煩悩の峰田琴葉に対する峰田の思いとは…?
「可憐な少女タイプ…悪くねぇ…」
「ねぇ、峰田くん。幼馴染にそんな目を向けるの止めてくれるかな…」
高校生のくせに、目を細めて鼻の下を伸ばす峰田 実は個性、もぎもぎという頭に生えた粘着質のボールをもつ雄英高校の1年である。同じクラスの緑谷は相変わらずな峰田にストレートに突っ込んだ。
小さな身長を補うように椅子に立って去ってゆく琴葉の背を眺めていた峰田は、緑谷の言葉に目を血走らせて勢いよく振り返った。
「幼馴染?! あんな可愛い幼馴染がいんのかよぉおお!!」
羨ましいぜ畜生ッ!! と血の涙を流し始めた峰田に、カエルの個性をもつ蛙水が長い舌で頭を叩いた。
「おい聞いたか! 最近学校のあちこちで美女が歩いてるって話!」
「ああ! 聞いた聞いた。何でもすっごいイケメンも見たってやつも!」
「イケメンの話はどぉでもいいんだよぉおおお」
共通の話題に花を咲かせた上鳴や瀬呂が互いの顔を見ながら笑う。声が大きいためチラホラとその話を知っているクラスメイトたちが近寄って、話しかけた峰田の席付近に人溜まりが出来た。
「なんでもおっぱいがデケェらしい!! オイラ一度で良いから拝みてぇ!!」
「ぶれねぇな」
「いや、でもウチも見たことあるけど、すっごい美女。目元が隠されてたんだけど、あれは絶対に美女」
「いいなー! 私も見てみたい!」
「ねえ、今食堂で天使な少年がいるみたいなんだけど!!」
ごちゃごちゃである。
話が終息する頃には昼休みの終わりが近づき、緑谷たちが帰ってくる頃だった。
「ねえねえ、お茶子ちゃん! 今日食堂に天使な男の子がいるって噂が流れてたんだけど…」
「お茶子ちゃん食堂行ったよね? 居た!?」
「天使…ああ! ルーチェモンくんの話!」
昼休みが終わる鐘が鳴るほんの少し前。席につこうとした麗日に女子生徒が集っていった。
唯一食堂で昼食を取った麗日は確かに天使に会った。あれは編入してきた緑谷の幼馴染の個性による子だ。
出会ったことを簡潔に教えると、横から峰田が「デッカイおっぱいの美女は?!」と割って入ってきたので、また蛙水によって舌で投げ飛ばされた。
「美女…は知らんけど、もしかしたら琴葉ちゃんの個性…なのかも?」
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新たな世界で生を受け、個性としてデジタルワールドの彼らを召喚できると知ってから大変な日々を送っていたが、ようやく落ち着いて一息つく。
突然の編入にも関わらず普通科の生徒たちは気軽に話しかけて来てくれたし、幼馴染の出久くんやその友達とも仲良くしてくれてようやく肩の荷が降りたような気がした。
「…今日もお願いするね、エンジェウーモン、リリスモン」
「任せて」
「アタシめんど〜い」
金色の髪をなびかせた天使、エンジェウーモンと新たなデジタルワールドで七大魔王の座を継いだ黒髪に花魁のような姿をしたリリスモンが今日の護衛である。
私の知るリリスモンとは異なる個体のため比較的仲良く出来ていると思っているのだが、どうやらこのリリスモンは面倒臭がりらしく爪を弄ってやる気のなさそうにそう言った。
「もう、私たちの御子である琴葉を守るという責務を自覚しているの?」
「分かってるわよ。でもこんな人間たちに負けるアタシじゃないし? 今日のご飯がオムレツだって言うから仕方なく…」
「ふふ、デザートはパフェだって」
「…やってやるわ」
どうやらリリスモンは食い意地が張っているらしく、ルーチェモンのように甘いものも好むようでクックランチの定食を食べに行こうと弄っていた爪から手を離した。
相変わらず賑やかな食堂に、長身の美女を引き連れた私を、皆はまだ慣れておらずガン見されてしまう。学校内とはいえ、一応何かあっては困るため少人数での護衛のための召喚は許可を貰っている。それでもこの視線に暫く見られると思うとぎこちない。
「ごめんね2人共…」
「良いのよ。それに私、人間界の食べ物食べてみたかったの」
「ねえオムレツってどれー?」
「わ、リリスモンちょっと待って!」
それぞれ意思がある彼女たちに振り回されながらも、クックランチに認知された私は無事に定食を受け取ることが出来、比較的空いたスペースに彼女たちと食事を開始しようとした。
「法魔 琴葉さんですね…?」
にゅっとテーブルの下から何かが出てきて、ビックリして肩が跳ねた。
葡萄のような丸い何かは椅子に登ってこちらを凝視していた。…目が充血しているほどに、かっぴらいて。
「美女を召喚できるっていう、個性の方ですねぇええ!??」
「ひっ、」
私を挟むように、左右に座る二人のデジモンを見た、葡萄の頭をした小さな生徒が涎を垂らして叫んだ。
思わず顔を歪めて椅子を引いたら、リリスモンが鬱陶しそうに相手を腐らせる右手で生徒の額にデコピンをお見舞いした。
「ふべぎゃはッ」
額を弾いた音ではない破壊音に見事葡萄頭の生徒は体ごと吹き飛ばされてしまった。
「だ、大丈夫…!?」
突然の出来事に食堂の辺り一面が飛ばされた葡萄頭の生徒へと視線が移る。
廊下へと飛ばされて落ちた生徒へと駆け寄り、大事がないか確認する。額は充血したんこぶが出来ているだけで出血はしていなかった。
「ご、ごめんなさい…私の個性たちが…」
「あっ、やさし…ッ」
「っ!?」
手を差し伸べた途端に鼻血を出してグッジョブと指でサインする生徒は、どこか達観した眼差しで私を見ていた。
何だろう、どこか不穏だ。
「み、峰田くん何やってるの?!」
「出久くん…!」
騒ぎを聞きつけたのか、幼馴染の出久くんとその友達が駆けつけてくれた。どうやら知り合いのようで、この生徒の名は峰田というらしい。
「ごめん、うちの同級生なんだ!」
「え、じゃあこの子もヒーロー科…?」
こんな大勢のいる前で卑猥なことをさらけ出す生徒が、ヒーロー科。思わず顔を歪ませた私に、お茶子ちゃんは「その反応が正しい」と言ってくれた。
「峰田くん、女の人が好きみたいで…」
「男なら皆好きだろうがい!!」
「それでもあれは引く」
どうやら他の同級生たちも食堂に集まっているらしく、編入時にさらっとだけ確認した顔ぶれがいくつか見えた。
「ごめんねうちの生徒が」
耳たぶからイヤホンの形をした個性らしきものがぶら下がった女の子が代わりに謝ってくれて、慌てて立ち上がる。
「大丈夫。ちょっと、ビックリしただけだから…!」
「いや、でもあれは流石に酷いって」
「そうですわ。峰田さんには先生からしっかり叱っていただかないと」
「ねえねえ、それよりあの美女二人って琴葉さんの個性なのー?!」
どうやら1-Aは皆積極的なタイプが多いようで、出久くんたちの他に様々な人が私に詰め寄る。
「ちょっと、さっきから何なのアンタたち」
「すみません。ここでは人様の迷惑ですから、こちらへ移動なさっては。ほらお昼も終わってしまいますし」
人混みが、まるで波を切断するように分けられていく。まるでランウェイを歩くモデルのようで、皆うっとりと頬を染めていた。
私の元へきたリリスモンが集っていた生徒たちを軽く手で足らい、エンジェウーモンが休憩時間の終わりが迫り来ることを告げると慌てたように人がはけていった。
「ごめん! うちら邪魔してたね」
「ううん、大丈夫。ありがとうございました…」
「そんな畏まらなくても良いよ。あのさ、よかったらだけどあたし達もお昼一緒でもいい? 話してみたかったんだけど…」
「わ、わたくしも!」
「えっ、い、いいよ! むしろ嬉しい…!」
デジモンたちの魅力に苦戦する毎日だけど、この機会のお陰で友達が出来るのは、大変有難かった。
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「イケメン怖い」
戦闘訓練として屋外の施設にて、急にヴィランの追撃に合ってしまったものの琴葉の個性によってそれらは終息した。
漆黒の獅子に抱えられ、咄嗟に投げ出された峰田は綺麗な空を眺めながらそう呟いた。
またもや1-Aがヴィランの襲撃にあってしまった。しかし前回の経験とヴィランたちが手慣れではなかったことから直ぐに片がつくと思っていたのだが。死柄木の登場と個性の暴走によって状況が一変し、過去のようになってしまうのではないかと生徒たちが不安がったその時、琴葉の個性である召喚された生物が助太刀に入ってくれた。なおかつ、その場を収めた。
少年だった天使がムキムキな堕天使に変わった青年が魔法のような攻撃によりヴィラン全員を気絶させた。それだけでも絶句ものだと言うのに、峰田は先程投げられた男が謝ってきて更に恐れおののいた。
「突然投げ飛ばしてしまっただろう。仕方の無いことだったとはいえ、すまなかったね」
「い、いや。それでオイラ助かったから…」
「そうか…。ありがとう」
布で口元が覆われた獅子は目元を細めて笑った。グゥ、イケメンのくせに…! と峰田はこの時不覚にもときめいてしまっていた。
この時までは。
「そういえば、君は峰田くん…だったかな」
「え?」
「いや何、突然琴葉に襲いかかった人物と特徴が似ていたものだからね」
「え、えっと」
「…君の好みはどうでもいいが、琴葉にだけは色目を使わないで頂きたい」
「…ヒッ」
優しげな声色が、ゾッとするほどに低くなる。まるで目の前にライオンが威嚇しているような恐怖に峰田は体を凍らせた。
「おおおオイラ琴葉さんのことなんてこれっぽっちも何とも思ってなくもないけどいや思ってませんほんとですほんと!」
「…それを聞けて何よりだ」
赤い瞳が鋭く光る。
やっぱりイケメンはクソ喰らえ、と峰田は思った。
「あの峰田という少年に釘を刺してきたよ。もうこれで迂闊には近づけないだろう」
「良くやったぞ闇の闘士よ。褒めてやろう」
「遠慮しておこう。…それより琴葉をそろそろ解放してあげないと」
「…貴様のせいだぞ」
「なんの事だ? 俺は琴葉に命令されてやっただけのこと。これで余計な虫は排除できよう」
「いらぬものも引き付けたがな」
生徒たちに質問攻めされる琴葉を助けに、レーベモンが離れる。
ダスクモンとルーチェモン、二人がその場に残ったが、相変わらず睨み合うだけだった。
「まってイケメンすぎ」
「素顔見てみたい…」
「男の俺でも惚れる…」
「やっぱり琴葉ちゃんの個性は凄いなあ! さっきの技何だろう、すっごい威力だ! 分析ノートに書かせてもらえないかなぁ!!」
「うっせぇぞデク!!」