまう。丸い飲み口。青い瓶。そこに真島の唇が触れた。そして、返されたと言う事は、残りのサイダーは自分のものなのだ。と言う事は、この真島の唇がふれたところに、今度は自ら唇を付けなければいけない。と言う事。
「……ぅ」
暑い。 熱い。 溶けてしまいそう。
ちらりと隣を見れば雲ひとつ無い空を見上げながら、いつものタバコを咥えている、自分を熱くする人。
いつものタバコの香りが隣から流れてくれば、きっと自分はもっとドキドキしてしまうのだろう。
まだ、火は付けられていない。
ぽとりと、瓶から一粒水滴が落ちた。