あいのかたち『性的マイノリティの分類としてLGBTは広く認知されるようになってきましたが、人の性的志向というものは多様でこのほかにも様々な愛の形があります』
つけっぱなしにしていたテレビから聞こえてきた言葉がふとぼくの心をひっかきました。
様々な愛の形。
きっと、ぼくの愛の形と、あの人の愛の形は、違うのでしょう。
ぼくはこの間、初めて男の人とセックスしました。
なにがどうしてそんなことになって、あんなことをしようと思ったのか、ぼくにだってわかりません。
ただ、十四の夏に出会って、十八になってすぐ再会したあの人に抱かれることに、ぼくはひとつも抵抗を覚えませんでした。
初めての時のことは、よく覚えています。忘れるわけがありません。
「なんにも怖いことあらへんよ。聡実くんはのほほ~んとしといたらええねん。狂児が全部うまいことしたるからな」
以前似たようなことを言われた時はひどく心を乱して感情をこぼしてしまったのに、その時のぼくはただ小さく頷くことしかできませんでした。
なぜなら恥ずかしい「準備」のせいで、ぼくの身体はすっかりのぼせあがっていたからです。
貧乏大学生が足を踏み入れる機会なんてない、高級ホテル。その大きなベッドの上でぼくは裸で成田狂児と向き合っていました。
ぼくの服を脱がせたのも、風呂に入れて身体を清めてくれたのも、準備をしてくれたのも、全部狂児です。
「ん……」
始まりは穏やかなキスからでした。少しだけかさついた狂児の唇がぼくのそれに重なり音を立てます。ちゅ、ちゅ、と小鳥が餌をついばむような口づけはひどく可愛らしくそしてもどかしく、ぼくはたまらず口を開いてしまいます。
するとそれを待っていたかのようにするりと狂児の舌がぼくの中に滑り込んできました。
(煙草の味、する)
苦く独特の風味のあるそれをぼくが口にしたことはこれまで一度もないし、狂児はぼくの前で煙草を吸わないので、これはただのぼくの推測です。
けれど決して快いばかりでないその味は、狂児によく似合っているように思えました。
怪しくて、格好つけで、強引で、毒。
「ぁん……」
ざり、と舌が擦れ合うと、腰の奥から滲むような衝動が湧いてきます。
間違いなく、ぼくは狂児に欲情しています。
なんだか不思議な気分でした。
そもそも、他人とセックスすることを、僕は想像したことがなかったからです。
もちろん、性欲がないわけではありません。
自分で自分を慰めたことくらいはあります。
ですがそれはぼくにとってある意味排泄行為のようなもので、感情と結びつくものでありませんでした。だからそれをする時に、特定の誰かを思い描くこともしてきませんでした。
ぼくはこれまで男性とこういった行為をしたことがありません。
もちろん女性ともありません。
したいと思ったこともありません。
だから成田狂児は、ぼくが初めて「触れたい」と思った人でした。