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「あっついなあ」
エアコン下げるか?と設定温度26度のリモコンを持ち訪ねる。たしかに、梅雨が明けたと言っていたにも関わらず外の雲は重い。今日一日中、今にも雨が降り出しそうな気がしてならず、洗濯物をつぎ晴れた日へと見送った。
「いや、このボロいエアコンがアカンのやと思うわ」
ちらりと見上げれば、年季の入った、ヤニに焼けた色をしているエアコンがカタカタと音を立てていた。全てを捨てて、この世から上手く姿を消した筈であった桐生は、1年と少しの月日を経て真島に捕まった。新しい名前と、戸籍。田舎の寂れた一軒家の権利書。それ全てを持って迎えに来た真島は、少し疲れた顔をしていた。それは、桐生もまた同じであったが。ずっと、その3つを持ち自分を探し続けていたのだとカラカラ笑う真島の笑顔に、逃げる気にもなれず、「読めねえなあ、たんたは」と久しぶりに自然に笑みが溢れた事を覚えている。
「まぁ、暑いからこそ美味いものがあるだろ」
冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出し、互いの間に置く。
つまみは最近めっきりお馴染みになった冷や奴だ。真島の気に入りの豆腐屋から買ってきた豆腐はとても味が濃く美味しい。その上に摺り下ろしの生姜、ワサビ、茗荷を散らす。桐生は茗荷が苦手であったが、真島と共に晩酌をする度に少しずつ食べれるようになって行った。しゃり、と口の中でいい食感がする。独特の味も、今は少し美味いと感じるくらいには、真島と長く暮らしている。
「まあ、そやな けど」
セックスの時は二人で汗だくになってまう。そろそろ買い替え時やなあ。
かん、と軽い音を立ててビールを飲み干し、言われる。もう50をとうに過ぎたにも関わらず、自分達の関係は昔と変わらない。喧嘩の回数が減ったのは歳のせいか、それとも家族…いや、夫婦のような関係になってしまったからだろうか。といいつつ雨の日にどちらが切れたタバコを買いに行くかで喧嘩をするあたり、減ったと言っても知れているのかも知れないが。そして、週に2.3回はセックスをする。
暇だから、とか、酔ったから、とかでは無い。見つめ、見つめられ、何となく距離が縮まる。そして、湿度にしとりと湿る肌を真島の指が滑る。激しい時もあるが、そこそこに歳をとった真島の抱き方は昔より優しい。(それが酷く恥ずかしく、乱暴にされた方が、思考を散り散りにさせられた方がマシだと思う時も、ある)
「っ、まだ日も落ち切ってねぇのに、何言ってんだ」
「言うてる間ぁに落ちるわ」
まだ青色の空をちらりと窓の向こうに見る。
日が落ちて行き、真島の言う通りすぐにとぷりと暗くなるのだろう。
ごくりとビールを飲み干せばしゅわりと冷たい酒が身体の中に落ちていくのが解る。一口豆腐を口にするが、どうにも思考が〝そっち〟に向いてしまう。歳を考えろと思うが、それは自分のせいでは無い。
今の自分は間違いなくこの男ただ一人のものなのだから、それを時間を掛けて教えられ、染み込ませてきたこの男が、全て悪い。
日が落ちれば、きっと抱かれる。
今日は激しく抱いてほしいと思った。
思考と正反対な、静かな夏の日。