Synchronicity目が覚めたとき、その衝動がすべてを支配していた。胸をかきむしりたくなるようなその衝動に居ても立っても居られず、弾かれるようにして部屋を出た。飛び出てみれば外はまだ薄暗い夜明け前。時計など確認もしていなかったが、たとえ部屋へ戻っても再び寝ることは難しいだろうし、かと言って他のことも手に付きそうにない。…このままでは良くない。そう思い至り、特に目的地を決めるわけでもなく思考を切り捨てふらふらと足だけを動かし始めた。早朝のランニングをするにもまだ早い時間。そんな、いつもより少しばかり時間が違うだけにも関わらず、見慣れた道を歩いているはずなのに、なんだか知らない道に迷い込んだような不思議な錯覚に陥る。そんな感覚にぼうっとしていたのは一瞬だけだと思ったが、頬を撫でる冷たい風に、いつの間にか浜辺まで来ていたことに気がついた。先程よりは薄明るくなった空、水平線から滲み出してくる光に目を細める。
「総士…?」
ふと後方から聞こえてきた自分を呼ぶ声。それは、目覚めたときから今自分が一番求めてやまない声だった。
「一騎、」
ここに、こんな時間に、何故。言葉を続けようにも、どうにも喉でつっかかり上手く発声できない。だが、僕の表情から何かを読み取れたのか、少し考えて首をかしげる。
「いや、なんていうか…なんとなく?」
「…そうか」
どちらから言うでもなく隣に並び腰を降ろす。段々と明るさを増していく世界に、無意識に強張っていた身体が少しずつ和らぐのを感じた。
「でも、お前がいてくれて安心した」
「安心?」
横目で見やれば、一騎の目線は真っ直ぐに前を見つめているはずなのに、どこか不安げに揺らいでいるように感じ取れた。
「いつもの見慣れてるはずの場所なのに、光の当たり方が違うだけで、なんだか知らないとこに迷い込んだ気がして。だけど、そんなときに総士を見つけてさ。なんていうか…ほっとした、すごく」
立てた片膝を抱き寄せ、少しバツが悪そうに眉尻を下げて小さく笑う。何をそんなに気にするのか。僕なんて、
「………なかった」
「え?」
「僕は、今日目覚めたときからお前に会いたくて仕方なかった」
「えっ……」
「…………」
「…………」
二人の間を吹き抜ける風が、先程のよりもやたらと冷たく感じた。
「そっ…、…か………」
やっとといった感じで絞り出された声は、(先ほどとは違う意味で揺れる)視線と同じく宙を彷徨っていた。なんだ、それはどういう反応なんだ。
「あー、うん…いや…うん、」
歯切れが悪い。じ、と続きを催促するように見つめれば、軽く髪をかきながらぼそぼそと続ける。
「俺も、起きたとき無性に総士に会いたくなったんだ。でも、ほら、こんな時間だろ?だから散歩でもして気を紛らわせようかなー…なんて…思って…」
「………」
「………」
「………っはは」
沈黙を破り、思わず吹き出した僕の声に驚いて目を見開く一騎をよそに、久々に腹を抱えて笑ってしまった。そうか、なんだ、クロッシングもしていないのにここまで同じことを思い考えていたのか。
「そんなに笑うことないだろ…」
なかなか笑いが収まらないことに、少し唇を尖らせ拗ねたように呟く。別にお前一人に対して笑っているわけではない。そんな偶然があることに、自然と止まらないのだ。
「すまない。なんだか安心してな」
「お前が、俺でか?」
「そうだ。僕が、お前でだ」
そうはっきりと断言すれば、そっか、と今度は少し嬉しげに膝を寄せた。ふわりと風に遊ばれる黒髪を耳にかけ、なにか吹っ切れたかのような笑顔で案を提示してきた。
「総士、朝飯まだだろ?うち来いよ」
「有り難い話が、さすがに迷惑だろう」
「そんなことない。父さんが文句言うわけないし、朝飯だってこれから作るのに一人増えようと変わんないからさ」
「…では、せっかくだ。お言葉に甘えてご相伴にあずかることにしよう」
再びどちらとも声をかけることもなく二人して立ち上がり砂を払う。昇りきった陽の光を浴びた背は暖かく、目覚めたときよりも気分がスッキリとしていた。半歩先にふみだしていた一騎が、くるりとこちらを向く。今日という一日は、これから始まるのだ。
「あ、そうだ。おはよう、総士」
「ああ…おはよう、一騎」