にれさく ハグの日「桜さん! おはようございます!」
今日も登校中に楡井はそうオレに呼び掛けてから、身体に飛びついてくる。
「ぶっ……あのな! 飛びつくんじゃねーって言ったろ!」
「えへへ、すみません。桜さんの姿が見えるとテンションあがっちゃって」
『すみません』とは言ってても、オレから離れる様子はない。嬉しそうに抱きついてきて、ちょっと下から見上げられると、泣き虫の楡井はどことなく小動物みたいに見えるせい、だと思う。
「せめて腕にしろ、腕に! 腕なら引っ張られてもなんとかなっから」
「はーい」
すっと離れた楡井は、腕を絡めて小さく『やった』と呟いて、なんだかよくわからない鼻歌まで始める。
(そんなに嬉しいもんかね……?)
『桜さんが大事なんです』
これ以上ないくらい涙を流して声を震わせて、オレに言い放った言葉を思い出す。
思い出すたびに胸のあたりが締まって、目の奥が痛くなって、口からなにかがこぼれそうになる。
ぱか、と自然に開いてしまった口をきゅっと結ぶと、吐き出せなかったなにかはオレの身体に戻って熱になって、楡井が触ってるあたりに流れていく。
(こいつ、わりといつもあったけーからなぁ)
他人に抱きつくなんて行為、した記憶がない。抱きつかれたことだって、風鈴にきてからのほうがきっとずっと多い。
無防備にオレに体温を渡してくるから、じわじわ触られたところがあったかくなっていく。
「桜さん、今日はですね――――」
他愛もない話が耳に届く。こいつの声、こんなに落ち着く声だったっけ。
ちら、と見た横顔はいつも通り。楽しそうな表情も、オレに向ける感情も、いつもと同じ。
同じ、なのに。
(あ、あれ……? なんだ、これ)
心臓が痛い。締め付けられて、ばくばく言ってるのがわかる。
熱い。目が離せない。もしいま楡井がこっちを向いた、ら。
「桜さ……」
ぱちっと至近距離で合った視線は楡井の瞳を捉えてしまって、その中に白黒頭の自分が映り込む。
こっちを向いたら。目が合ったら、自覚してしまう。
「み、見る、な……」
しがみつかれた腕とは反対の腕で顔を隠したけど、もう遅い。
頭に熱が上がってくる。この感覚は、知ってるけど知らない。
「桜さん、照れてます?」
「ばっ! ち、ちげぇ! これは別に、顔が赤いだけで!」
「顔が赤いって認めちゃってるじゃないすか」
「うっ……」
そうだけど。こんなの、オレが、楡井のこと。
「オレが桜さん大好きなの、やっと恋愛センサーにひっかかってくれたんすねー」
「そう、オレ、は……は? なに?」
きっとバレた。もう言うしかないのか。そう観念したオレに、楡井はなんでもないことみたいに笑いかけてくる。
「え? おまえが、オレを?」
「はい、大好きです! だからずーっと、一緒にいさせてくださいね!」
ここは、商店街の中。朝だけど、人の流れは結構ある。
楡井の告白の声のデカさに、歩いていた人間が足を止める。見知った顔ばっかりのその場所で、視線が集まってくる。
オレは。オレはここで、自分の、さっき気づいたばっかの気持ちを、言うのか?
「あっ! 桜さん!?」
気づいたら楡井を振り払って、猛ダッシュで家の方角にUターンしてた。
(むり、無理だ……!)
感情が追い付いてこない。楡井がオレのことを、好きで? オレも楡井が好きだって??
混乱する思考の中で、楡井の体温で温められた腕が走ることで急に冷えていくことに気づく。
自分の住む部屋の扉の前でその場所をさすっていると、急に横から抱きつかれた。
声をかけられなくたって、この抱きつきかたを、オレはもうよく知ってる。
「……さくらっ、さ……ひどい、です……っ」
息を切らして、汗だくで。なのにオレに渡してくる熱量はいつもと同じ。
「オレの、告白……嫌でしたか……?」
「んなわけっ……」
見上げる瞳が真剣で、否定しようとした言葉が詰まる。
そんなわけないだろ。嫌じゃないから、困ってんだ。
「……とりあえず、中、入れ」
「え……?」
「あああもう! オレはおまえと違って! まだデカい声でそんなこと言えねえっつってんだよ!」
不思議そうな顔の楡井を放置して、玄関を開いて中に入る。
「入るのか入んねーのか、どっちだよ!」
「あっ……ハイ! 入ります! お邪魔、します?」
「……邪魔じゃねーよ。おまえが邪魔だったことなんか、一度もねえ」
玄関を締めて靴を脱ぐ楡井を見ながら、思わずそう、言葉が漏れた。