hrak夢💜(供養)※入学当初から交流のある設定
※夢主もA組
※個性は「司書」一度読んだ本の内容を「使う」ことができるし、鮮明に思い出すことができる
※普段は中性的な言葉遣いだが、余裕がなくなると敬語になる
いつも通りだけど、いつも通りでない日々が始まって、早一か月。
街の復興はまだまだこれから。しかし、学園内……特に、この寮の中だけで言えば、日常が戻ってきたと言っていいはず。
新しい学年。新しい授業。そして、新しいクラスメイト。
初めは賑やかな空気に戸惑っていた心操君も、今ではすっかりA組の一員だ。
普通科の星と呼ばれる彼を慕う後輩も多く、先輩としてもヒーロー科としても、ようやく慣れてきた頃だと思う。
入学試験の時から応援し続けてきた自分にとっては、嬉しくもあり、まだ実感を抱いていないのが正直なところ。
それは好意を抱いているからこその喜びであり、決して否定ではない……と、客観視したところで緩みそうになる顔を引き締める。
この春からヒーロー科に転入し、同じクラスとなり。そして、同じ寮で共に過ごしている心操君とは、一般的に言うなら恋人という関係だ。
と言っても、公言しているわけではないし、わざわざ伝えることでもないので、知っているのは本人たちだけ。
隠すつもりもないけど、伝えるのなら心操君のタイミングで……と、言っている間に色々とあり、そのまま今に至るというだけ。
以前に比べて二人きりで過ごす時間は減ったけど、総合で過ごす時間は圧倒的に増えているし、正直なところ、今でも十分に満足している。
朝起きて寝ぼけている姿も、授業で頑張っている姿も、休日に少し気が抜けた姿を見るのも。一年生の時には考えられなかったことだ。
ラインのやり取りも、勉強会も、そうして二人だけで過ごす時間だって嬉しい。
だけど、好きな人の知らなかった一面を見られるだけでも、今の私にとっては十分幸せなことなのだ。
「○○ちゃん」
――まさしく、今のように。
顔を上げ、一つ瞬く。目を奪われたのは、普段は上げられている髪が重力に従い、下に落ちていたからだ。
僅かに湿り気を帯びている、ということは、お風呂上がりだろう。微かに香るボディソープの匂いは嗅ぎ慣れず、自前のを使っているのか、備えつけなのかの区別もつかない。
捕縛布を扱う関係で、指先は保湿していると聞いた記憶はあるけど、他の肌もそうだったかと思考したのはある意味現実逃避から。
夕食を終え、就寝時間までの一時。共有スペースのソファーで本を広げるのは、私の日課だった。
個性を使えば一瞬で理解できるのに、わざわざここで読みふけるのは、ここが一番落ち着くから。
机のあるスペースでは、上鳴君や芦戸さんたちがボードゲームをしているみたいで。賑やかな雰囲気がここにも伝わってくる。
心操君に話しかけられたのは、キリがいいところまで読めたら観戦しようかな、と。そう考えていた矢先のこと。
「それ、なんの本」
問われ、真っ先に確認したのは遊んでいる皆の反応。視線はテーブルの上。駒は進み、儲けやらずるいやらの抗議の声が響くばかり。
今の呼称を聞かれた様子はない、と確かめたところで、小さく息を吸って跳ねた心臓を落ち着かせる。
「今日はファンタジー小説だよ。ゲームが原作の、魔女の家から脱出する話」
「ああ、前言っていたやつ?」
表紙を見せ、説明している間も鼓動はうるさく、平静を装うのが精一杯。
下の名前で呼ばれるのは、正直言ってまだ慣れていない。でも、それ以上に動揺したのは、ここは共有スペースの端で、二人きりではないということ。
確かに会話は聞こえないだろうけど、それでも何をしているかは視認できる範囲。まさか呼ばれるとは思わなくて、顔が緩んでいないか不安になる。
「読む時間が取れなくて、最近読み進めてるんだ。心操君は、後味の悪い展開は苦手だったかな」
「内容にもよるかな。いつもここで読んでるの?」
「休みの日とか、ゆっくりしたい時以外はそうだよ。ここで皆の声を聞くのが落ち着くから」
今日は少し賑やかだと言葉を濁せば、たしかにと同意されて、普通に会話できていることに少し落ち着く。
きっと無意識に出てしまったのだろう。聞かれていなくてよかった。
「ところで、私になにか用かな。……あ、授業でわからないところがあった?」
こうして開いた時間に教えることは、心操君に限らず皆にもしていることだ。
それなら机のある場所の方がいいかと見上げた顔が笑い、唇が少し歪む。
見覚えがあるその顔は、少し悪いことを企んでいるときと同じで。
「彼女と話をするのに、理由がなくちゃダメ?」
パタン、と。閉じた本の音が、やたら大きく聞こえたのは自分の錯覚だ。
殴りつけるようなざわめきは出産がどうの借金がどうのと叫んでいるもので、それこそ今かけられた言葉を簡単に吹き飛ばすほどに大きい声。
それでも、思わずそちらを見てしまって。もう一度、戻したときには見上げていた顔はすぐ隣へ。
太ももに感じる熱は、密着する心操君の足から。持っていた本を取られて、代わりに握らされたのは心操君の、手で、
「え、あ……し……っ、心操、君……?」
ソファーの背で、握られた手までは見えない。だけど、これだけ距離が近ければ、いつ気付かれてもおかしくはない。
「なに?」
ボードゲームはまだ盛り上がっていて、誰かが上がる様子もなく。天使が、という悲鳴が聞こえて、人生ゲームだと思い込んでいた前提が覆される。逆に皆は何をしていたのかと、逃げようとする思考は覗き込む藤色に引き戻されて、どこにも行けない。
問いかける声は柔らかくて、じわじわと体温が上がっていく。手の平に滲む汗が気になるのに拭えなくて。ああ、違う。そうじゃ、なくて。
「こ、ここ、共有スペース……」
「わかってる」
「み……みんな、いる、よ?」
「だからだけど」
分かりきった質問しか出ないのに、返ってくるのはわからない言葉ばかり。
だからだけど。……だから、だけど?
いや、だって。あんなに騒がしくてわからないはずがないから、それは当たり前で。つまりそれは、みんながいるからこそ、こうしているということで。
でも、それだと皆に、ばれてしまうという、ことで。
「もうそろそろいいかなって」
「……なにが、かな?」
「いつ公表するかは、俺のタイミングでいいって言っただろ?」
ぎゅう、と握られた手をほどけなくて。触れる体温から離れることも、できなくて。
違う意味だと湾曲させようとした思考は、笑う息で呆気なく吹き飛んでしまう。
自覚すればいよいよ理解が追いつかなくて、頭の中が沸々と湧いていく。
あ、だめ、ダメだ、これ。
「ま……ま、って、ください」
「もう十分待ったけど」
頭の中で必死に本を捲っても落ち着けるわけがなくて、でもどうにか落ち着きたくて、そっと離そうとした手は指を絡めて繋ぎ止められる。
より密着した肌に、本棚が崩壊する音が聞こえる。ああ、本当にダメ。こんなの落ち着けない。
敵相手にだって冷静だって言われたのに、心操君のことになると、どうしたって冷静になれない……!
飽きたのでここまで~~~