盗ませて、接吻「プッチ」
しどけなく身体を横たえた彼女が、気怠さを含んだ声音でわたしの名を呼んだ。
「なぁに」
幾度となく読み返したフィリッポ・リッピの伝記から目を離さずに返事をすれば、深い黒の彩る指先が文字列の上を陣取った。折角良い所だったのに。
「わたしよりもその本が大事だっていうの?妬けてしまうじゃない」
「…よく言うわ」
さっきまで、他の男とまぐわった事を楽しげに話していたっていうのに。思い出すと、また嫉妬心が首を擡げた。あぁ、醜い悪徳だわ。全く以て善くない。素数、素数、2、3、5、7、それから11。
「もしかして、さっきの話が気に召さなかったの?許して頂戴、貴女の反応が可愛いからつい苛めたくなってしまって」
そのたおやかな腕の何処にそんな力があるのだろう。わたしの身体をやすやすと膝の上に引き寄せた彼女が、蠱惑的な笑みで嘯いた。
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