12話後生還√で青いものがトラウマになったPTSD🥞の話「はー……やっと掃除終わった……お前も普段から、ちょっとぐらい部屋を片付けようとかならねぇのか……」
「君がいるからな。」
「俺の負担を減らせって言ってんの!!!」
「………………」
「おい黙るなよ。」
とある日の昼下がり。今日も今日とて散らかった部屋の掃除が終わったメフィストがふう、と息をつきながらキッチンへと向かった。
やがてシュンシュンとヤカンから湯気が立つ音が聞こえ始め、また暫くすると良い香りがふわりとキッチンから届いてきて、満足気な顔をしたメフィストが、ティーカップとポットを持ってリビングへと戻ってくる。
ここまでは、いつも通りの日常だった。
普段通り、メフィストには目もくれずに分厚い本を一郎は読み耽っている。
が、ふと、いつもとは違う香りがするのに気が付き、何気なく本から目を逸らしてテーブルの上を見やる。それは丁度、メフィストがポットから紅茶を注ぐ直前で、
注ぎ口から出てきたのは、青い液体だった。
「、ッ!!、………………それ、は、」
瞬間、息が詰まる。心臓がどくり、と早鐘を打ち、肋骨にぎしぎしと響いている。
あの情景がフラッシュバックして、目が離せなくなる。
「ん?……あーこれ!この前ふと気になって買ってみたんだよな。バタフライピーってやつ。」
「……………………」
「何?気になるか?飲んでみる?」
「!、いや!…………要らない。」
問い掛けられ、視線を上げるとメフィストと目が合った。一郎は何故か慌てて目を逸らし、咄嗟に顔を本で隠す。
まるで、心を見透かされたような、視線だった。
「あ、そう。まぁどうせそう言うと思ったよ。お前はココアしか飲まねぇからな……」
あまりに不自然な態度の一郎を前にして、何食わぬ顔でメフィストはティーカップに口をつけ、傾けていく。
「、んー、ハーブティだからかな。いつもとは全然違うな……」
「…………………………」
さっきから本の内容が全く頭に入ってこない。目の前の、本とテーブルを挟んだ向こう側、メフィストと青い液体が脳裏に焼き付いて、それが脳味噌を支配してしまっている。
心臓はまだどくどくと鼓膜に響いてくるし、部屋は適温のはずなのに、薄らと冷や汗をかいている。
いつもなら慣れ切ったはずの無音の空間が耐えられず、一郎は思わず口を開いてしまった。
「……………………それ、美味いのか。」
「……んーどうだろう…………そんな気になるなら、やっぱ飲んでみれば?」
視線を移すと、ティーカップを差し出しているメフィストがいる。
少しかさが減った、青く透き通った水面がゆらゆらと揺れて、その向こう側に見えないはずの紅い世界を幻視して、そこから目を離したくて、でもとらわれてしまって、
「はい、零すなよ。いつまでも食わず嫌いじゃ駄目だろ。……」
さっきよりも近くから声がする。
ばっと顔を上げると、いつの間にかメフィストが隣に来ている。
驚いて、目を見開き固まっている一郎の本を取り上げ、その代わりにティーカップを押し付けられる。
ふわりと目の前からハーブティ特有の香りが漂ってきて、脳味噌がふわふわするような、締め付けられるような、謎の浮遊感に苛まれる。
「……ほら、飲んで。」
じっと横から見つめられている。この先、一郎がどう行動するのかを見定められている。
喉が渇いた気がして思わず生唾を飲み込むが、この目の前の液体を飲む気には到底なれない。
多分、一生。
「………………………………やっぱり、いらない。」
一郎は俯きながら、漸く言葉を絞り出した。
それはとても小さくて、震えていて、きっと、真横に座っていなければ聞こえない程の、か細い声だった。
「…………、……そうか。」
一呼吸を置いた後、メフィストは諦めとも落胆ともつかない声で返事し、僅かに震えている一郎の手からティーカップを受け取った。
「味はまぁ、……よく分かんねぇかな。俺には。
……あ、そう言えば、これ、色が変わるんだよな。」
ふと思い出したかのように、メフィストはキッチンへ何かを取りに行く。
「実際には見た事ないんだけど……」
戻ってきたメフィストの手には、輪切りのレモンが乗っていた。
それをティーカップの中に浮かべる。
「……こんなに変わるのか…」
ティーカップの中の青が、薄いピンク色へと変わっていく。
食べ物にしては見慣れない色ではあるが、その色を見ると急にふっと身体が軽くなり、一郎は漸くほ、っと小さく息をついた。
「……うん、やっぱりよく分かんねぇな。」
ピンク色に変わったその紅茶を飲みながら、やっぱりメフィストは眉をひそめた。