それは愛しい君の一部くい、と袖を引かれるような感覚を覚える。振り向けば、己とは異なる服飾を身に纏った自身がそこに立っていた。ただいつもと異なる点と言えば、カンテラに収められた炎が不安げに揺れていることだろうか。
「ん?どうしたんだ?」
迷子の子供にでも声をかけるように、機械の膝を折り曲げてスペースポリスは彼に問いかけた。いつもであれば彼は歌姫達と一緒にレコーディングをしているはずだ。
歌姫をモデルとして作られた彼は、少し顔を俯かせ、己の喉をゆっくりと撫ぜた。
「嗚呼、なるほどな。上手く声が出ねえのか」
喉を撫でる仕草と、微かに彼の喉から聞こえる異音。おそらくは彼のボディに組み込まれた音声機材のトラブルだろう。最も、その異音は虫の羽音より小さく、その僅かな異音を聞き取れたのはスペースポリスが機械の体であったからだが。
「だが、さっきVoidollならバトルに出てったぜ?」
近くのモニターを親指で指し示すと、ちょうどバトルに出ている様子が映し出されていた。確かバグが見つかったとかでその確認も兼ねてと言っていた気がする。
それを伝えてやると、彼はあからさまにガクンと肩を落とした。大方、この後歌姫達と約束があるのだろう。
流石にこのまま放っておくのは同位体だとしても可哀想だ。
「…良かったら見てやろうか?俺の部屋ならパーツがあるしよ」
そう伝えると、彼はカンテラの炎をぼわりと大きく滾らせ、声の代わりに感謝を伝えるようにスペースポリスの手を握り大きくブンブンと縦に振ってくる。
「おいおい…感謝は直ってからにしろ?ほら、行くぞ」
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「ンー…ここか?なんか詰まってんな」
カチャカチャと小さな機械音が部屋に響く。喉パーツを開いた彼の機体を見上げながら、スペースポリスは首を傾げた。こういう時、自身の頭の炎のおかげで明かり要らずなのは便利でいい。
「よし!どうだ?俺のパーツと交換して異物除去しただけだが…」
パタンと首元を閉じてやると彼は数回首を撫で、息を軽く吸うような仕草をする。
「Ahー…♪」
透き通った、機械を通したとは思えない声が響く。己の声とはいえ、ここまで違いが出るものなのだろうか。
「ありがとうな!助かったぜ!!」
余程声を出せたのが嬉しいのか、彼はスペースポリスに飛びつき抱きついてくる。まるで飼い主と久しぶりに再会した大型犬のそれだ。勢いが余りにも強く後ろに倒れてしまったが、ベッドの上で機体を痛めずに済んだのが幸いだった。
「おっと…ほら、はしゃぐのはいいが時間はいいのか?」
「っと、そうだった!悪い!」
がばりと体を起こし、「礼は今度必ず!」と言いながら慌ただしく部屋を出ていった。同じ同位体とはいえこんなにも性格に違いが出るものかとスペースポリスは体を起こす。
ふと、ベッド端に目をやると先程の衝撃で彼が落としたらしい帽子がぽつんと残されていた。
きっとまた彼は部屋に来るだろう。礼を忘れていないのであれば、忘れ物の詫びと共に。
「今度はもう少し部屋の掃除でもしとくか…」
怪盗の資料やら放りっぱなしのジャンクパーツを眺めながら、スペースポリスは彼の忘れ物を己の頭に被せた。