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    第一回 お題 「花散らし」
    ※薄味ですが雰囲気:景晴です。

     ふと気付くと、海岸に白い泡が積もっていた。
     波の花が押し寄せたのだ。海水の攪拌によって姿を見せる雪のような柔いものたち。
     海が荒れているのだろう、とわざわざ沖を見るまでもなく空は昏く黒ずんだ分厚い雲がいつの間にか薄い青空を隠してしまっていた。
    「降りそうですね」
     景虎が思ったことをそのまま音にするも、離れた場所に転がる赤い鎧姿の男は何も返さない。
     はてどうしたことかと砂で髪をこすらせ首を動かし頭を上げれば、男の視線は荒波に引き込まれているようだった。
     先ほどまでいつものようにシミュレーターで/いつもと異なる場所=海岸で/長尾信虎と斬り結んだ武田晴信は、砂浜がしとど真っ赤に染まるのも構わず波の花を見ている。きっと、あの様子では波音しか聞こえていないだろう。
     そういえばこの男の領地は海が無かったですね/などと思えばなるほど、この毘沙門天を無視したことも許して差し上げましょうと己が横たわる砂浜のように広い心で頷いて見せた。ついでに、とばかりに晴信をなぞるように再度砂上へと身を横たわらせる。普段はここから勝った負けたもう一回と言葉をぶつけて騒ぐのが常であり、かの宿敵と同じ空間にいながら言のハを合わせないのは奇異であり――興味深くもあった。
     晴信は、何を感じているでしょう?
     ここは海岸だ。だからまず、ニオイが鼻をつく。腐った魚や、漂着物の生々しくて終わりゆく臭い。
     次に音が聞こえる。規則的な波の音。冷たくて、無慈悲な波の手が砂を無感情に削る音。
     そして、視界には黒い砂と――今は例外的な白い泡がよく目立つ黒い波。白黒の世界。
     だが、刀傷を負った景虎の眼前には朱い花が舞い散っていた。
     血だ。晴信と景虎の、赤い血が混ざり文様を描くかのごとく黒い砂浜を染めている。
     景虎の手元にも血だまりができていた。二人の武者が刺し合い地を踏みしめた証であるくぼみの血だまりはまるで赤い花筵のようで、差し伸べた指先が隠れるほどに深かった。
     きっと晴信はこれを見ていない。でも、毘沙門天が砂にまみれなければ気付かなかった景色だった。
     景虎の口元で空気が微かに震える。耳ざとい男の肩が微かに揺れたのが見えて景虎の身体もつられるように更に揺れた。
     ふと風が冷たいと思えば、ぽつりぽつりと雨が耐えきれず落ちてくる。
     雨で花が散っていく。押し流される血潮を惜しいと指で掻くも、死合の名残は女の手に気付くことなく消えていった。
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