生まれ変わった俺が先生と再会して約半年経った。
大人と子供がどうやって交流するんだって思ったけど、実は先生はお隣の大きな空き家に越してきた人で、近くの大学の客員教授してたり、歴史関係の執筆活動をしたりする有名な先生で身分もしっかりしている上に以前より完璧に“凡人らしく”振舞えるようになっていたので気付けば俺の家族とも仲良くなっていて、
「先生、お邪魔するよ」
「あぁ。良く来たな“公子殿”」
"物知りな鍾離先生に懐いてる俺"が、先生の家に頻繁に泊まりに行くのも家族に何も不思議がられる事が無いくらい俺の家族と馴染んでいた。
先生に再会した時に前世の記憶を思い出したので精神的にはとっくに成人しているけど、見た目はまだまだ子供だから前の人生と続きの関係を築くには、色んな意味で人目をはばかる必要がある。
所謂"両片想い"という状態で俺は先生を残して逝った。こと切れる寸前に魂をあげる約束をして、その約束どおり先生は今の俺を見つけてくれたので、二人きりの時俺と先生はただのお隣さん同士ではなく恋人同士になる。
つい最近俺の誕生日があったのだが、丁度夏休みに入っているここ2週間は祖父母の家に行くのが我が家の毎年の決まりなので誕生日当日は先生とは会えないからビデオ通話でお祝いしてもらった。俺的にはそれでも十分なんだけれど、どうしても直接祝いたいって言ってくれたから祖父母の家から帰ってきて早速先生の家にお邪魔することにした。
先生に伴われてダイニングの扉を開けると懐かしさを感じる良い匂いがした。
「わぁ…」
「用意するから公子殿は座って待っていてくれ」
俺が目を開けて感嘆の声を上げると優しく微笑んだ先生が俺の指定席になっている椅子を引いた。大きなテーブルには沢山の璃月料理が並んでいて、ダイニングから見えるカウンターキッチンでもまだ別のがあるのか先生はコンロ上の鍋に向かった。この匂いは俺の記憶が正しければ──…
「腌篤鮮だ」
「あぁ、公子殿はコレを特に気に入ってくれていただろう」
街に出れば他国の料理を出す専門店はいくつもあるし、特に璃月料理を扱う店は結構多いのだけれど、そういう店は璃月ではファストフード的なものがほとんどで、腌篤鮮のような手間暇を必要とするような料理を出している店はあまり無い。前の人生からだいたい千年近く経っているから古代の伝統料理扱いになっていて、今は作られていなかったり高級料亭に行くでもしないと食べれないものもある。俺の誕生日のお祝いに先生手ずから昔懐かしい璃月料理を作ってくれたみたいだ。先生が俺の正面の席に着いたのを合図にレンゲを手に取って腌篤鮮に手を伸ばす。
「ん、美味しい」
懐かしい、優しい塩味のスープにふにゃりと口元が緩ませると先生も「良かった」と言って微笑む。前の人生で何度か腌篤鮮を口にしたけどその中でも先生が作ってくれたやつが一番美味しくて大好きだったんだよ。って今日初めて口にしたら、先生は一瞬きょとんと目を丸くしてから嬉しそうに微笑んだ。可愛い。
祖父母の家での出来事やその間の先生の話をお互いに話しながら食事をしていたら残念ながらまだ子供の俺の胃はすぐにいっぱいになってしまった。残りはまた夜に食べることにして、後片付けを手伝おうとしたものの「主賓はくつろいでいてくれ」とソファーの方に追いやられてしまった。2週間ぶりに合うから少しでもたくさん一緒に居たいのに。こういうとこはニブいんだから。仕方なくスマホを弄ったりしつつ後片付けする先生の後ろ姿を眺めていた。
「先生。今日は改めて誕生日お祝いしてくれてありがとう。
璃月の料理も凄く美味しかったし、懐かしかった。素敵なプレゼントありがとう」
後片付けを終えてやっと俺の隣に座った先生に改めてお礼を言う。元々頻繁に手料理を食べさせてくれて料理は得意だろうけど、あれだけ沢山用意するのは大変だ。手間を惜しまず用意してくれたのと、再会出来た今だからこそあの懐かしい味を味わえるのは特に特別な気がするから凄く嬉しかった。
「ふむ。公子殿が喜んでくれるのは嬉しいが、あれはもてなしであって贈り物は別だぞ」
「え?」
これ以上何かしてくれるの?って俺が驚いていると、何だか照れた様子の先生はズボンのポケットを探って、取り出した小さな正方形の箱を大きな手のひらの上にちょこんと乗せた。
「公子殿、手を」
「うん…?」
言われるがまま、特に意識せず先生側にある右手を差し出すと下から掬い上げられ、その薬指に例の箱から取り出したものを通された。隙間なく、かと言ってきつくもない細い銀色の輪っかの中央にきらりと光る先生の瞳と似た色の石珀の石。所謂指輪が、俺の右手の薬指にはまっている。他の国では逆の手みたいだけど、この国で恋人の右手薬指に指輪を贈る理由、ちゃんと解ってる、の…?
指輪を見てた目を恐る恐る先生の顔に移すと、臉譜とは別の朱色で先生の目元も染まっていた。
「一般的にスネージナヤでは婚約指輪を贈る習慣は無いようだから俺の自己満足でしか無いのだが…受け取ってくれるだろうか?」
「…っ、」
顔どころか、全身が熱くなった。
「お、俺、学校で体育の授業とかあるからこんな繊細そうなのずっと着けてれないよ」
「うん。公子殿も今の生活があるからな。首から下げれるようにチェーンも用意してある。
その、俺と二人きりと時は薬指にはめてくれると嬉しい…」
照れてしまって、まだ正真正銘のガキな俺が可愛くない事を言ってしまってもちゃんと喜んでる事は先生も理解してくれたみたい。肌身離さず身に着けておけるよう用意してくれたチェーンも指輪を入れていた箱から取り出したけど、今は二人きりだからチェーンは箱にしまって俺がテーブルの中ほどに押しやると先生は花が綻ぶように微笑った。
「公子殿、この世に再び生まれてくれてありがとう。心よりの祝福を」
改めて目を見つめてお祝いの言葉をくれた先生は俺の手を取って、一度指輪を指でなぞると其処に唇を落とした。
それはただの昼下がりの民家での出来事なのに、どこか厳かささえ感じる、何か特別な儀式のようだった。
■おわり■