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    一夜さん

    @kutirumizu

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    一夜さん

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    新幹線って暇!ちまちま書いてたら出来たから紙で提出してきた!のでぽいする!誤字あるかも!がはは!
    支部に上げるのはちょっと……あまりにもわたしが素人なので……

    それは月の形に似ている規則正しく並んでいる街灯が、その横顔を照らしては隠していく。外の光源だけに頼る車内はひどく暗くて、しっかりと見つめていても普段捉えている輪郭も朧気に映っている。
    この視線に気づいているだろうか。シートに体を預けながら、薫は考えもまとまらない頭で思案する。もしかしたら気付いていないかもしれないなぁ。一点に集中するとどこまでも突き抜けていくところがあるから。
    それは、なんだか惜しいな、と思う。今はなんとなく、晃牙の声を聞きたい気分だったのだ。
    声をかけてしまおうか。きっと応えてくれるだろう。けれど、夜の運転は視界の情報が少ないのだ。運転免許を取得してから幾度となく車を転がしているとはいえ、やはり夜道を走るのは緊張するのだろう。どこか硬い面持ちをしている。とても真面目な晃牙らしい。その集中を乱してしまうのは、良くないことだ。
    きっと正解は、このまま揺り籠のように揺られて帰ることだ。薫が「良い子」ならそうしただろう。そう思いながら、けれど口は勝手に言葉を選んで音にしてしまった。
    「海に行きたいな」
    果たして衝動はそのまま彼の耳に届いたようだった。晃牙はゆっくりと視線を動かして薫の方を見た。目と目が合う。体の動かし方を忘れてしまったみたいに、そのまま何分も経ってしまった気がする。否、そんなはずはない。きっと数秒も経っていないのだろう。鈍い頭が時間を永遠にしていく。ずっと進まない時計をしているみたいだった。
    晃牙はそんな薫を置いて、蜜色の瞳をぱちりとしまってから、ゆっくりと開く。そして何を言うでもなく右手のレバーを動かした。ウインカーがカチカチと光る。光っては消えてを繰り返す方角がどこへ向かうものか、その先が家ではないことを薫は知っている。
    気がつけば晃牙は前を向いていて、信号は青に変わっていた。




    「おら、起きろよ酔っ払い。」
    その台詞の荒々しさとは裏腹に、穏やかな手付きで肩を揺さぶられた。どうやら車内の揺れに抗えずに眠ってしまったらしい。それに気づいた晃牙は、わざわざ降車して運転席から助手席まで回り込んで来てくれたようだ。装着した時のようにシートベルトを外してくれる姿はひどく甲斐甲斐しく映った。
    開いたドアの向こうから潮の香りと波の音がする。どうやら、薫の言った冗談みたいな一言で、本当に海まで連れてきてくれたのだ。途中で家に向かうことだってできたはずなのに。
    「で、どうすんだよこっから。」
    薫の思考を遮るように、覗き込むようなかたちで晃牙は問いかける。まるで指示を待つ可愛い愛犬のようだ。そんな可愛いものではないはずなのに、そんなことを思ってしまう。
    俺のことわかっているくせに、と独り言ちた。遠くから気配だけを感じで愛でて、そうして見ているだけで満足できると思っているのならば、こうしてドアを開いてシートベルトを外す必要なんて無いのだから。
    シートから身を乗り出しで硬いコンクリートの地面に足をつける。海岸沿いの道路の路肩に停められた車から、そう遠くないところに浜辺への階段が設置されている。そこを目指してふらりと歩き出そうとした薫を見て、晃牙は眉をしかめて深くため息を吐いた。そして何歩も進まない薫の手を掬い上げるように攫ってゆるく握り込んだ。
    「勝手に行こうとすんなよな、コケたら大事だろうが」
    そう言うや否や、ついと顔を背けて助手席のドアを閉めた。バタンと大きな音が辺りに響く。スイッチひとつで施錠しながら、晃牙の足は迷いなくコンクリートの地面を前へ前へと進んでいった。カツン、カツンと。いつもより狭い歩幅と遅い足音が、そのまま晃牙の優しさだった。素直で、誠実で、控えめなそれをなぞるように、手の引かれるまま薫の足も動いていく。
    階段を一段一段丁寧に降りて、近づけば近づくほど波の音が大きくなっていく。柔らかい砂に足を取られないように踏みしめて、波打ち際までゆっくりと。靴が濡れてしまわない程々のところで晃牙は足を止めた。
    海に光の橋がかかっている。ムーンロードがまっすぐ海を貫いて二人を照らしている。まるで月に招かれているようだ、なんてロマンチックに思考に囚われてしまう。きっと晃牙が足を止めていなければ、薫はこのまま海まで足を踏み入れていただろう。そういう妖しげな力が、視線の先にはあった。この道の先には、なにがまっているのだろう。
    「スゲェ月、スポットライトみてぇ」
    そんな時、波の音ばかりが擽る薫の耳にぼそりと呟いた晃牙の声が届いた。思わず前に立つ晃牙の顔を見ようとしたが、当然どんな顔をしているかなんて見えるわけがなくて。
    けれど、そうか、そっか。スポットライトか。
    言われてみれば、そんな風にも見えるかもしれない。美しい夜の月は、ステージに立つ魔物たちを照らす光線にどこか似ていた。
    こういったことが、時折ある。きっと薫には見えていないものが、晃牙には見えているのだ。生まれも生きてきた環境も育んできた性格だって違うのだから、それは世界が違うのと同義なのだろう。だから、その世界の一端に触れる時、薫はなんだか面白くて嬉しくなってしまう。こんなに違う人間なのに、こうして一緒に、隣に立っている。
    気付けば笑みがこぼれていた。どんどん溢れて止まらない。
    「ねぇ晃牙くん、」
    「あんだよ。というかえらく機嫌がいいじゃねぇか。なんかあったかよ」
    「俺いまとってもいい気分だから、踊ろっか」
    「は?」
    晃牙の訝しげな様子など目もくれず、薫は繋がれていないもう片方の手を取って向かい合った。そして向かい合ったことで、薫の言う踊りの分類が普段自分たちが踊っているようなダンスとは異なるだろうことに晃牙も気がついたのだろう。
    「んないきなり言われたって、踊ったことねぇよそんなの」
    そう悪態をつきながら薫の手から抜け出そうとするが、お構いなしにサッパリ無視をして薫はまぁまぁなんて言いながら握る手に力を込めた。
    左足を引く、つられるように晃牙がこちらへ引き寄せられる。
    「こんな綺麗なスポットライトに照らされているのに、なにもしないなんて勿体ないじゃない?それにそんな難しいことはないから大丈夫、大丈夫。ほおら、三拍子。俺に合わせて。右足、左足、右足で動かせばいい。右足で踏み込んで、左足で更にもう一歩。そうして最後の右足で左足に追いつく。」
    イチ、ニ、サン。イチ、ニ、サン。
    カウントを取りながら勝手に動き出した薫に引きづられるように、晃牙の足も砂の上を滑る。止まるつもりがないことがわかったのか、晃牙は深い溜息を一つついて、それで怒りとか呆れだとかの感情を飲み込んでくれたのだろう。視線を落として、足元を注視するようになった。
    もしかして、と思った。足を踏んでしまわないか心配なのかもしれない。別に踏まれたって構いやしないのに、そういうところが嬉しくて、気分がまたすこし上がった。
    数字を刻んでいたリズムはやがて適当な、どこか耳馴染みのあるクラシック音楽にかわり、ぼんやりと口ずさむそれは波の音と混ざり合って月光のステージを彩ってくれる。
    薫はその月を眺めながら、未だに足元を見ている晃牙にずっと思っていたことを問いかけた。
    「晃牙くんは、どうしてそんなに優しいの?」
    「あ?」
    「だって、こんな酔っぱらいの世話なんて面倒でしょ。なのにお店まで迎えに来てくれるし、変なわがまま言っても叶えてくれるし、運転してもらってる横でぐーすか寝てても怒らないし、転ばないように手を繋いでくれるし、こんなふうに踊ってくれるし」
    晃牙は黙って薫の言葉を聞いていた。薫が奏でていたメロディは途切れてしまったが、その名残をなぞるように足はステップを刻み続ける。リードしていたはずの薫の足は主導権をとられてしまったかのように、まるでそれが正しいのだとされるがまま動かされる。
    波の音以外、何もないみたいに静かだった。
    ずっと足元を見ていたはずの晃牙が、顔を上げて薫を見ていた。強い力の宿る目だと思う。見て見ぬふりをしてくれる優しさと、決して見逃してくれない強さが宿るその目は、そらすことを許さない、許されないと思わせる目だ。美しい蜜のような色をした瞳は、月の光を受けて黄金に光っていた。
    「言わねぇ」
    「え」
    それだけ言って、晃牙は薫からアッサリと目を離した。薫から繋いだ手が開放されて、冷たい海風が温もりを連れ去ってしまう。元より握りしめていた片手を引っ張って、そのまま晃牙は歩き出した。月を背に、一歩ずつ海から遠ざかっていく。
    「なんだ、今言うのはフェアじゃねぇ気がするから言わねぇでおく」
    晃牙の声はハッキリとしているから、海の音にもかき消されず薫の耳に届く。フェアじゃないから、ってどういうこと。頭の中でぼんやりと浮かんだその言葉を口にするよりも先に、晃牙は言葉を続ける。
    「明日の朝、あんたが起きてから。そんときに言ってやるよ」
    あんたが言ったんだ。そん時は逃げんじゃねぇぞ。
    そう付け加えて、少しだけ大股になった一歩を進んでいく。
    二人の影と月だけが、その足跡を見ていた。




    新しい一日が始まった、清々しい朝だった。
    閉じられたカーテンの隙間からのぞく空の色はきれいな晴天だったし、チチチと遠くで鳥の声まで聞こえるし、昨晩あれだけ飲んだ酒が嘘のように頭は冴えている。いいことだ。本当に?
    そう、冴え渡ってしまっている。非情に明瞭なのである。
    薫の起床に気付いた賢く可愛らしい愛犬が連れてきてしまったのか、扉にもたれるようにこちらを見つめる晃牙の顔を視界に収めて、二つほど瞬きをする時間をもらって、それから重苦しいため息とともに盛大に頭を抱えた。全く痛くはないはずの頭が痛むようだ。
    晃牙はといえば、声にもならない唸り声をあげている薫の様子を、こらえきれない様子で腹を抱えて笑いながら「はよ。顔洗ってこいよ、飯にしようぜ」なんて愉快そうに言って踵を返して行った。その背中に「おはよ……」と投げつけた言葉のなんと力弱いことか。晃牙の笑い声が遠ざかってなお聞こえる現状に、薫の動き出しが遅れてしまうのは仕方のないことだった。

    のそのそと支度を整えてリビングダイニングへと向かえば、そこ待っていたのはどこかチグハグな朝食たちだった。いや時間を考えればブランチだろうか。頭が現実逃避したがっているのを自覚しながら、薫は用意してくれたであろう晃牙へと視線を向けた。
    「ねぇ、なんかチグハグじゃない?」
    薫がそう言いたくなるのも当然と言えば当然だろう。食卓には片やおにぎりにお味噌汁、片やふわふわパンケーキである。
    「食いてぇ方に座れよ」
    水の入ったピッチャーを冷蔵庫から取り出しながら、晃牙は事もなげにそう返した。
    「あの感じなら酒も残らねぇだろうし、行く前に食いたいっつてただろ。用意しておいてやったぜ。とは言え、好物でも気分じゃねぇ時もあるだろ。起き抜けだし。だからどっちも用意した。あんたが選ばなかった方を食うから好きな方食え。」
    そんなことを言いながら、上機嫌に水を注ぐ。ととと、と。
    献身的なことだ、と感動する場面だろう。別々の食事を用意するなんて七面倒なことをしてくれた心遣いへ。それでも薫が素直に感激できないのは。
    「どうしてそんなに楽しそうなの」
    「ん。あんたいつも余裕そうに構えてるからな。うろたえてる姿は貴重で面白いんだよ」
    そういうところだからだ。杯に水が満ちていくのを恨めしげに眺めながら、ぼそりと呟いた。
    「悪趣味〜」
    「は、悪い男に捕まっちまったな」
    薫は迷わず席についた。それに合わせて晃牙も対面に座る。両者姿勢を正して、いただきます、の声が二つ揃った。

    「で?思い出したかよ」
    「思い出させないでよ」
    「逃げんなって言ったろ」
    揶揄するように口角をあげてこちらを見る晃牙に、おにぎり片手じゃなければもっとカッコいいろうになどと内心で茶々をいれつつ。
    薫も薫でパンケーキを切り分けていく。バターの香りが強く食欲を擽って、また腕をあげたなぁ、なんて感嘆する。
    「ちゃんと思い出したよ、ちゃんとね。俺は随分優しくていい男に捕まったなぁ」
    「別に優しくはねぇだろ」
    「晃牙くんは優しいよ、ずっとね」
    晃牙は肩をすくめて言葉を聞き流した。真面目に取り合ってくれないらしい。まぁいいか、と自分を納得させる。知っている人間は、知ってるのだから。
    切り分けたパンケーキに、蜂蜜をかける。その甘さは彼の瞳に似ている。
    「海よりも俺様を見ている様は気分良かったけどよ。」
    それ、忘れんなよな。
    そう言いながら右手を伸ばした晃牙は薫の左手に触れた。左手の、薬指に。ずっとを誓った金属が二人の体温で温まる。思わず笑みがこぼれた。だってなんだか拗ねているようだったから。
    「もう忘れないよ」
    こんなに甘いんだから。




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