猪七 知らず知らず、緊張がゆえに溜まっていた咥内の唾液をぐっと嚥下し、おそるおそる右足に力をこめる。十時十分の位置に、ビス止めでもされたかのように固着している両の手の向こうで、ほそい針がゆっくりと右上へ昇っていった。足にはほんとうにわずかな力しかこめていないのに、針が差す速度はすでに時速四十キロメートルを超えている。このおおきな鉄のかたまりが、こんな軽い操作ですぐにこれほどのスピードを出してしまうことに恐れ、おれの咥内にはふたたび緊張の唾液が溜まっていっていた。
シートにももたれずに背筋をぴんと伸ばし、一心不乱に前を睨みつけるおれはいま、相当に滑稽なすがたをしているのだろう。助手席の彼は窓枠に肘をついて拳に顎を乗せ、そんなおれをじっと見ていたが、不意にすこし吹き出すように笑いだした。
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