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    小学五年生の水木少年が夏休みに出会ったのは『前世の相棒』を名乗る謎の男と、自分を『お父さん』と呼ぶ怪しげな青年だった…

    転生水木とゲゲ郎、ゲタ吉がわちゃわちゃ探偵の真似事をする話。
    地上波アニメ第4話『戦慄!廃屋の逆柱〜転結編〜』より。

    げげげのなつやすみげげげのなつやすみ
    テレビをみるときはへやをあかるくしてはなれてみてね。




    「前回までのあらすじ!」

    おれはゲゲゲ小学校の5年生、みずき!夏休みのある日、おれが出会ったのは、おれの前世の相棒を名乗る謎の男だった。

    彼の名前は【ゲゲ郎】。それからおれはおかしなものが見えるようになった。妖怪と呼ばれる彼らは普段は見えないけれどそこにいる。子守のばあさんが言っていたことが本当だったなんて!

    子供が廃屋で相次いで行方不明になる事件が起こった。廃屋に住む妖怪【逆柱】の元に乗り込み、逆にとり込まれそうになっていたおれを助けたのは【田中ゲタ吉】という青年。コイツはおれの前世の息子を名乗っていて……?




    「違います!コイツはイトコじゃありません!」
    「イトコですよぉ。ホラ目のあたりなんかそっくり」
    「どこが!先生、不審者です。攫われます!あー!」

    ──先日、みずきは廃屋で、謎の青年に救われた。
    廃屋に行った小学生たちが次々に行方不明になる事件が起きていた。
    妖怪が見えるみずきは消えた彼らの気配をたどることができた。そしてたどり着いたのは沼地の廃屋。そこの奥の間に控える妖怪逆柱に接触し、危うくとり込まれそうになったみずきを助けたのが彼であった。
    『体内電気』
    小規模な雷電が敵を襲った瞬間を、みずきはハッキリと覚えている。青年の横顔は無感動で、長い髪だけが放電の勢いに靡いていた。咲いた稲妻が彼の顔を冷たく照らし、そこにいるのは超常の青年であった。
    鴨居にはまず頭を打つような長身で、手足も長く見栄えする。近くで見るより遠くから見る方が目立つようである。肌はお月様の表面みたいに真っ白で、目の白い部分の方が濃く見えるほどだった。そして髪も兎の毛並みのように白い。神秘的なまでに白い総身のなか、目だけが血の色をしていた。
    『無事でしたか』
    朴訥な口ぶりで、青年はみずきに手を差し伸べた。
    『あ、りがとう』
    助け起こされたみずきが礼を言った瞬間。
    青年はやにわにみずきを抱きしめた。
    みずきは驚いて言葉を失った。
    『なっ…』
    見知らぬ彼は、みずきに愛しげに頬を寄せた。
    『ああ、やっと会えましたね。お父さん』──

    学童の先生の背中に隠れ、ゲタ吉に威嚇する。

    「コイツは不審者です!」

    学童の先生はウーンと首を曖昧に傾げた。それから先生が言ったことにみずきは愕然とした。
    みずきの母から直々に『ゲタ吉くんを迎えに寄越します』と連絡があったそうだ。イトコなのでよろしく、髪が白くてギョロ目の青年です、と。
    ──みずきの通う学童では夏休み中、周囲で起こる子供連続誘拐事件のために、帰宅の際は必ず保護者が迎えに来ることとなっていた。しかしみずきの母は多忙であり、みずきはいつも帰るのが一番遅かった。
    今日は早いと思ってうれしかったのに、コイツが迎えにくるなんて!

    「行きますよみずきさん。せんせ、ありがとうございました」

    先生からみずきのカバンを受け取り頭を下げる。みずきも釈然としないまま、まあ母が言ったのだからとゲタ吉に着いて歩いた。

    「先生、また月曜日」
    「はいみずきくん。月曜日も元気に来てね」

    トボトボと田んぼ沿いの道を歩く。夕方といえど夏だから陽が高くて、体温が高いみずきはまだ汗をかく時間帯だった。
    反対にゲタ吉は汗ひとつかかず涼やかに歩いている。下駄の闊歩はゆらゆらと柳のようだった。

    「本当に母さんが迎えに来いって言ったのか」
    「『ええ、言いましたよ』」

    低い男の声ではない。
    ゲタ吉は女性の、みずきの母の声で返事をした。
    みずきはゾッとして髪をふくらませた。逃げようとして手を掴まれ、宙にブランとぶら下げられる。

    「声真似は妖怪の十八番ですからネ。覚えておくといいですよ」
    「はなせー!わー!誰かー!火事だー!」
    「人を集めるのに効果的な言葉を叫ばないでください」

    ゲタ吉の体に足を突っ張って抵抗するが、180近い彼に同級生の中でも小さいみずきがかなうわけがない。
    謎の青年、田中ゲタ吉。現在生きている幽霊族の二人目であり、ゲゲ郎の息子。
    ということは自分を『相棒』呼ばわりする変人の息子であり、彼も彼でみずきを『父さん』と呼ぶのだった。何度否定しても父さん父さんと来るのである。年上の青年に父と呼び慕われるのは正直気味が悪く、助けてくれたことには感謝しているが、みずきのゲタ吉へのイメージは『変態』で固定されていた。
    (それに、初対面で抱きつかれた!)
    力ではかなわないとわかって、みずきは足元の砂利を投げつけ始めた。

    「バカッ。離せっ」

    ゲタ吉は、ハァ〜〜〜、とユニクロのレシートくらい長いため息をつき、言った。

    「逆柱」

    そのワードにみずきは反応する。

    「材木の根本を上にして建てる柱。不運を招くと言い伝えられる」
    「なにか分かるのかっ?」
    「起こる災いは悪夢や家鳴り、そして神隠し。…ま、あくまで風水的な話であって、人攫いまでするかどうかは分かりませんが」
    「はん。妖怪を庇うのはお前も妖怪だからか?」

    廃屋で見たゲタ吉の、超常の技の数々。コイツも人間そっくりの姿形をしているだけで中身は人間ではない。
    彼岸に咲く異形のバケモノ。おれたちとは生きる理が違う。

    「幽霊族は妖怪のようなもんであって妖怪では…」
    「同じようなモンだ。で、どうやって子供を取り返す」
    「逆柱の中に飲み込まれているのは確実でしょうね。問題はどうやって吐き出させるか」

    田舎の畦道。遠くに群青色の山々が稜線をつくっている。8月、田は青い稲穂を垂れさせ始めている。

    「なんとか逆柱に話をつけられないか」
    「……」
    「なんで黙る」
    「いえ、あー、びっくりして」
    「なにに」

    ゲタ吉が目を丸くしていて、みずきはこんな男でも何かに驚くということがあるんだなと思った。ゲタ吉は畦道の真ん中で立ち止まり、フイと顔を逸らした。

    「……だな、と」
    「聞こえない」
    「話し合うんだなと」

    顔を上げたゲタ吉は耳まで真っ赤にしていた。照れていたのだと気がついて、みずきも赤くなる。

    「べっ、別におれは変な意味で言ったんじゃ、」
    「いいえ。うれしいんですよ」

    ゲタ吉は首を傾けてはにかんだ。
    笑うと急にかわいくなるのはゲゲ郎っぽくはない。母の血だろうか。

    「おれたちは一方的に、問答無用に退治されてきた存在ですから。おれの祖先も人間に随分な仕打ちを受けたらしくて、まず対等には扱われなかった」
    「それは…」
    「あなたが話し合うという選択をとってくれてうれしい。やっぱり、やっぱりあなたは…」
    「……」

    カナカナカナカナ、としゃくりあげるようにひぐらしが鳴いていた。
    夕焼けは甘い紫色をしていた。
    夜を運ぶ風が服の下に入り込んで涼しかった。
    ゲタ吉は微笑んだ。

    「おれの父さんだ」

    みずきはしばしポカンとして、叫んだ。

    「ちがうって言ってるだろ!!!」





    「ゲタ吉?」

    みずきは首を傾げる。いつもの商店街から一筋外れ、少しアダルティックな店が多い通り。小学生は本当は来てはいけない場所。
    みずきは落ち着きなく周りを見回す。ゲタ吉から指定された集合場所はここだった。ゲゲ郎もくると聞いていたのだが。

    「……、……」

    ふと、ボソボソと話し声が聞こえる。路地裏からだ。ゲタ吉の声に似ていて、こんなところにいやがったかと呆れた。

    「おいゲタ、吉…」
    「ぁあん、指もっと、そこ♡」

    みずきはびっくりしすぎて手に持っているものを全部落とした。
    路地裏で繰り広げられていたのは桃色遊戯であった。

    「ねーえ♡いじわるしないで♡やだ♡」

    女の声は蜜色、ネッチリと粘着質で、舌をねぶれば綿菓子の味がしそうだった。ゲタ吉は女の芳しい喉元に噛み付く。高い上背をもって女を壁際に追い詰め、スカートの中に指を突っ込んで動かしている。

    「コ、コラーーー!!!」
    「キャアッ」

    真っ赤になって少年は叫んだ。

    「ひとっ、人を待たせておいて何やってんだ!」
    「あ、お父さん」
    「お父さん?」
    「だからお父さんじゃないって言ってるだろう!」

    プリプリ怒るみずきに二人も性的なボルテージが下がったらしく、女など既に「かわいい。親戚の子?」とあっけらかんとしている。

    「あなた、待ち合わせしてるのにすっぽかしちゃダメよ」
    「えゴメン」
    「じゃあ私帰るわね」
    「はあ。」
    「またね」

    言い残すと、彼女はグァバの香りを残して去っていった。後ろ姿だけでも可憐な美女であった。あんなのどこで誘ってくるのだか。
    案外コイツはモテるのだろうか。みずきはムムと考え込む。そんな風には見えないのだが。

    「お前そんなにカッコいいか?」
    「顔じゃないですよ。どんな子でもタイミングです、タイミング」

    碌でもないアドバイスを受けているところに、ゲゲ郎が「おぬしらここにおったのか」と顔を出した。

    「待ち合わせ場所におったのに誰も来んかった」
    「ゲタ吉のせいだ。ゲゲ郎、お前の息子の情操教育はどうなってる」
    「倅がなにかしたか」
    「婚前交渉の直前だった。それもこんな人気の多い場所で」
    「なんじゃ、そんなことか」

    倫理欠乏甚だしい返事にみずきは呆れるほかなかった。コイツらにはもう何も期待するまいと思った。

    「倅よ。肉布団は楽しめたか」
    「楽しむ直前でした」
    「もういい。で、逆柱にどう対抗する」
    「はい。今日はそれを話し合おうと思って」

    路地裏を出て、ホテルに併設されている喫茶店に入る。

    「緑茶」
    「コーラ」
    「オレンジジュース」

    誰もコーヒーを注文しない。作り甲斐もクソもないオーダーを店主が聞いてカウンターに帰っていく。ジャズ喫茶っぽい店内は1980sリスペクトらしくアンティークである。店の真ん中でオレンジのレコードが回り、ラプソディーインブルーが流れていた。

    「逆柱が単体で人攫いをすることは絶対にない。ワシが断言する」
    「じゃあ手引きしてるヤツがいるってことか」
    「誰かが廃屋に子供を連れ込み、逆柱に取り込んでいる。人間か妖怪かは分かりませんが」

    運ばれてきたジュースを礼儀正しく受け取り、みずきはストローの袋を開ける。

    「それについていく子供も子供だ。親はどれだけ心配してるか」
    「あなただってあの家に行ったじゃないですか」
    「あれは囚われている子供を助けるために…!」
    「同じことじゃろ。倅が来なければ同じ運命を辿っていた」

    図星を突かれて返事に詰まる。ゲタ吉はみずきの背中に手を添えた。

    「おれでもかなり間一髪だったんですよ。肝が冷えました。二度とあんな危ないことはしないと約束してください。一応あなたは子供なんだから」
    「ッ都合のいい時だけ…」
    「倅の言う通りじゃ。おぬしは今世ではまだ子供。保護されるべき立場にある」
    「じゃ、おれのことを相棒扱いする不審者と、おれのことを父親扱いする変態をまず引き離すんだな」

    PTAに言うぞ、と一刀両断すると二人は脛を蹴り上げられたみたいな顔をして胸を抑える。大人に一番効くのは大人の権力である。

    「問題は、どうやって子供をあんな廃屋に誘い込むかだ」
    「犯人は子供のセンもありそうじゃな。大人にあんな廃屋に誘われて、不審者だと思わない子供はおらんじゃろ。よっぽどの家庭問題でもない限り」
    「……アイツは普通の家の子供だった。父親とも母親とも仲がよかった」

    逆柱にとり込まれた一人はみずきの級友であった。
    家がらみで仲良くしてもらっていて、夜遅いみずきの母の代わりに彼の家で夕飯をいただくこともあった。
    家族仲は絶対によかった。親も子もあんなくったくなく笑う家に闇があったとは思いたくない。

    「行方不明になった子供らが懸命に探されているのを見ても、親がうんぬんというのはやはり考え難いかのう」
    「地元でパトロール隊をしてる母親がいてな。アイツ自身も正義感が強い子供だったよ。融通が効かないところもあったけどな。給食のゼリーじゃんけんで山田が後出しした時にも泣くまで糾弾して…」
    「うわあ給食ゼリー懐かしい。七夕ゼリーってまだあります?」
    「あるぞ」
    「最近の給食ってステーキ出るって本当ですか?」
    「6年生になったら卒業給食で出る。セレクト給食っていうのもある」
    「うわいいな〜。おれの時パンばっかりだったんですよ。あと脱脂粉乳」
    「ワシが分からん話題やめてくれんか?」

    はぶけにされていたゲゲ郎が口を挟む。
    そのタイミングでゲゲ郎の緑茶、ゲタ吉のコーラが運ばれてきた。
    三人、飲み物に口をつけて休憩する。
    閑話休題。

    「というか、そんなに悩むことですか?子供なんてみんな『お菓子あげるよ〜』とかでついてくるんじゃアないですか」
    「子供はそんなにバカじゃない。子供の時お前はバカだったか?」
    「鏡の向こうの自分を捕まえようとして突き指したりしてました」
    「それはバカすぎる」
    「普段はおおむねおとなしいが、たまの奇行がひどい子じゃった」
    「まだありますよ。外出先で父さんのことを父上と呼んで…」
    「ああアレは懐かしい」
    「わかった!この話は終わりだ」

    思い出話に花が咲く前にストップをかける。ランチの時間に入ったようで、店内に客が増えてきた。店主の迷惑げな顔を見る前に店を出ることにする。
    自販機のボタンを押すと、ガコン、と受け取り口に缶が落ちた。プルタブをゲタ吉に起こさせ、泡を吹いている缶から慎重にサイダーを飲む。風が吹いてこないことを理不尽に思うくらい暑かった。

    「どうやって子供を廃墟に誘ったんだ…」

    みずき自身があの廃墟にたどり着いたのは、自分に妖怪を見る力が宿り始めていたからだ。邪の気配(けわい)を辿って着いたのがあそこだった。
    行方不明になった子供達にも妖怪が見えた?いや、見えるなら尚更あんな場所敬遠する。
    沼地の廃墟。菖蒲や蓮の花が咲きほこり、夜は美しく蛍池飛びかうその沼は底なしだと言われている。沼地へつながる道は細く、子供くらいしか歩けない。その沼地に囲まれるようにひっそりと建つ日本家屋は、昔地元で鳴らした名士のものだとか。
    立派な建造物ほど廃れれば不気味さを増す。屋根は朽ち壁が内側に腐り落ちた廃墟は300m先からでもおぞけを放っていて、あんな場所ジーパーズクリーパーズくらいしか住まないだろうという趣だった。

    「洒落で近づくような場所でもないですよね。大人に見つかったら大目玉だし」
    「秘密基地って場所でもないしな」

    山でも川でも、他に遊ぶところはたくさんある。唯一田舎のいいところである。わざわざ陰気くさい廃墟を選ぶ気持ちは、分からんでもないがやはり理解できない。

    「まずは噂の元ネタを辿ってみればよいのではないか?おぬしの級友がどこからその廃墟の話を聞いてきたか」
    「難しいだろうな。噂自体は既に広範囲に流布してる」

    一つの地域だけではない。廃屋の噂は今やゲゲゲ学区の子供なら誰でも知っていた。

    「それでも行く子供と行かない子供の差はなんでしょう」
    「消えたのはゲゲゲ小学校1年生、三方。同じく1年生、志賀。3年生、九島。4年生、与田。そして5年生、おれのクラスメイトの鹿田…」

    みずきの知る限りだが、いずれも悪童というわけではない。むしろ模範的ないい子ぞろいだ。
    なぜ知っているかというと、皆同じ学童で過ごす子たちだからだ。同じ空間で短くはない時間を過ごしているのだから、学年は違えど多少の人となりはわかる。

    「ワシが廃屋の周囲で聞き込みをした。子供らは無理やり連れ込まれたというわけでもないらしい。一人でフラフラを入っていくのを見た者が複数人おる」

    ゲゲ郎は老人と仲良くなるのが得意だった。これは近所で畑の世話をしている老人たちの証言である。

    「逆柱に誘われた?」
    「あやつにそのような力はない」
    「そもそも子供を柱に取り込んでどうするんです」
    「それも分からぬ」
    「話をまとめよう」

    みずきはポケットからチョークを出し、カツカツとアスファルトに書き込む。

    「5W1Hを基本とする。What, When, Who, Why, where, How」

    みずきは同学年の子と比べて特別聡いというわけでもない。しかしゲタ吉とゲゲ郎といると考え方がしっかりするというか、いつもは思わないようなこと考えついたりした。そして喋り方も一気に大人くさくなるのだった。

    「What→子供たちを。When→バラバラな時間帯に。Where→廃屋で。分からないのはWho、Why、How」
    「フーダニット。ホワイダニット。ハウダニット。さながら探偵じゃの」
    「またぞろ探偵の真似事か」

    真昼の12時。商店街の鐘が鳴り、時計から小人の人形が出たり入ったりする。
    3人は自動販売機前の休憩スペースで話し続ける。
    会議は踊る。

    「フーダニット。無難なところから詰めていくか。犯人は子供を自分から廃屋に行くよう仕向けた。要するに、子供心をわかっている人間。だから犯人自身が子供という可能性も高い」
    「ハウダニット。話術か錯乱妖術というのもあり得るのう。ただそれほど高度な妖術の使い手はこの街にはおらん」
    「ホワイダニット。これが本当に分かりません。身代金を要求するでもなし、何がしたい?」

    議題が煮詰まり、一時休憩。スーパーで昼食を購入し、場所を変えて山の上の神社に赴く。
    夏でも木陰は意外と涼しい。みずきは檜の影に腰掛けて、木漏れ日を受けながら鮭弁当に手を合わせる。ゲタ吉は菓子パンを開け、ゲゲ郎は溶けかけのアイスキャンディーを齧った。

    「こらゲタ吉!野菜も食え」
    「食わなくても育ちますよ。ほら、こんなにデカくなった」
    「話に戻ろう」ゲゲ郎が言う。「どうやって子供たちを廃屋に向かわせたか。それがわかれば謎は一気に解決するんじゃが…」
    「ベタなパターンなら、『君のお母さんが急病で』とかですかね」
    「廃屋じゃぞ。こういうのはどうじゃ。『中に面白いものがあるから探検しよう』」
    「一人で探検もないだろ」

    切り捨てながら、みずきには何か小骨が引っ掛かるような感じがあった。何か大事なことを見逃している気がする。というか、何か大事なことを既に言った?手がかりになるようなワードが既に出た?
    真昼の蝉が鳴いている。山の手の神社だから、鳥居の向こうに街が見下ろせる。チラチラと眩しいのは車だろうか。街は真っ青な夏に沈んでいた。
    どこか懐かしい風が吹いた。みずきは目を瞑って額の汗が乾く感覚にうっとりした。

    ──初めてゲゲ郎と出会ったのもこの神社だ。
    みずきはなにかせっつかれるような感覚にとらわれ、8月1日の朝、突発的にこの神社を目指した。
    長い階段を登り切ると。そこには青い着物の男が一人、太陽に手を翳して立っていた。
    『……』
    男はみずきを見た。朱色の瞳がみずきを見通した。
    言葉を失うみずきに彼は微笑した。それはとっくの昔に諦めたなにかに意図せず巡り合って複雑な気分になったような、寂しいともうれしいともつかない、子供には難しい表情だった。
    『…友よ』
    そう言って、人ならぬ男は透明な涙を流した。

    「まあ、おれが廃屋に行って逆柱をのしちゃってもいいですけどね」

    ゲタ吉が肩をすくめた。それが一番早い解決であるということは彼もわかっているようだった。

    「だっておれ、正義の味方だもの」

    その言葉にみずきは、「なんだって?」と聞き返す。

    「え?正義の味方だもの?」
    「それだ!」

    ガチン!と音を立てて全てが繋がった。
    ゲゲ郎とゲタ吉はまだ腑に落ちないのか顔を見合わせている。みずきは興奮のまま話す。

    「ハウダニット、どうやって子供を廃屋に誘ったか。犯人は子供に指示したんじゃない。子供の正義感を煽ったんだ!」
    「あっ」
    「『廃屋に閉じ込められている子供がいるよ』。そして沼地へつながる道は細い、子供しか歩けない!『きみが助けに行かなくちゃ』!」

    パトロール隊の母を持ち、彼自身も正義感が強かった鹿田を思い出す。他の標的も正義感が強い子供たちだったのだろう。

    「…ワシにもわかった。ずっと不思議だったんじゃ。なぜ夏休みにもかかわらず、ひとつの噂が広範囲に広がっておる?学校がある期間ならともかく、休みになれば子供は地域の同級生くらいとしか遊ばんのではないか」

    ゲタ吉がハッとする。

    「噂を広げるにはうってつけの立場にいる人間の犯行?」
    「子供たちを使い、噂を広範囲に広げさせた。そのうえでターゲットの子供たちには正義感を煽り立て、廃屋に向かわせた」
    「一人一人の子供に話しかけるのも手じゃろうが、怪しいし手間じゃ。そんなことより一箇所に集まっている場所を探す方が早い」

    そして行方不明になった子供達の共通点。
    みずきは苦い顔をする。

    「嘘だろ、先生…」

    子供たちは皆、学童通いの子供たち。その時点で気づくべきだった。
    学童の子供達にこっそりと廃屋にいる妖怪の話をする。あくまで怖い与太話として。子供たちはその話を自分の地域に持ち帰り、団地だとか、住宅街の子供達に教える。だから夏休みなのに学区中の子供がこの話を知るところとなる。
    十分に話が広がったところで、コレと決めた子供にこう囁く。
    『いなくなった子たちは廃屋の中に閉じ込められているんだよ。沼地への道は子供しか通れなくて、大人は助けに来られない。だから…』

    「『君が正義の味方になるんだ』、か。胸糞悪い。だが犯人が分かれば話は早い」

    みずきは立ち上がった。138cm30kg、子鹿のような矮躯に不似合いな、少年はギラついた目で遠くの雲を睨みつけた。




    「お、おじゃまします…」

    少年はガタつく日本家屋の戸を引いた。左手だけじゃ開かなくて、ミサンガをつけた右手を添え、やっと戸が動く。振動で梁から砂が落ちてくる。

    「だ、誰かいませんかぁ」

    沼の近くだから家屋の中は汗が引っ込むほど涼しい。少年は自分の肩をさする。
    家屋の中を探索し、少年はついに奥の間に辿り着いた。
    桜の木を削って出来た、天然絞りの床柱。それは闇の中、ほのかに青い光を放っているように見える。
    このなかに子供たちが閉じ込められている。学童の先生がそう言っていたのだ。大人は助けられない。子供がいかないと、と。

    「……っ」

    やっぱり怖い。無理だ。少年は床の間から一歩引こうとした。その時だった。
    後ろから誰かに突き飛ばされ、腐った畳の上に倒れ込む。

    「わあっ」

    擦りむいた膝をさすったとき、柱が猛然と青い炎を上げ始めた。
    さかしまに、上から下へと上がる火の手。
    炎は渦撒いて少年に迫る。少年の瞳に青い脅威が映る。

    「リモコン下駄!」

    金属質なヒット音。一対の下駄が柱に炸裂したかと思うと、少年は奥の間から拾い上げられた。

    「みずきサン、大丈夫でしたか」
    「大丈夫だ」

    ついで、ゲタ吉は逃げようとする男に髪の毛針を飛ばし、服の袖や裾を床に縫い止める。
    犯人はやっぱり学童の先生だった。みずきはゲタ吉の腕から降り、悲壮に眉をひそめた。

    「先生、どうしてですか」
    「えっ?みずきくんっ?えっ、あ、いとこの人っ!?」
    「答えてください。どうして子供達を逆柱に取り込んだんです」

    逆柱、という言葉が出たとき、先生は、音もなく表情を消した。なでつけたような無表情は学童では絶対に見せないものだった。みずきは唾を呑んだ。

    「…みずきくん。あのね、子供は天国に上がるシガレットの煙なんだ」
    「え?」
    「シガレット。煙草だよ。わかりますか。青は赤。赤は黄。黄色は硫黄の炎の色。聡明な子供は天国に登るしるべなんだ。だから柱なんですね。三倍の数はハートの指に入るから寝入りに時計の音が邪魔するんだ。子供には難しいのが問題なんだ」
    「な、何言ってるんですか、先生…」
    「みずきくん気をつけてね。頭のおかしい人って意外に多いからね。頭がおかしいんじゃなくておかしくなると楽になるんだ。だから狂気の糸が一筋垂れてきたらどれだけ細くても必死で手繰り寄せたんだ。とても楽だよ、先生は」
    「……」
    「天国へのしるべは世界中の人間に見える。煙草は燃やして完成する。柱を燃やして天国へのしるべをこの世の人間に見せる。そうすると世界はもっときれいになる」

    ゲタ吉がみずきの手を引いた。

    「コイツの話をまともに聞かないでください。野放しになってることが危険なレベルの狂人です。しかるべき機関に通報して…いや、それより先に柱の中の子供を…」

    その刹那。
    青い炎が吹き付け、みずきは目の前が真っ白になった。

    「わあっ」

    間一髪、床に倒れ込んで避けることができたのはゲタ吉に背中を押されたからだ。
    炎をもろに受けたゲタ吉は上半身から煙をあげ、二、三歩よろけると仰向けに倒れた。みずきは目を見開く。

    「はあは。アハアハアハ。逆柱ァーッ」

    先生が仰向けのまま胸を上下させて笑った。

    「お前ももっと欲しいもんなあ!同じ気持ちでうれしいよ!」

    ゲタ吉の元に震える足で歩み寄る。皮膚は触れるのも憚られるほど激しく糜爛し、溶けた頬の肉からは奥の歯列がのぞいていた。
    奥の間では逆柱が青い炎を纏って燃え盛っている。耳を澄ますとかすかに子供の泣き声のような音がする。波打つ炎は今にもみずきを6人目にせんと狙いをつけていた。

    「やってしまえ、逆柱!」

    先生が叫んだ。柱は炎を吹いた。熱風が髪をかき上げた。
    だがその頬に触れる直前、炎は勢いを落としてすぼむように消える。

    「えっ?なんでっ?」

    狼狽する先生を、水木はゆっくりと見下ろした。
    少年の左目には縦一文字、赤く光る傷跡が刻まれていた。
    瞳の藍が濃さを増して、紫に近い色になっている。
    髪が、風もないのに絶えず靡いていた。そして子供らしからぬ落ち着いた表情。貫禄さえ感じさせる苦味走った顔つきは、本当にあの少年なのか…

    「やってくれたなあ、アンタら」

    水木は瞳孔を縮めて逆柱を睨んだ。

    「俺の息子に何をする」

    逆柱は息を殺すように、今やただの柱のように静まり返っている。
    先生は柱と水木を見比べる。何が起こっているのかさっぱりわからないという顔だった。

    「悪縁脆しだな。逆柱はお前と利害が一致しているかもしれないが、お前を守る義理まではない」
    「えぇっ?えーっ?えア、どうしよ、」

    水木は返事をせず奥の間に入る。手首につけていた組紐を外して床に落とすと、組紐は落ち切る直前に宙でくるりと翻り、またたきの間に現れたのはゲゲ郎であった。

    「相手が悪かったのう、逆柱よ。今度こそおぬしを切り倒さねばならぬとは」
    「そんなことしなくていい」

    みずきはゲゲ郎を制すと、耳に口を寄せ、あることを囁く。ゲゲ郎はそれをフムフムと聞いて、なるほどと頷いた。
    逆柱に前に立ち、両腕で柱を掴む。ゲゲ郎が手に力を込めると、柱は五指の形に陥没しながら、やがて壁から離れ始めた。
    家全体が鳴動する。主柱を剥がしたのだから当然である。
    ゲゲ郎は「吽」と唸って柱を一回転させると、さっきとは逆さまにして壁にはめた。
    逆柱はただの柱になった。妖力の気が急速に消えていく。怪力自慢にしかできない荒療治であった。それこそ、バルコニーの手摺をぶん回すくらいの膂力がないと出来ないだろう。

    「あっ、あーああ、やめろよ、なんでだよっ」

    妖力が薄らぐ中、先生が懇願するのが聞こえた。
    先生は涙を流していた。

    「おお、俺の生きがいなんだよっ。義務なんだよっ。もう、こんなことでもしないと、先生は生きてけないんだよぉ」
    「知らねえよ」

    屋根がガクンと下がってきて、ゲゲ郎はこれはマズイと水木を抱える。
    倒れるゲタ吉を拾い、家屋から離脱する直前、水木は吐き捨てた。

    「勝手に死んでろ」





    「彼岸に惹かれるものが逆柱と邂逅してしまったようじゃ。生への無気力は魔の気を引き寄せる。そんな逆柱と協力し、子供を拐かす時のみ生を実感できたというのは皮肉なものじゃ」

    行方不明だった子供たちは崩れた廃屋の近くで見つかった。全員傷一つなく、夏休みが知らない間に過ぎていたこと、そして減っていない宿題にブーブー言っているそうだ。
    先生は見つかっていない。姿をくらませたか、沼の底にでも身投げしたのかもしれない。
    今日の会議もいつかのようにジャズ喫茶であった。みずきがアップルジュース、ゲタ吉はジンジャーエール、ゲゲ郎はいつも通りの緑茶だった。

    「おれ、やっぱり思いました」

    ゲタ吉はすっかり完治していた。幽霊族にとってあの程度の怪我はなんでもない。朝につけても昼過ぎには治るような軽傷だそうだ。ま、ショックで気絶したし痛かったのは痛かったらしいが。

    「正義感に駆られて逆柱に取り込まれた子供達と、そんな子供たちを追いかけて無謀に廃屋に忍び込んだあなた。どちらも変わりやしない。あなたはおれたちがいたから運良く助かっただけだ」

    子供体温のあたたかい手を、大きな冷たい手が包み込む。

    「あなたはやっぱり子供だ」
    「……」
    「だから、おれがきっと守ります。指切りしてください。おれから離れないと」

    そしてみずきの前に小指を立てた大きな手を差し出す。
    ゲタ吉はみずきよりずっと大人なのに、やることがところどころあどけない。おそらく、どこかで親離れの機会を決定的に失ってしまったのだろう。そういう者に特有の言動だった。
    ゲタ吉の手をみずきはジュースを吸いながらペシンと叩いた。

    「気絶してた奴が何言ってやがる」
    「グウ」
    「おれだって毎度危険は犯さない。今回は少し判断を間違えただけだ」

    子供扱いしたいのか父親扱いしたいのか。とにかくいただけない。憤然とグラスを机に叩きつける。

    「あと何回も言ってるように!おれはお前のお父さんじゃない!」
    「う、嘘ですよそれは。おれ聞きました。廃屋で『俺の息子に何をする』って…」
    「聞き間違いだ、そんなこと言った覚えはない!おれはただの小学5年生だ!」
    「そんな」
    「おれは帰る!じゃあなゲタ吉、野菜も食えよ」

    ジュースの代金を押し付けて店を去る。
    ドアベルの響く店内で、ゲゲ郎とゲタ吉は少年が去った扉をいつまでも眺めていた。
    ゲタ吉は手の中の小銭を握りしめた。混ざりきらないカフェオレみたいに、苦いのか甘いのか分かりづらい、負け惜しみに似た表情で呟いた。

    「ずるい人…」




    声の出演

    みずき ???
    ゲゲ郎 関俊彦
    田中ゲタ吉 沢城みゆき

    原作 水木しげる

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    おわり
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