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    tennin5sui

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    秋籠果物

     女が持参した手土産は栗を用いた蒸し饅頭で、そもそも手土産などという行為が、この女がどれほど時節を弁え一般的な礼節を持ち合わせているかを物語っている。もっとも、そうした風流は受け手次第で、蜜柑も檸檬も饅頭はあまり好まない。テーブルの上に載せられた包みは、彩りにもならずに端に寄せられている。
     そもそも、と蜜柑は考える。依頼をするのに手土産を用意するなど、やはりこの女は外れているのだ。依頼主たちはいつだって横柄か、あるいは、もう先はないのだと余裕なく切羽詰まっている。そんな気遣いができる人間であれば、自分たちのような者に依頼する前に、頼る先などいくらでもありそうなものだ。
     コーヒーが運ばれてくる。女にとって、無償で提供される水では、話を始めるには値しないらしい。店員の姿を見送ると、やっと慎ましやかな口を開く。
    「根付が消えたんです。それを探していただきたくて」
    端的に述べる。カップに指を伸ばし、熱さからか、指を引っ込める。詳細を話せ、と口にしかけたところで、承知したように、
    「元は祖母の持ち物でした」
    と続ける。

     辰年生まれの祖母は、お守りに裏干支である戌の形に珊瑚を彫り込んだ根付けを身につけていた。先ごろ祖母が亡くなり、ずっと身につけていたものなのだから、共に棺に入れてやろうと探したところ、見つからなかった。女は写真を差し出す。生真面目そうな年寄りが、帯に飾りをつけている。これが根付けなのだろう。
    「盗まれた、と疑っているわけか」
    「小さい家ですし、親類なんてもう私だけですから。考えられるとしたら、祖母はちょっとしたお店を……お惣菜をご近所の方に売っていて。その」
    「客の中にネズミがいたわけだ」
    檸檬は無関心そうに、コーヒーに牛乳を注いでいる。
    「亡くなったとはいえ、余り、生前仲の良かったご近所さんたちのことを悪く思いたくはありませんから。できれば穏便に、あまり波風立たないよう、済ませていただきたくて」
    「できれば、な」

     穏便に、というのはどういった態度なのか女は明言しなかったので、要するに暴力沙汰は避けてほしい、という意味なのだと理解した。女から事前によく出入りがあったと伝えられていた数人を道端で捕まえ、直接話を聞いた。もし女が、例えばたまたま喫茶店やバスで隣席になった風を装うようなスマートな解決を望んでいたのであれば、人選を考えるべきだった。
     皆、困惑の顔を浮かべつつも、知らない、と口を揃えて言った。一人だけ、変わったことを口にした女がいた。依頼を持ち込んできた女よりも、一回りほど歳上だろうか。
    「珊瑚は持ち主を守るんだって、よく言っていました。もし私が死んだら、珊瑚も死んでしまう、色が褪せて、真っ白な骨の欠片みたいになるんですよ、って……あの、珊瑚、無くなってしまったんですか?」
    「ああ。おまえが盗んでいなきゃな」
    女は思い出に浸るような顔から覚め、二人の横暴さを思い出したらしく、いいえ、とんでもない、と胸の前で手を横に振る。

     家の中にあるんじゃないのか、と女のアパートを訪ねて聞く。隅々まで探しました、と言う。女はアパートに一人暮らしをしていて、遺された家は継いで住むわけではなく、売却するらしい。細々とした洋品具などはすでに売ったり捨てたりで処分してしまい、部屋の中に残っているのは、容易には動かせない古箪笥や、無垢の杉のテーブルなどの大物の家具ばかりだ。どこかへ入り込んでしまっていると考えるのも難しい。それでも、他人の目から見れば何かあるかもしれませんから、と家に入る許可は与えてくれた。
     他に当てもないので、家探しをする。畳を剥がしてみたり、箪笥の引き出しを引き抜いてみたり、テーブルの継ぎ目を一つずつなぞってみたりもしたが、騒がしくされるのを嫌ったクモが走って行ったくらいで、それらしいものなど形もない。

     草臥れて、その辺りで昼飯にしよう、と外に出た。住宅街だが、定食屋くらいあるだろう。とっくに依頼に飽きていた檸檬がさっと立ち上がり、蜜柑を先導するように歩いて行って玄関の引き戸を開ける。喜び勇んで、という言葉がぴったりなほど勢い込んで玄関を開けたのに、檸檬はその場でぴたっと立ち止まる。後から追いついた蜜柑が、どうした、と声を掛けると、檸檬は無言で地面の上を指差した。
     ただの小石のように、珊瑚が転がっている。綺麗な丸い形ではなく、少し形が歪だ。犬の形に彫られている。女が言った根付けだ。紐や金具は付いていない。珊瑚の部分だけがぽつりと転がっている。拾おう、と檸檬が屈みかけたところで珊瑚は何の前触れもなく転がり始めた。玄関先は平で、坂道でもなく、ましてや何かに当たったわけでもない。今の今まで静止していたものが、勝手に動き出す道理はない。珊瑚が自ら転がって行ったようにしか思えない。
     どこまで転がるのか、後をつける。自分の後ろを歩く男たちなどどうでもよろしい、とでも言うように、速度を変えず、淡々と転がっていく。やがて依頼主の女のアパートにやってきた。見窄らしい。アパートの外階段を、カツンカツンと音を立てて珊瑚の戌は登っていく。蜜柑と檸檬はそれを外から眺める。女の部屋の戸がひとりでに開いた。珊瑚の戌は中へ入る。扉が揺れ、それっきり静かになった。
     女を二度と見ることはないだろう。つまりは、二人の仕事が無給に終わったということだ。
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